治療
菜穂は、ベッドの側に立ち、アルテミス王女が菜穂の側に寄るように座り直すのを見てから、王女の隣に腰を下ろした。
「それでは、王女様。早速、王女様の現状を診させて下さい。特によく診察したい部分は首ですので、襟元を広げてもらっていいですか?」
「はい、分かりました」
アルテミス王女は、菜穂に言われたように寝間着の襟元を広げて首がよく見えるようにし、ヴェーブのかかった金の長い髪も侍女に言って診察の邪魔にならないように纏めさせた。
「それでは、ちょっと失礼しますね」
菜穂は、よく見えるようになったアルテミス王女の首を目にすると、わずかに眉を寄せた。
(うわーっ、首が真っ赤に光って見える! 他、肩とか全身も、何か黄色く光っている?)
菜穂は、オリオン王の左腕を見た時の事を思い出していた。
黄色に光ってみえた左腕は、そっと触れた瞬間、骨にヒビが入っているのが見えた。
(そういえば、あの時、手から虹色の光が出たとか何とか、王様が言っていたような……? あ、魔法で治したんだっけ? 完璧に治った王様の腕は青色の光を放っていたよね……? 今、王女様の首は赤い光で……王様は黄色い光……治ったら青い光……うーむ……)
喉まで出かかった答えに、菜穂はむずむず気持ち悪さを感じて、腕を組んで唸った。
難しい表情で考え込む菜穂の姿を、アルテミス王女はハラハラと心配そうに見つめている。
(何か大事な事を忘れているような……? あ、確か『女神の祝福』の事、王様と話したっけ。夢の中で会った女神様の話で……あっ!?)
「あの……神子様? 私の病気……そんなに悪いので……」
「そうよ、信号よ! 青は安全、黄色が注意、赤は危険だ。あー、思い出してすっきりした……」
不安になったアルテミス王女が菜穂に話しかけた瞬間、菜穂は、女神とのやり取りを思い出して大きな声をあげた。
アルテミス王女は、突然叫んだ菜穂にびっくりして目を瞬かせる。
菜穂は、ハッとアルテミス王女に視線を向けて、少し気まずそうに笑った。
「あ、今のは何でもないんです。驚かせてしまってごめんなさい。コホン……それでは、首の骨の状態を診させていただきます」
一度咳払いをして誤魔化すと、菜穂は、アルテミス王女の首に手を伸ばし、そっと触れた。
その瞬間、菜穂は、まるでMRIの画像のような鮮明な骨が見えた。
(えっ!? 何で、こんなにはっきり見えるの?)
実は、菜穂は誰にも言えない秘密を持っていた。不思議と人の骨格やその骨の状態が、手に触れるとうすぼんやりだが、何となく見えるのであった。しかも、全身の骨格は、パッと見ただけでおおよそ分かってしまう。
自分の手と目がレントゲンのようなものだと知ってから、菜穂は、その能力を誰にも知られないように気をつけながら使用し、整体師として数多くの患者を診てきた。
だが今回、菜穂の目には今までにないほど、アルテミス王女の首の骨がよく見える。
(うわーっ、MRIよりよく分かるんじゃないの? 何で、こんなに見えるんだろう……?)
菜穂は、あまりにも見え過ぎるため少し混乱したが、『女神の祝福』の事を思い出して多少は納得するのであった。
(そうか、青、黄色、赤の信号も、このよく見える事も、『女神の祝福』とやらのせい!? とにかく、王女様の首の骨を何とかしないと……本当に、これは酷い……)
菜穂の目に映るアルテミス王女の首の骨は、あまりにも痛々しかった。
菜穂の想像したむち打ちではなく、ヘルニアであった。骨と骨の間が狭くなってきており、クッションの役割をする椎間板が一部飛び出している状態であった。
(こんなになるまで……神経にもあたってとても痛かっただろうに……)
「神子様、それで私の病気はどんな状態なのですか?」
アルテミス王女は、菜穂の表情の変化を見てとり、自分がよくない状態だと悟るも、菜穂の目をまっすぐに見つめて尋ねた。
「正直、良い状態とは言えません。簡単に言いますと、王女様の首の骨が少し歪んでしまって、神経を圧迫しているんです。ですから、腕、手指の痛みやしびれがあると思いますが……」
「……っ!? はい、その通りです……」
菜穂は、驚いた表情で頷いて返事をするアルテミス王女の姿を眺め、これまでの王女の苦痛を考えて、少しでも痛くないように治療をしようと思った。
(消炎鎮痛剤に、後は、温熱療法、牽引療法から始めるのが妥当かな? でも、出来れば、椎間板を綺麗に治してあげたいなぁ……あっ! そういえば私、魔法が使えるようになったんだっけ?)
ふと、王様の骨のヒビを治した事を思い出し、菜穂は、自分の両手をじーっと見つめた。
(確か、あの時は……こうして……)
菜穂は、オリオン王を治療した時の事を回想しながら、アルテミス王女の首を両手でそっと優しく撫でた。
(集中して、骨さんの事を考えて……)
じーっとアルテミス王女の首の骨を見つめ、菜穂は、必死に集中し、菜穂自身は気付かなかったが首の骨に気を流し込んでいった。
「大切な骨を綺麗に完璧に……。骨さん、いい子ですねー。痛いのイタイの飛んでいけー!」
菜穂の口から自然と、オリオン王の治療をした時と同じ言葉が出てきた。
「!?」
その瞬間、アルテミス王女は、とても心地よい温かさを全身に感じた。特に首に集中していたのだが……。
「やった! この光だ……」
菜穂は、両手から溢れだしてくる虹色の光を目にし、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「よっしゃー、ここからよ!」
そして、気持ちを引き締め、健康なアルテミス王女の首の骨を思い描いて、必死に心の中で骨を応援しまくりながら、気を送り続けた。
(頑張れ頑張れ、骨さん。ファイトー! 元の姿に戻れー!)
少し離れた位置に控えていた侍女は、その信じられない光景を目の当たりにして、呆然としていた。
菜穂の手が虹色に光り、その光がアルテミス王女の首へと流れ込んでいく……それは、一生見られない筈の光景であった。虹色に光る魔法は、今では存在しないはずであるから……。
その場に居合わせることができた侍女は、この幸運を心から女神に感謝した。
そうして、後に侍女は、その神秘的な光景を、『女神の奇跡』と語る。
その後、菜穂の治癒魔法は、『女神の奇跡』と呼ばれるようになった。




