寝言
東の空が明るんでくる中、オリオン王は深く寝入っている菜穂の顔をじっと見つめていた。
『この俺が、ここまで執着するとはな……。少しやり過ぎたか?』
少し前までキスに酔いしれていた菜穂の姿を思い起こし、オリオン王はフッと自嘲気味に微笑んだ。
ふと菜穂の頬を愛おしそうに撫でながら、戯れるかのようにそのまま頬を軽く突いたり摘まんだりする。
すると、菜穂は眠ったまま眉間に皺を寄せて嫌々と首を振った。
「うーん……もう食べれない……よ……お饅頭……むにゃむにゃ……」
もごもごと口を動かして寝言を呟く菜穂に、オリオン王は可笑しそうに頬を緩ませた。
『どんな夢を見ているのか……』
「ナホ、お前の夢の中に、俺は出てきているのか?」
菜穂の髪を一房手に取り、そっと口付けつつ語りかける。
伏せていた視線を上げたオリオン王は、鋭い眼差しで半ば睨むように菜穂を見つめた。
「ナホ、悪いがお前を逃がしはしない。お前が元の世界へ帰ろうと思っているのは分かっている……が、どんな手を使っても俺の元へ留めてやる。絶対に俺に惚れさせてやる。今はキスだけだとしてもな……。何れ、身も心もすべて俺のものにしてやる。覚悟してろ……」
「うー……」
オリオン王が決意を籠めたように低い声色で囁くと、その言葉が耳に入ったのかどうか菜穂は寝返りを打ちながらタイミングよく顔を顰めて唸った。
だが、そのうなされているような表情は、すぐにへらっと緩んだ笑みに変化する。
「……うれしい……」
「ナホ?」
「どら焼き……ようかん……大福……うへへへへ……」
「……………………ぷっ」
しまりのない顔でへらへらと笑い声をあげる菜穂に、虚を突かれたオリオン王は思わず噴き出した。口元を手で覆い肩を震わせながら声をあげて笑いそうになるのを必死に堪える。
「……ったく、お前は……」
先程の鋭い眼差しが嘘のように、オリオン王は、穏やかな瞳で愛おしそうに菜穂を見つめた。菜穂の黒髪をそっと何度も撫でていく。
「なんて悪い女だ……。この俺をいとも簡単に骨抜きにしやがって……。責任はたっぷりとって貰うからな……」
言葉とは裏腹にオリオン王の口から漏れる声はどこまでも甘く、菜穂の耳を優しくくすぐる。
「んっ……責任……とる……」
菜穂はピクッとかすかに身じろぎすると、タイムリーな寝言を呟きながらオリオン王にピタッと擦り寄った。
少々驚いた表情で、オリオン王は菜穂を見つめる。
「ナホ、お前……俺の話を聞いているのか?」
スリスリと自分の胸に可愛らしく擦り寄ってくる菜穂を抱き締めたオリオン王は、訝しげに眉を寄せたのだが、すぐにその勘違いに気付く事となる。
にへらと笑うしまりない菜穂の表情が、未だに夢の中にいる事を教えてくれたのである。
そんな菜穂の表情を可笑しそうに眺めていたオリオン王であったのだが……。
「責任とって、食べ……やる……から……」
「?」
「この、アンコ……お化けめ……」
「お化け?」
「いただき……ます……」
「…………っ!?」
突然、菜穂にぺろっと胸を舐められる。流石にその中心をガブッと噛まれたのは、予想もつかない事で、オリオン王は驚きのあまり硬直した。
だが、すぐに我に返り、襲ってくる痛みに眉を顰めるも、菜穂の動向が楽しみなようで、じっと無言で観察する。
すると、菜穂は完全に寝入っているにも関わらず、今度は真っ平らなオリオン王の胸にちゅうちゅうと吸い付き始めた。
「………………母乳はでぬぞ……」
ポツリと呟いたオリオン王は、苦虫を噛み締めたような表情をしてぷるぷると身体を震わせた。
幸せそうな笑みを浮かべながらちゅうちゅうと吸い付いている菜穂の口元から涎が垂れていく。百年の恋も冷めるような表情を浮かべる菜穂。
ひくっと口の端を引き攣らせたオリオン王は、クッと喉を鳴らすと片手で口元を覆った。
「恐ろしい攻撃だ……。ナホ、お前……この俺を殺す気か?」
低くかすれた声で囁きながら鋭い瞳で菜穂を見つめる。何かを耐えるかのように腹に力を入れると、腹筋がピクピクと震えた。
解放を望む爆発的な力を抑え、オリオン王は苦しそうに息を吐く。
『……っく……はぁ…っ……笑い死にする所だった……』
数回深呼吸をしたオリオン王は、何とか笑い転げるのを抑えきって、大きく首を左右に振った。
ふと視線を自分の胸元に向ければ、いつの間にかしゃぶるのを止めた菜穂がすぅすぅ規則正しい寝息をたてている。
オリオン王は、フッと口元に笑みを浮かべた。
「お前はどれだけ俺を夢中にさせるつもりだ」
誰にも見せたことのない甘い表情で、菜穂の瞼にそっと口づけを贈ったオリオン王であったが、急に天井を鋭く睨み付けた。
『何事だ……』
『……マース国に動きが……』
オリオン王が問い掛けるとすぐに天井裏から声が返ってきた。
声の主は、国の暗部を請け負っている影である。影は、主に諜報や暗殺を生業としており、その存在を知る者は王とその側近数名のみとなっている。
オリオン王は、影の声に反応してピクッとかすかに眉を動かした。
『分かった。すぐに行くと伝えておけ』
『はっ……』
瞬時に天井裏に潜む影の気配が消える。
菜穂との二人きりの時間に邪魔が入ったためか不機嫌そうに眉間に皺を寄せるも、事は急を要すると理解しているため、オリオン王は身支度を素早く整えた。
だが、口からは自然と愚痴らしき呪いの台詞が漏れてくる。
『ナホとの大切な時間を邪魔するとは……マースの国王め! 後悔させてやる……』
菜穂を起こさぬよう、そっとベッドから抜け出たオリオン王は、菜穂の頬をそっと撫でた。
「ナホ、お前が目覚めるまで傍についていてやれずに済まない。だが、またすぐに会いにいくから心配するな……」
菜穂が起きていたら、「誰が心配なんかしているか!」と文句を言う所であるが、今は熟睡中であるため、ここでツッコミをいれる人物は誰もいない。
「ナホ、夜には戻る。待っていろ」
「……ん、待ってる……」
菜穂のコメカミにそっと唇を落としたオリオン王は、菜穂の口から漏れた言葉に驚きで目を見開いた。返事など期待していなかっただけにその感動はひとしおである。
「ナホ……お前も俺と同じ気持ちなのか……?」
「んっ……」
菜穂の口から吐息が漏れる。それを自分の都合のよいように解釈したオリオン王は、満面の笑みを浮かべ、菜穂の髪を優しく撫でた。
「分かった……。今宵もたっぷり可愛がってやるから、楽しみにしていろ」
「んっ……」
そっと触れるのみの優しいキスを菜穂の唇に贈ったオリオン王は、静かに部屋を後にするのであった。
部屋を出た瞬間に菜穂の口から漏れた寝言を知らずに……。
「……待ってる……から、早く、こい……。このアンコお化け……全部、食ってやる……」
菜穂もまた、何も知らずにヘラッと幸せそうな笑みを浮かべたまま眠るのであった。
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