原因
菜穂は、アルテミス王女の頭を唖然として眺めていた。
「あ……あの、王女様。つかぬ事をお聞きしますけど、その頭は……?」
「あぁ、これですか? 神子様にも褒めてもらえて嬉しいです」
恥ずかしそうにはにかんで笑うアルテミス王女は、それはとても可愛らしかったが、菜穂はそれどころではない。
「いえ、その……かなり重くありませんか?」
「えぇ、そうですね。でも、もう慣れましたよ」
アルテミス王女の返答に、菜穂はガクッと肩を落とす。
(ちっがーう、もう、私が言いたいのはそんな事じゃないのにー!)
「ですから、その頭は……作りものですよね? 何故、そんなものを?」
「まぁ、神子様はご存じないのですね。このように素敵なかつらを被ることが今、一番、淑女として流行っていますのよ」
「かつらが流行……」
アハハ……と菜穂は、渇いた笑みを張りつかせた。
「でも、そのかつら……あまりにも大きくありませんか?」
「神子様、大きなかつらほど、人気があるのですよ。これが流行の最先端ですの……」
軽く首を傾げて語るアルテミス王女の姿を見て、菜穂は何だか脱力してきた。
菜穂の目に映るアルテミス王女の被るかつらは、縦にも横にも大きく広がり、そしてかなりの高さがあった。髪の色も赤やピンクに黄色などいろいろと混ざって派手であり、装飾品もたくさんつけられていて、とにかくかなりの重量があるのが見ただけで分かる。
菜穂は、アルテミス王女の病気の原因が今はっきりと分かってきて、ひくっとわずかに頬を引き攣らせた。
(一体何十キロの物体を頭にのせてんのよー! 絶対にこれが原因よ! しかもすごい派手な色……)
より確信を得るため、菜穂はさらに質問をしていく。
「その大きなかつらが流行りだしたのはいつ頃ですか? 体の調子が悪くなる少し前ではないでしょうか?」
「あ、言われてみれば、かつらを被り出してから、肩が凝るようになって徐々に頭痛が酷くなっていきましたわ」
「かつらは毎日つけていたのですか?」
「えぇ、それは淑女の身だしなみですから……」
「ちなみに、大きなかつらは貴族間でだけで流行っていて、一般の人々は身につけなかったのですか?」
「はい、そうです」
菜穂が次々と質問してくる内容に、アルテミス王女はキョトンと瞬きをしつつ、素直に答えていった。
(やっぱり、決まりね……。何てこった……。原因はかつらだったなんて……)
少しショックで項垂れた菜穂は、一度深呼吸をすると顔を上げてにっこり微笑んだ。
「王女様、病気の原因が分かりました」
「えっ!? 本当ですか? 私、病気が治るのですか!?」
菜穂の思いもがけない言葉に、アルテミス王女はびっくりして驚きの声を上げる。
「えぇ、もう心配いりません。私が必ず治してみせます」
菜穂は、アルテミス王女を安心させるように、力強く頷いた。
「ですから、健康になるためにも、私の言う事を聞いて下さいね?」
「はい、何でも神子様に従います。それで、私の病気の原因とは、何だったのですか?」
アルテミス王女は、パァッと一瞬にして明るい表情になり、頬もうっすらと薔薇色に染まり出した。
原因を聞かれた菜穂は、微妙な笑みを浮かべて、視線をアルテミス王女の巨大なかつらに向ける。
「原因は、その……大きなかつらです。ですから、すぐに外して下さい」
「えっ!? このかつらなのですか!?」
アルテミス王女は、驚いて軽くかつらに触れると、侍女に視線を向けた。
「ラビ、すぐにこのかつらを外すわ。だから、手伝って……」
「はい、アルテミス様……」
ずっと大人しく傍らに控えていた侍女は、菜穂の話にすっかり驚いていたが、アルテミスの声に我に返ると急いでかつらを外すのを手伝った。
菜穂は、かつらを取るアルテミス王女の姿を、その場で黙って見つめていた。
かつらを取ったアルテミス王女は、それはとても愛らしかった。
輝くばかりの長い金の髪に、どこまでも青く澄んだ瞳。年齢は、12、3ぐらいに見える。頬はほっそりと痩せて顔色は少し悪いが、希望に満ちたきらきらとしている瞳には力が宿っている。
菜穂は、アルテミス王女の瞳を見て、どこかで見たような?とデジャブを感じていた。
(もう、かつらなんかしない方のが、とっても可愛いじゃないのー! あれ? 誰かに似ているような……?)
「神子様、これでよろしいですか?」
何かを思い出そうとしていた菜穂は、アルテミス王女の声にハッと我に返る。
「え? あぁ、そうですね。王女様は、自然のままの姿の方が、とっても可愛いですよ」
ニッコリ微笑んで菜穂が話しかけると、アルテミス王女はポッと頬を染めてはにかんだ。
「神子様の方のがとっても素敵です。私、初めて神子様を見た時、天女様がいらしたのかと思いましたもの……」
「ん……天女?」
(あれ? 同じように天女って誰かに言われたような……?)
聞き覚えのある言葉に、菜穂は、視線を斜め上に向けながら首を傾げた。
その瞬間、ニヤッとニヒルな笑みを浮かべるオリオン王の顔がボンと脳裏に浮かんできた。
「あーっ、そうだ、王様だ! 王女様って王様とよく似ているんだ。あれ? そういえば、どちらもアースと苗字?が同じだっけ……。ん、親子? でも、王様って女性が苦手なのよね……?」
思わず菜穂が、声を上げて独り言をぶつぶつ呟いていると、くすくすとした笑い声が聞こえてきた。
「神子様、親子ではありません。陛下は私の兄上なのです」
「お兄さん!?」
菜穂は、驚きの声を出して、まじまじとアルテミス王女を見つめた。
(確かに、金の髪に青い瞳でよく似ているけど、年が離れているように見えるせいか、親子の方のがしっくりくるよね……?)
菜穂の考えている事が顔に出たのか、アルテミス王女は微笑みながら言葉を続ける。
「あの……神子様は私をいくつぐらいに見ているのですか?」
「確か16歳と聞いていましたが、13歳ぐらいに見えますね……」
「ふふっ、やっぱり……。少し幼く見えてしまいますのね」
ぷくぅっと少々不満げに頬を膨らませるアルテミス王女。そんなアルテミス王女を可愛いなぁと、菜穂は笑顔で見つめる。
「ちなみに兄上は35歳ですよ、神子様」
「35!?」
(うわーっ、30ぐらいだと思っていた……。でも、16でも、やっぱり年が離れているじゃないの。うーん、19歳差って凄いよね? もしかして、母親違いとか?)
菜穂が、うーむと唸りながら考え込んでいると、やはり思っている事が表情に出ていたのか、アルテミス王女は口を開いた。
「父上も、母上も同じですわ。母上は16で兄上をお産みになられましたの」
「16でですか!? 随分と早いんですね」
「えぇ、神子様の世界の事は分かりませんが、こちらでの王族の婚姻は早いんですの。どんなに遅くでも20歳までには結婚するのです。でも、男性の王族に限っては異なりますけれど……」
「へぇ、そうなんですか……。あれ? もしかして、王女様にももうお相手が?」
何気なく菜穂が問い掛けると、アルテミス王女は、照れたようにポッと頬を赤らめて小さく頷いた。
「はい、婚約者がおります。とっても勇敢で素敵な方なのです」
幸せそうに微笑むアルテミス王女を見て、菜穂も何だかほんわかと温かい気持ちになり、優しい眼差しで王女を見つめた。
「でしたら、絶対に元気にならないといけないですね」
「はい、私……頑張って病気に勝ちます! 神子様、私が王女だからなんて遠慮しないで下さいね? たとえ、火の中水の中、元の健康な体に戻れるのならば、私、何だってしますから!」
意気込んで返事をするアルテミス王女に、菜穂は、少し目を開きつつ笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。火の中や水の中に入らなくても、病気は治りますから……。まずは、今後、このような重いかつらは絶対に被らないで下さいね?」
「はい!」
菜穂が、かつらの事を再度口にすると、アルテミス王女は、まるで生徒のように手をあげて元気に返事をした。
そして、菜穂はそんなアルテミス王女を見て、心の中で誓った。
(絶対に、王女様の病気を治してみせる! 私の骨フェチ、整体師としての誇りにかけて……。それにしても、20で結婚なんて、うーわー、28の私はもう行き遅れってこと!? ここにいたら、一生独身? 大好きな骨と添い遂げてもいいけど、まだ、結婚に夢があるし……)
アルテミス王女の病気を治しやる事をやったら、絶対にもとの世界に帰ろうと、密かに誓う菜穂であった。




