悪寒
『プッククククク……アハハ……もう、ナーオちゃん最高!』
『お前にはやらんぞ。あれは私のだ』
菜穂がアルテミス王女と城を出てからすぐに、オリオン王のもとへ報告が上がってきた。
もちろん、その内容とは菜穂と王女が城を抜け出した事であったのだが……。
ちょうどその時、近頃きな臭い動きをしている隣国についての軍議中であり、当然、騎士団長であるカストルもその場にいたため、オリオン王と一緒に報告を聞いて、可笑しそうに笑い出したのであった。
『団長、今は会議中です。静かにして下さい』
カストルが笑っていると、室内に淡々とした冷たい声が響き渡る。
青銀の髪をポニーテールにしている長身の女性が、水色の瞳で冷ややかに隣に座るカストルを見つめていた。
『やだなぁ……ベテルちゃんったら、本気で怒っちゃいやん』
『ふざけないで下さい。それに気安く名前を呼ばないで下さい』
『えーっ、それじゃあ、何て呼べばいいのよ』
『役職名で結構です』
『えーっ、副長じゃ、あたしが嫌よ』
『でしたら、呼ばなくて結構です』
騎士団長であるカストルを淡々とあしらうその女性は、騎士団副長のベテルギウス・レデーク・タイガー。
しなやかに舞う鋭い剣技と容赦なく敵を倒す時の冷たい微笑みから、氷姫とも呼ばれている。彼女に微笑まれた者は生きてはいられないと言われているほどの実力の持ち主である。
そんなベテルギウスにカストルは、わざとらしくしなを作りつつ軽口を叩く。
『ベテルちゃん、冷たい。あたし、泣いちゃうから……』
『ご勝手にどうぞ。ただし、仕事はきちんとして下さい』
ベテルギウスはカストルを一瞥した後、すぐに資料に目を通し始めた。誰も寄せ付けないような空気をその身に纏いつつ……。
カストルは、相手をしてくれないベテルギウスを見つめ、つまらなそうに肩をすくめる。
すると、こちらを眺めていたオリオン王と目が合った。
ニヤリと笑うオリオン王とぶすっと頬を膨らませるカストル。二人は視線で会話をし始めた。
(ふられたな。可哀想に……)
(うるさいわよ。あんただってナーオちゃんに逃げられたじゃないの!)
(うるさい……)
オリオン王とカストルの睨みあった視線が、バチッと空気中で衝突し火花を散らす。
静かな室内で隣国の報告をする大臣の声と冊子をめくる音が聞こえる中、二人は会議に参加しつつ、どうでもいいくだらない喧嘩を視線で続けていた。
そんな中、話の議題が二人の親友のシリウスの事にふれた。途端に、オリオン王とカストルの表情が引き締まる。
『シリウスは、まだ見つからないのだな?』
『はい……』
その場にいる皆が、真面目な表情で頷く。
『あの馬鹿っ、いったい何処に行ったのだ? 召喚の魔には、鞄が一つ残されているだけだったのだな……』
『そうなのよね。本じゃなくて、鞄が一つあったのよね。あの鞄って、やはり神子様関係かしら?』
『ふむ、そうか。神子のものかも知れないな……。一度、神子に確認してみよう』
オリオン王は、菜穂のことを考えて一瞬表情を緩めるが、すぐに眼光鋭く周囲の皆を見つめる。
『とりあえず、引き続きシリウスの捜索を続けろ』
『はっ』
きな臭い隣国についての軍義も終わり、オリオン王とカストルは、二人で回廊を素早く移動していた。
『ねぇ、シリウスがこんな風にいなくなること、初めてじゃない?』
『あぁ……アイツは必ず、どんな状況に陥っても俺に何かを連絡してきた。それなのに、今回は……』
『魔方陣の間から消えたのだから……何かに巻き込まれたのかしら?』
『魔方陣か……。まだ全てが解明されている訳ではないから、不可思議なことがあってもおかしくはないな……』
『そうね。でも、シリウスなら大丈夫よ。絶対に……』
『あぁ、アイツのことは、信じている……』
オリオン王とカストルは、視線を合わせ、互いに大きく頷いた。深い信頼関係で結ばれている3人なのだ。二人は、シリウスの無事を疑わない。
『あ、そういえば、ナーオちゃん、そろそろ戻ってくるんじゃない?』
やがて、その会話は、城を黙って出て行った菜穂の事へとなる。
『で、どうするの? 黙って城を抜け出すなんて、お尻ペンペンとか?』
『さあな……。どちらにしろ……』
オリオン王は、少し考え込むとニヤリと口角を吊り上げ、声を出さないで静かに口をパクパクと動かした。
『お・し・お・き・だ』
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「ひぅっ!?」
帰りの馬車がちょうど城の門へと差しかかった時、菜穂はぞくっと寒気を感じて妙な声を漏らした。
菜穂とたわいもない話をしていたアルテミス王女は、きょとんと菜穂を見つめる。
「ナーオ姉様、どうかしたのですか?」
「あー、いや……その、何か突然悪寒がして……」
「まぁ、お風邪を召されたのでしょうか?」
「ううん、違うと思う。何というか、嫌な予感がしたっていうか……」
「予感……ですか?」
不思議そうに首を傾げるアルテミス王女に、菜穂はハハッと引き攣った笑みを見せた。
寒気と同時に、菜穂の脳裏にポンとオリオン王の顔が浮かんだからである。
「あー、その、ほらっ、魔法を使ったからエネルギー不足にならないか、少し心配になってね……」
誤魔化すように返事をする菜穂に、少し考えたアルテミス王女はポンと手を叩いて、にっこりと天使スマイルを見せるのであった。
「でしたら、兄上に分けて貰えばいいですわ。お姉様と兄上、魔法の気がすごく合うのですよね」
「…………………………そ、そう、みたいだね……」
気を分けて貰う方法が、キスだなんて言えない菜穂は、アルテミス王女に笑みを見せながら返事をかえす。
城の入り口へと向かう景色を窓から眺めつつ、菜穂はこっそりと深い溜息を吐くのであった。
(王様に「チューして」なんて言えるかー!)




