突撃
「あんこをよこせー!」
大きな音を立てて扉を開き、厨房へと飛び込んでいった菜穂は、目に入った中年男性へと勢いよく突進した。頭に血が上っているため、思わずその男の胸倉を掴みながら睨み付ける。
菜穂は、男の服を掴んだままガクガクと揺さぶった。
「あんを出せー!」
『ヒィー、強盗!?』
まるで親の仇でもあるような表情で凄まれた男は、悲鳴を上げた。
そんな男の悲鳴が耳に入り、菜穂は少し冷静になる。
「あっ、あんこじゃない! 小豆よ。小豆に似た豆を下さい」
『どうか、命ばかりは……お助けを……』
「だから、小豆というのは、このくらいの小さな豆で小豆色をしていて……あれ? 小豆色じゃ分からないよね……えーっと、小豆色というのは……」
『……ここは、厨房でお金なんぞ、ありません……あるのは、食物ばかりで……』
「……紫っぽいというか、茶色っぽいというか……うー、上手く説明するのが難しいな。あっ、そうだ。取り敢えず、ここにある豆を全部見せてくれませんか?」
『これでも、私は料理人です。料理で良ければ何でもお作りしますので……どうか……』
全く会話の噛み合っていない二人。
だが、菜穂は小豆に似た豆を手にいれるのに必死で言葉が通じない事に気づかず、小豆の説明を始める。
一方、男も、当初に身の危険を感じてから目を瞑ったまま、菜穂の姿をよく見ないために何も気づかず、両手を拝むように合わせながら必死に命の懇願をする。
そんな二人の不毛な会話を途切れさせたのは、遅れて厨房へ入ってきたヘレネとクリュタイメストラであった。
「はぁっ、はぁ……ナーオ様、お足が速すぎます」
「ナーオ様、料理長に会えたにゃ?」
急に走り出して厨房へと突進していった菜穂を慌てて追いかけてきたヘレネとクリュタイメストラは、息を切らせながら声をかけてきた。
男は、聞き覚えのある双子の声に首を傾げ、恐る恐るゆっくりと目を開く。そして、目に入った菜穂の顔を見つめ、少々驚いた顔つきで瞬きをした。
『……女? 強盗じゃない?』
「え? 料理長さんじゃないんですか?」
菜穂は、男の問うような言葉に首を傾げ、今更ながら気づいたように困った表情を浮かべた。
「あれ? そういえば言葉が通じないんだった……。ヘレさんとクリュさんに通訳してもらわないと!」
菜穂がパッと双子の姉妹に視線を向けると同時に、男もハッと何かに気づいたように二人の顔を確認した。
『……強盗どころか、このお二人が来たということは……まさか……』
ゴクンと唾を飲み込んだ男は、再び菜穂を見つめ、驚愕に目を見開いていく。
『神……子……さま……?』
男はポツリと呟いた。
菜穂の艶やかな黒髪が瞳に映りこんでくる。
城に勤めている彼は、その姿を見たことはないが、噂話で神子の容姿を聞いていた。
黒い髪と瞳を持つ、女神に愛されし子である神子。神子様のそのお姿は……。
『何ということだ! 神子様に間違いない……』
菜穂の胸に一瞬視線を走らせた男は、確信したように大きく頷いた。
『黒色を身に纏い、可愛らしいお胸の持ち主……』
「ん?」
ヘレネとクリュタイメストラに話しかけようとしていた菜穂であったが、男の小さな呟きが耳に入るなりピクッと片眉を動かした。
「何か今、ムカつくようなことを言われた気がする……」
双子の姉妹に向けた顔を再び男に戻す菜穂。
言葉が分からなくても何かを感じ取り、思わずじろっと男を睨みつけた。
『ひっ……神子様……』
菜穂の強い眼差しに、男がビクッと震えて顔を青ざめさせる。
男は、何か怒りを買ってしまったことを感じ、冷や汗を流しながら半歩後退った。
そんなビクつく男の態度を見て、菜穂は慌てて言葉を紡いだ。
「あ……っと、今のは冗談ですから……。えーっと、ただ、私は豆が欲しくてきただけでして……決して睨んでなんか……」
男を安心させようと、菜穂はにっこりと微笑みかけた。
だが、男は青ざめた顔色のまま身体を震わせ始めた。
「あの……?」
男のただならぬ様子に菜穂は不安になってきた。
(どうしたんだろう……。私、そんなに怖い顔で睨んだかな? 豆見せてくれなかったらどうしよう……)
菜穂が少し考え込んでいると、突然男が膝をついて座り込んだ。
「えっ、何? どうしたのですか?」
具合でも悪いのだろうかとおろおろと焦っていると、男がその場で突然土下座をしてきたので、菜穂はびっくりして目を大きく見開いた。
「何で土下座!?」
ポカンと口を開いて訳が分からず、男を見つめる菜穂。
男は頭を床に押し付けた状態で、両手を合わせて菜穂を拝みだした。
『神子様、申し訳ございません。どうかお許し下さい。次こそは、神子様にご満足いただける料理を作りますので……どうか、命だけは……。お許しを……私の骨は美味しくないと思いますので……』
何を勘違いしたのか必死に命乞いを始める男を、菜穂は唖然と口を開いたまま見つめていた。
「何言っているのか分からない……。けど、この土下座って私のせいだよね。私、どんだけ怖い顔で睨んだのかな?」
自分が男に喧嘩を売ったのが原因かもと思った菜穂は、自分の頬を撫でて首を捻りつつ男に近づきその手を取った。
手に触れられた男は、ビクッと肩を震わす。
菜穂は、男の反応を見て、なるべく驚かせないように静かな声でゆっくりと話しかけた。
「えぇっと、取り敢えず土下座はやめてもらえませんか? 悪いのは私みたいですし……?」
『神子様……』
菜穂の柔らかい声が耳に入った男は、おずおずと顔を上げた。
「あの、安心して下さい。私、何もしないですから……」
菜穂は、しゃがみ込んで視線を男に合わせ、にっこりと微笑みかけた。
『……………………』
「えーっと、あの……?」
突然、固まったように動かなくなった男に、菜穂は首を傾げた。
(何!? 私、また何かやっちゃったー!? このままじゃ、餡子が作れなーい!)
「もしもし、大丈夫ですか? 私、豆が欲しいんです。しっかりして下さい!」
菜穂は握っていた男の手をガクガクと揺さぶった。
すると、男はハッと我に返ったように菜穂を見つめ、口元を震わせた。
『神子様……この私をお許し下さるというのですか? また私に、料理を作らせて下さると……?』
「えっ、何?」
何か必死に懇願するように語りかけてきた男に、菜穂は訳が分からないまま取り敢えず引き攣りながらも微笑んだ。
途端に、男はぱあっと明るい表情を浮かべる。
『ありがとうございます。ありがとうございます』
感激した様子で涙を流し出した男を見て、菜穂は、ぎょっと目を見張った。
「え、何で? 何で泣いているの!?」
(もしかして、私が泣かせたとか!?)
男の涙に驚いて少し後退した菜穂は、ずっと黙って様子を眺めていた双子の姉妹に助けを求めようと視線を向けた。
ヘレネとクリュタイメストラは、慌てる事もなくにこにこと微笑んでいる。
「心配ないですね、ナーオ様。料理長は喜んでいるのです」
「安心するあるにゃ。料理長、ナーオ様の優しさに感激したあるにゃん」
「は? へ? え? ……この人が料理長!?」
途中から男の事を料理長ではないのかもと思い始めていた菜穂は、驚きの声を上げた。
菜穂は、自分を拝むように見つめながら涙を零している料理長を、大きく見開いた瞳で見つめた。
(大丈夫かな? 私、無事にあんこが作れるんだろうか……)
何となく頼りなく見えてきた料理長に、一抹の不安を覚えた菜穂。
そんな菜穂の心情など知らない料理長は、ようやく涙を止め、菜穂を尊敬の眼差しで見つめながら熱心に話しを続けていく。
『やはり、神子様は素晴らしいお方でした。貴女様のような神子様に料理を作れる……私は、何という果報者でしょうか。本当にありがとうございます。人骨の料理は無理ですが、それに見合う料理をお作り致します。どうかどうか、もう暫くお待ち下さい。神子様のご期待に応えて見せますので、私の骨を差し出す事はご容赦下さい。実は、私には、病気がちの親と10人もの子供がおりますので、稼ぎ頭の私がいなくなりましたら、みな飢えてしまいますので……』
「は、はぁ……」
(何を言っているのか分からないよー!)
適当に相槌を打ちながら、菜穂は近くに控えている姉妹に助けを求めるのであった。
「ヘレさん、クリュさん、通訳をお願いします」
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