姉妹?
「よし、完了! すっかり元通りの綺麗な骨だわ……」
菜穂は、アルテミス王女の首から両手を離すと、首の骨の状態を確認して満足そうに頷いた。
(うん、我ながらいい仕事したわ。首の光が、安全の青い色になったし、もう大丈夫ね)
にっこりとアルテミス王女に微笑んだ菜穂は、口を開いた。
「気分はいかがですか、王女様? 腕や手指の痛みや痺れ、頭痛など、改善されたと思うのですが……」
「えぇ、何だか身体が軽くなったような気がするのですが……、ちょっと待って下さい」
アルテミス王女は、おそるおそる手指を動かし始めると、驚いたように目を見開き、腕を回したり首を動かしたりした。
そうして、興奮した様子でキラキラと瞳を輝かせながら菜穂に微笑んだ。
「神子様! どこも痛くありませんし、頭痛もなくなりました! すごいです、こんなに一瞬で治ってしまうなんて……。本当に神子様はすごいです!」
尊敬するような眼差しで見つめてきたアルテミス王女に、菜穂は照れくさそうに笑いながら軽く首を振った。
「私はすごくなんかないですよ。たまたま、女神様から『女神の祝福』を貰ったから、王女様を治せたんです。だから、すごいのは女神様の力であって……」
「まぁ、女神様にお会いになられたのですね。やっぱり、神子様は素晴らしいです!」
更に感動したようにきらきらと輝かんばかりの熱い眼差しで見つめられ、菜穂は、少し困ったように笑みを浮かべた。
「あの、王女様……首の骨は元通りに治りましたけど、今まで休んでいた分、身体はかなり弱っておられます。少しずつでいいですから、消化のいいものから食事を始め、体力をつけていって下さいね」
「はい、分かりました。早く元気になれるように、私、頑張りますわ」
菜穂の言葉に、アルテミス王女はにっこりと微笑みながら素直に頷いた。
「それで、王女様……よかったら仕上げにマッサージをしようと思うのですが……」
「マッサージですか?」
「えぇ、首や肩、腰などの凝りを解し、血の巡りをよくして、心身共にリラックスするものです。王女様にして差し上げたいのですが……」
「まぁ、神子様にそんなことまでしてもらうなんて……」
遠慮がちに話すアルテミス王女に、菜穂は、その目の前で両手を開いたり閉じたりしてアピールするように動かしながら、にっこりと微笑んでみせた。
「私のいた世界では、私、マッサージを毎日のようにしていたんですから、遠慮しないで下さい。骨の歪みを治したり、マッサージをするのが、私の仕事だったんですよ」
「神子様は、お仕事までなさっていたのですか!?」
アルテミス王女は、驚いたように口を開く。
「何だかこっちに来てから、神子様、神子様なんて呼ばれているけど私、元の世界ではごく普通の庶民なので、働いてお金を稼ぐのは当たり前のことなんです。ですから、王女様も気軽に名前で呼んで下さると嬉しいんですけど……」
「名前……ですか?」
キョトンと瞬きをするアルテミス王女に、菜穂は大きく頷いた。
アルテミス王女は少し考えると、悪戯っぽい笑みを浮かべながらある提案をするのであった。
「神子様が私を名前で呼んでくださるのなら、私も名前で呼びたいと思います」
「えっ! 王女様を名前で!?」
今度は菜穂が驚きの表情になる。
(王女様を名前で呼ぶなんて、不敬罪とかにならないのかな? うーん、名前で呼んだ瞬間、わらわらと側近とか出てきて、牢屋に入れられたりとか……ないのかな?)
菜穂の考えが顔に出ていたのか、アルテミス王女は、くすっと可笑しそうに微笑むとゆっくり首を振った。
「神子様の心配されるような事は何もありませんわ。王女である私がいいと言うのですから、大丈夫です! あの、私の名前、呼んではくれないのでしょうか?」
菜穂は、アルテミス王女のうるうると寂しげに潤んだ瞳を見て、うっと言葉を詰まらせた。
(いやぁーん、もう、可愛すぎるー! ハグしてなでなでしたくなるじゃないの! 私、こんな素直で可愛い妹が欲しかったんだよね……。妹のような幸穂さちほは、妙に冷めていて変態に近いし……。弟のような健太郎も、マイペースの非常識人だし……。考えてみたら、私、友人にも恵まれていない!?)
思わず、向こうでの幼馴染兼兄弟姉妹のような友人の事を思い出し、何となく落ち込んだ菜穂は、アルテミス王女を見つめ、ほぅっと息を吐いた。
「えぇっと……それでは失礼して……アルテミス様?」
菜穂が遠慮がちに小声で口にすると、アルテミス王女は不満そうに唇を可愛らしく尖らせた。
「様はいりません! ただのアルテミスでいいです」
「えぇ!?」
(一国の王女様を呼び捨て!? 無理無理無理……そんな事したら、ヤバイでしょうが!)
菜穂は、ハハッと頬を引き攣らせて笑いながら、どうしようかと悩んだ。
すると、アルテミス王女が不意に菜穂の手を取って、甘えるような愛らしい表情で軽く首を傾げた。
「私、神子様のような姉上が欲しかったのです。私には兄上しかいませんから……。ナーオ姉様……と呼んだらご迷惑ですか? 私、ナーオ姉様の妹になりたいです……」
「……っ!?」
潤ませた瞳からぽろっと涙を零すアルテミス王女を見て、菜穂は大いに焦り慌てた。
(何、この可愛い生き物は!? あー、もう我慢できない!)
菜穂は、アルテミス王女をぎゅっと優しく抱き締めると、その背中をあやすようにポンポンと軽く撫でた。
「うん、私も、王女さ……アルテミスのお姉さんになりたいな……」
「ナーオ姉様!」
ぱあっと花が咲くように嬉しそうに微笑んだアルテミス王女は、菜穂の胸にすりすりと頬を寄せた。
「これから、ずっと私のお姉様でいて下さいね、ナーオ姉様……」
「うん、アルテミスはずっと私の妹だよ」
甘えるように愛らしく囁くアルテミスの声を聞き、菜穂は力強く頷いた。
菜穂はこの時、胸の中で可愛らしい声を出していたアルテミス王女が、してやったり顔でくすっと笑みを浮かべていたのを知らなかった。
「それじゃあ、アルテミス……私の妹なんだから、遠慮なくマッサージを受けるわね?」
「はい、ナーオ姉様!」
菜穂は、アルテミス王女にうつ伏せで寝るように指示すると、両手の指をバラバラに動かして手首を回したりしながら、マッサージをするための準備運動をし始めた。
アルテミス王女は、言われた通りにうつ伏せになり、菜穂がマッサージを始めるのを静かに待っていた。
「では、始めます」
菜穂は、アルテミスの首から肩へと手指を滑らすように動かし、ゆっくりとマッサージを始めた。
菜穂の指は的確にアルテミスの凝り固まった身体の箇所を見つけ、優しくゆっくりと解していく。
「どうかしら、アルテミス……。痛かったら言ってね?」
菜穂が声をかけるとすでにうっとりと目を閉じていたアルテミス王女は、ふるふると軽く首を振る。
「いいえ、ナーオ姉様……何だかとっても気持ちいいです」
「そう、ならいいわ。本当なら、アロマオイルとかクリームとか専用の道具があればいいんだけど……私の仕事のマイバッグがあればなぁ……」
思わず菜穂は、仕事で持ち歩く自分のバッグを思い出して呟いた。
「ん?」
アルテミスの背中から腰にかけて手を滑らせていった菜穂は、かすかに眉を寄せた。
ちょうどアルテミスの腰の一部分が、黄色い光を強く放っていたからである。よく凝視してみると、そこの骨がわずかに歪んでいた。
(よし、ここも治してしまおうっと!)
「大切な骨を綺麗に完璧に……。骨さん、いい子ですねー。痛いのイタイの飛んでいけー!」
菜穂は、先程の治療と同じようにアルテミス王女の問題の腰の部分を集中して撫で、言葉と同時に虹色の光を手から発して、治療を行った。
「よし、完璧!」
アルテミス王女の腰も青く光り出すと、菜穂は満足そうに笑みを浮かべるのだが、突然、くらっと激しい眩暈を感じた。
「……っ!?」
菜穂は、急に全身から力が抜けていくのを感じて、その場に倒れ込んだ。ハンマーで頭を殴られたような痛みに全身の脱力感……。目を開けていても、その瞳に何も映すことができない。菜穂の目の前は真っ暗だった。
(何? 私、このまま死んじゃうの……!?)
「ナーオ姉様、ナーオ姉様!」
泣き叫ぶような自分を呼ぶ声が聞こえてきたが、指先一つ動かすことのできない菜穂は返事をかえす事もできなかった。
そうして、菜穂はそのまま眠るように意識を失ったのである。
ただ、意識を失いながら菜穂は心の中で呟いていた。
(お腹空いたー……)




