結婚?
ヘレネとクリュタイメストラは、菜穂の顔を見た瞬間、感極まったように泣きそうな表情をした。
「ナーオ様、本当によかったです……」
「ナーオ様、起きた、嬉しい、はんざーい! わたくし、とっても幸せでちゅ」
「クリュ……はんざいではなく、ばんざいですわ」
菜穂は、まだ出会ってからそれほど経ってはいないが、変わらない二人の会話を聞き、ホッとして自然と笑みを浮かべていた。
「ヘレさん、クリュさん、心配かけてしまってごめんなさい。もう、大丈夫です」
「本当に、もう大丈夫なのですか?」
「はい、すっかり元気ですよ」
「ナーオ様、わたくし、ナーオ様の無事をのろっていたでちゅー。本当によかったにゃ」
「クリュ、それは祈っていたですよ。呪ってはいけません」
ボケとツッコミのような二人の会話に、菜穂は可笑しそうにクスクスと声をあげて笑い出す。
そんな菜穂を見て、ヘレネとクリュタイメストラは嬉しそうに微笑むのであった。
「そういえば、ナーオ様。さきほど驚かれたような声が聞こえましたが……?」
「そうでちゅ! わたくし、ナーオ様の叫び声を聞いて、ビックリシャックリしたっちゅーの」
「何かあったのですか?」
心配そうに聞いてきた二人に、菜穂はアハハっと誤魔化すように笑う。
(どうしよう……まさか、王様の悪口を言っていたなんて言えないし……。そういえば、どうせ、このシーツのシミって見られることになるんだよね……。掃除とかしてくれるんだろうし……。だったら見られてキャーなんて騒がれる前に、先に言っておいた方のがよくない?)
菜穂はちらっと足元に見えるシーツの赤黒いシミを確認してから、二人に視線を戻して、恥ずかしそうにもごもごと口を開いた。
「えーっと、その……ちょっと驚いてしまいまして……血痕が……」
「まぁ!」
「えぇーっ!?」
ヘレネとクリュタイメストラは、驚いて目を見開くと大きな声を出した。そして、ぱあっと顔を輝かせ、キラキラとした瞳で菜穂を見つめてきた。
「「おめでとうございます、ナーオ様」」
「え?」
突然のお祝いの言葉に、菜穂は訳が分からずきょとんと目を丸くする。
だが、戸惑う菜穂にお構いなしに、二人は興奮した様子で口々に話し出してきた。
「結婚……なんて素晴らしいのでしょう」
「わたくし、チョー感動ですね! 結婚、ばんざいにゃん」
「へっ……?」
(何で、血痕が素晴らしくて、感動するの? 私と王様がエッチしちゃったから、それが素晴らしいって事?)
ますますきょとんと首を傾げた菜穂は、二人が「けっこん」の意味を勘違いしている事に気付かなかった。
菜穂がいろいろと考えを巡らせている間にも、すっかり誤解した二人の会話が続いていく。
「ナーオ様、陛下はなんてプロポーズしたんだにゃー?」
「えっ? プロポーズ!?」
「クリュ、ナーオ様が困っていますわ。そういう事は、まだ聞くのは早いです。きっと、ナーオ様はまだ御一人で陛下のお言葉を噛み締めていたいのですわ……」
「ごめんちゃい、ナーオ様。わたくし、思わず舞い上がってたでちゅう」
「い……いえ、いいんです……」
菜穂は混乱していた。二人の口から言われる言葉が、全く理解不能であったからだ。
血痕からどうして、そういう話が出てくるのか菜穂は考えあぐねていた。
(何で、プロポーズ!? 血痕が、バンザイするようなもので、プロポーズをされるもの? うわーっ、もう何が何だか分からないよー! あっ! もしかしたら、血痕→バージンを奪った→責任をとらなければならない→プロポーズってこと?)
菜穂が腕を組んでうんうん唸って悩んでいる内に、二人の会話がどんどんエスカレートしていく。
「それにしてもこんなに早く、結婚が決まるなんて夢みたいですわ」
「そうでちゅね、姉貴。わたくし、今から楽しみでちゅ」
「まずは、婚約式からですわ。早速衣装を注文して、いろいろと用意しなくては……」
「姉貴、ナーオ様の婚約衣装、何色が似合うでちゅか?」
「そうですねぇ……」
「ナーオ様、ナーオ様! 何色が好きかにゃ?」
「えっ?」
ずっと考え込んでいた菜穂は、突然声をかけられて、ハッと意識を二人に向ける。
ヘレネとクリュタイメストラはニッコリと微笑みながら菜穂に問い掛けた。
「ナーオ様のお好きな色を聞いたのですわ」
「婚約式に着るドレスの色、何色がいいのか迷ってしまったにゃ」
「婚約式?」
「えぇ、ナーオ様の婚約式ですわ。やはり、陛下の着られる衣装の色と合わせた方がいいのかしら……?」
「姉貴、わたくしは、ずばり、ナーオ様に似合う色がいいでしょう!」
「あら、クリュ……でも、ナーオ様には似合う色が多すぎて困りますわ……」
「そうでちゅ、ナーオ様でしたら、どれも似合うでちゅねー」
ニコニコ微笑みながら楽しそうに話し合う二人をポカンと見つめていた菜穂は、脳裏にクエスチョンマークを浮かべながら必死に考えていた。
(何で、いきなり婚約式の話なんか出てくるのよー! 私と王様が婚約なんて、そんな事決まっていないし、するつもりもないし……。婚約……こんやく……蒟蒻……今夜食う……ちっがーう! うぅー、分かんないよー)
思わず両手で頭を抱えて唸る菜穂の側で、二人の会話は続いていく。
「ですから、姉貴! 結婚式は純白だから、違う色がいいにゃ」
「そうですねぇ、結婚式……は、やはり白ですよね……でしたら……」
「それだぁー!」
「結婚式」という言葉が耳に入って来た菜穂は、ピンと閃いて大声を上げた。
ヘレネとクリュタイメストラの二人は、突然叫んだ菜穂に驚いて、首を傾げる。
「ナーオ様……?」
「ナーオ様、どうしたのかにゃ?」
「あははっ……えーっと、何でもない……です」
心配そうに自分を見つめてくる二人に、菜穂は慌てて誤魔化すように笑った。
そうしている間にも、菜穂の頭の中は忙しく動いていく。
(まさか、血痕が結婚と誤解されるなんて……。確かに、どちらも「けっこん」だけど……。うーん、この誤解どうやって解こう。二人の思い込みの激しさは半端ないし……)
誤解を解こうと思った菜穂は、今までの経験から頭を抱えるのであった。
だが、まさか菜穂を悩ませているのが自分たちだとは夢にも思わない二人は、そんな菜穂の様子を見て本気で心配をする。
「ナーオ様、本当に大丈夫なのですか?」
「ナーオ様、変であるね。どこか、痛いかにゃ?」
「えぇっと、違います。本当にもう平気で……ただ、ちょっと考え事をしていたというか……くっしゅん!」
何と説明したらいいのか考えながら菜穂が説明をしようとした途端、大きなくしゃみが飛び出した。裸で毛布にくるまっていただけであったので、どうやら身体が冷えてきたらしい。
ヘレネとクリュタイメストラは、瞬時に顔色を変えた。
「ナーオ様、気付かずに申し訳ございません。すぐにお風呂に入られて下さい」
「お風呂、用意、できてるにゃ。あの扉の奥がお風呂でちゅ」
「お風呂! 入ります」
お風呂と聞いて、ぱあっと嬉しそうに顔を輝かせた菜穂は、毛布にくるまったままベッドからいそいそと降りたのだが、毛布の裾を足で踏んでしまい見事にこけた。転ぶまではいかなかったが、こけた瞬間毛布がずるっとずれ落ちてしまい、菜穂は二人に裸を晒すことになった。
「まぁ!」
「すごいですにゃー!」
菜穂の裸を目にした二人は、酷く驚いた表情をする。
菜穂は、慌てて毛布で身体を隠し、恥ずかしそうな顔をしながら浴室へと逃げ込むのであった。
(うぅーっ、見られた……。ナイスバディな二人に、私の貧相な身体を見られたよー。恥ずかしい……。きっと小さな胸過ぎて、ビックリしたんだよ……)
菜穂は驚いた表情で自分を見つめていた二人の表情を思い出して、落ち込んだ様子で溜息をついた。
だが、ヘレネとクリュタイメストラは、全く違う意味で驚いていたのだ。
二人は菜穂がいそいそと浴室へと消えたのを見てから、顔を見合わせてほぅっと頬を赤らめていた。
「愛されていますね、ナーオ様……」
「凄く紅花が咲き乱れていたにゃ。陛下、どれだけ激しかったであるか!」
「本当に、ナーオ様の身体、赤く点々と色付いていて、見ているわたくしたちが恥ずかしくなりましたね……」
「男しか愛せない陛下、射止めたナーオ様、すごいですにゃ! でも、恋人のシリウス様とカストル様、大丈夫かにゅ?」
「そうですわね……。でも、男性だと世継ぎもできませんし、お二人には諦めて貰わないと……」
「大変ですにゃ! 三角じゃなくて四角関係になってしまうにゃー!」
誤解しまくっている二人がいろいろと問題のある発言をしている間、菜穂もまた、お風呂に入り驚いて固まっていた。
お風呂の広さや美しさにある程度は驚いたのだが、一番びっくりしたのは自分の身体をよく見た時であった。
身体を腕から洗い出して胸になった時、おちこち赤く色付いているのが目に入ったのである。しかも数か所ではなく、おびただしい数であったのだ。
「何これー! 虫刺されかしら?なんて言うかー! 信じられないキスマークじゃないの! 人が気絶している間、どれだけつけたのよ。うぅー、こんな所にもついているし……。あの、変態俺様サドエロエロ王め!」
キスマークを見て頬を赤くしつつ、菜穂は怒りまくって叫んでいた。
一方その頃、ヘレネとクリュタイメストラは、シーツの赤黒いシミを見つけ、きゃあきゃあ頬を赤らめて嬉しそうに微笑んでいた。
『初めての証ですわ』
『陛下ったら、ナーオ様を目覚めさせる儀式だといいながら、どさくさに紛れて最後までやっちゃったのですわ。それで、プロポーズをして結婚の約束を……』
『なにはともあれ、素晴らしい事ですわ』
『はい、お姉様……』
幸せそうに微笑み合う二人であったが、全てが誤解である事を気付かない。
菜穂もまた、ついうっかりしてこの誤解を解く事を忘れてしまい、後日、酷く後悔することとなる。
とにかく、今はただ何も考えず、疲れきっている菜穂は、まったりとお風呂を堪能するのであった。
(あー、気持ちいい……。腰痛が緩和されるよー……幸せー)
この後、菜穂は背中を流すと言ってきた二人を断って、一人でお風呂を楽しみ、そして、身体に優しい食事を堪能し、つかの間の平和を味わうのであった。




