選択
「あー、その……もう大丈夫ですので、放してくれませんか?」
「………………」
無駄だと思いつつも、菜穂は愛想笑いをしながらオリオン王の腕の中から逃れようと身体を動かす。だが、身体を捻ろうが手でオリオン王の胸を力いっぱい押そうが、何をしてもビクともしない。
無駄な足掻きを一通りした菜穂は、疲れてしまい肩で息をした。
(くっそー、理想の骨だけにビクともしない。何て無駄なく引き締まったいい筋肉をつけているのよー! この俺様エロ王め!)
心中で悪態をついている事に気付いたのか、オリオン王が不意に耳許で囁いてきた。
「もう抵抗は終わりか?」
「ひゃあっ!?」
腰に響くようなゾクゾクするバリトンボイスに加え、耳に息を吹き掛けられて、菜穂は思わず声を上げる。
菜穂を見下ろしたオリオン王は、フッと不敵な笑みを口元に漏らした。
「私が、折角捕らえたお前を自由にすると思うか?」
「思いません……」
脳裏にヒラヒラと舞う白旗が浮かんだ菜穂は、ガクッと肩を落とした。
「さて、忙しいこの私の手間を取らせたのだから……相応の覚悟をして貰わないとな……。だが、特別にお前に選択の余地を与えてやろう」
「え?」
「お前からするか? それとも、私からするか?」
「へ?」
「どちらがいい?」
「?」
一瞬、思考がついていかず、何を言われているのか理解できなかった菜穂は、自分を見つめてくるオリオン王をキョトンと見つめ返した。
そんな分かっていない菜穂の表情を見たオリオン王は、半分呆れたようでどこか楽しげに口元を緩め、再度問いかける。
「どちらがいい?」
「……えーっと、だから何がですか?」
「決まっているだろう。口付け、キス、接吻……。力を使ったナホには気を送らないといけないからな」
「なっ!」
ニヤリと口の端を吊り上げたオリオン王の顔を見、菜穂は瞬時に頬を赤くさせ、口をパクパクと開閉させた。
「お前からキスするか? それとも、私からシて欲しいか?」
オリオン王の顔が菜穂に迫ってくる。
菜穂は、再び脳裏に浮かんだ「チューしてー」という台詞に、ますます顔を赤くさせ、それを消し去ろうと必死に首を左右に振った。
「何か、王様の言い方がイヤらしい気がするんですけど……」
「イヤらしいのは、ナホ……お前だろう? 顔が真っ赤だぞ。腰が砕けるほどのキスをシて欲しいのか? 酷く期待した表情をしているぞ」
「だっ、誰が! そんな事、期待なんかしていません!」
真っ赤な顔で否定する菜穂。
そんな菜穂の様子に、オリオン王は楽しげに笑う。
「そうか? だが、力を使用したのは事実だろう? また、倒れられたら面倒だから、キスはしないといけないな……」
「それは……そうですけど……」
口籠った菜穂は、オリオン王の「面倒」という言葉に、ズキッと小さく胸が痛むのを感じた。
(面倒……。そうよね、忙しい王様にとって、私とのキスなんてただの面倒な事……。神子である私が倒れたら面倒だから、こうして来ただけであって……)
「おいっ、どうでもいいが早く決めろ! 迫りたいのか迫られたいのか……どちらだ?」
何だか気分が落ち込みそうになる菜穂の思考が、オリオン王の声によって突然中断される。
俯き加減になった顔をハッと上げた菜穂は、オリオン王をじろっと睨み付けた。
「どうでもいい事で悪かったですね! 面倒な奴ですみません。返事はノーです。どちらも、イ・ヤ・で・す!」
「ほう、私とキスするのが嫌だと?」
ピクッと片眉を動かしたオリオン王。その瞳が剣呑な光を宿す。
「えぇ……イ・ヤ・よ」
売り言葉に買い言葉。思わず菜穂の口が滑り、負けじとオリオン王を睨み続ける。
互いに相手の言動を誤解した二人の睨み合いは暫く続くように思われたのだが、すぐに終了する事となった。
それは、オリオン王が行動に出たためである。
「王である私にそのような口を利くとはいい度胸だな、ナホよ。素直に選んでいればいいものを……」
スゥッと瞳を細めたオリオン王は、鋭い視線で菜穂を射抜く。
菜穂は、周囲の気温が急激に冷えたような気がしてぶるっと少し肩を震わせた。だが、その視線はオリオン王から逃げずにしっかりと対峙する。
(くぅっ、負けるものか! 目を逸らした方が負けよ。にらめっこだって、笑った方が負けなんだから……)
必死に自分を奮い立たせる菜穂に、オリオン王はニヤリと意地の悪い笑みを向けた。
『反抗的な良い表情だ。だが、滅茶苦茶に壊してやりたくなる』
「何を言っ……んっ!?」
急に日本語ではないこの世界の言葉を低い声で囁くように話すオリオン王。
何と言ったのか聞こうとした瞬間、菜穂は、開きかけたその唇を強引に塞がれた。
(しまった! 先に仕掛けられた)
菜穂の瞳が驚きで見開かれる。
菜穂は、オリオン王の侵入を防ごうと慌てて口を閉じようとしたのだが、時はすでに遅く、オリオン王に捕らえられてしまう。
「……んっ」
必死にその甘い口付けから逃れようとするが、後頭部と腰に巻き付けられたオリオン王の囲いから逃げられるはずがなく、菜穂は息も絶え絶えになっていく。
息継ぐ間もないほどの荒々しいキス。目の奥がチカチカする。
(何で……? 嫌なはずなのに、何で、こんなに気持ち……いいの?)
ふわっと菜穂の鼻孔を擽ってくる甘い香り。少しずつ菜穂の中にオリオン王の気が流れてくる。
(甘くて温かい……)
「……んっ」
思わず口付けの合間に漏れてしまう甘い吐息。
そんな菜穂の変化にいち早く気付いたオリオン王は、口付けをしながら口角をゆっくりと上げていった。
「嫌だと言いながら、私のキスに感じているのか? イヤらしいな、ナホは……」
「ちっ、違っ……んんっ!」
口付けの合間に囁かれた意地の悪い台詞に、菜穂の顔は真っ赤になる。
菜穂は反論しようとしたのだが、すぐに唇が塞がれ、再び意識がもっていかれてしまう。
オリオン王から与えられる激しいキス。それは、菜穂には酷く甘く感じられた。
いつしか菜穂はその口付けに酔いしれ、もっともっとと甘えてしまう。
強引に奪うだけの口付けも、求めてくるようなものに変わり、菜穂は何だか愛されているような錯覚を覚えた。
ぼんやりとした意識の中、菜穂が閉じていた目をふと開けると、青い瞳が飛び込んできた。
(深い……どこまでも青い海……。私……この瞳を、知っている……? どこかで、会ったような……)
酷く胸がざわつき、菜穂は、何かを思い出しそうになる。
菜穂が古い記憶を呼び起こそうとしていると、そこへ不機嫌な低い声が割り入ってきた。
「何を考えている? 昔の男のことか? こんな時に、いい度胸だな」
「えっ? 違う……私は……」
「まぁ、いい。どちらにしろ、お仕置きだからな……」
「えっ?」
菜穂が驚いた表情でキョトンとオリオン王を見つめていると、濡れた口元をペロッと舐められた。
楽しげにニヤリと笑みを漏らしたオリオン王は、ゆっくりと口を開いた。
「お仕置きの時間だ……」
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