王女
カストルが去ってから、オリオン王は無言で歩き始め、菜穂は王のちょっとおかしい様子に首を傾げながらも、黙ってついていった。
(どうしたんだろう、王様……。何か変……)
スタスタと前を歩くオリオン王の背を眺めながら、ふと菜穂は思い出したように口を開いた。
「あの、王様……」
「何だ?」
「シリウスさんって、どなたですか?」
「………………」
一瞬、オリオン王の足が止まる。
(うわっ、恋人の事を聞いたから怒ったのかな?)
菜穂は、少し不安になって、そろそろとオリオン王を見上げた。
「シリウスは、お前を召喚した魔術師だ。今度、お前にも紹介しよう」
「あ、はい……」
淡々とした口調で菜穂の問いに答えるオリオン王に、菜穂は気のせいだったのかと首を捻る。
(あれ? 別に怒っていなさそう……。へぇー、シリウスさんが、召喚したんだ……。ふぅん、今度恋人紹介してくれるんだ……)
大きな勘違いをしたまま、菜穂は納得したように頷き、再び歩き出したオリオン王の後を慌ててついていった。
「着いたぞ、ここがアルテミスの部屋だ」
鮮やかな色とりどりの花が描かれ掘られている立派な扉の前で、オリオン王は足を止めた。
オリオン王が静かにノックをすると、扉が少し開いて、中から侍女らしき少女が顔をのぞかせた。
紺色のワンピースに白いエプロンで、メイドのような侍女服を身に纏っているその少女は、歓喜に満ちた表情でオリオン王の隣にいる菜穂を見つめると、すぐに頭を下げ、扉を大きく開く。
『お待ちしておりました。アルテミス様も、今は少しご気分がいい様子です』
『そうか……。では、ここからは神子に任せるとしよう』
『後はよろしく頼むぞ』
『はい、陛下……』
菜穂は、異界の言葉が分からないので、二人のやり取りを黙って見つめていた。
すると、突然オリオン王が視線を向けてきたので、軽く首を傾げた。
「あの……?」
「どうやら、王女は今起きていて、いつもよりは気分がいいらしい。だから、ちょうどいい。すぐにでも診てやってくれ」
「あ、はい、分かりましたけど、王様は……?」
部屋に入る様子のないオリオン王を、菜穂は怪訝そうに見つめて尋ねる。
「私は、ここで失礼する。さすがに、診察する様子を見ていたりするのはよくないからな……。あれでも、一応女だから私が側にいると煩い」
「あぁ、そういう事ですか」
菜穂は、オリオン王の返事に納得がいったように頷いた。
「後は、この侍女に案内してもらうといい。王女のこと、くれぐれもよろしく頼むぞ」
「はい!」
真剣な表情で自分を見つめてくるオリオン王に、菜穂は力強く頷いた。
そうして、オリオン王と別れた菜穂は、侍女に案内され王女の部屋へと入っていった。
菜穂のいた部屋と同じようにかなり広く、調度品も高価そうなものばかりで、奥の窓の側に天蓋つきのベッドがあるのが見えてきた。
『ラビ……誰が来たの?』
か細く弱々しい声が、菜穂の耳に届いた。
『神子様がお見えになりましたよ、アルテミス様』
『まぁ、神子様が! 私、こんな姿で……恥ずかしいわ。ラビ、せめてあれを持ってきてくれない?』
『はい、かしこまりました』
ベッドの側で一礼した侍女が、奥の部屋へと姿を消す。
菜穂は、王女と侍女の話す言葉が分からないので、その場にじっとしているしかない。
(今気付いたけど、話し言葉が分からない! ……ってことは、どうやって診て治療するのよー! 身振り手振りで何とかなるかな?)
ここでようやく菜穂は、言葉が通じないことに気付き焦った。
だが、菜穂のその心配も杞憂に終わる。
「神子様……こんな場所からすみません。私、アルテミス・マウャジャジ・アースといいます」
菜穂は、突然日本語で声をかけられたので驚いた。
レースのカーテンでベッドの四方が覆われているため、その姿は見えないが、ゆっくりと身体を起こす人影が見える。
菜穂は、ベッドから2、3歩離れた位置でベッドの人影を見つめながら、どうやら言葉が通じるらしい事を知りホッと安堵した。
「いいえ、王女様、お気になさらないでい下さい。ご丁寧な挨拶をありがとうございます。私は、ナホ・カンザキ。皆さんにはナーオと呼ばれています」
「ナホ様なのに、ナーオ様なのですか?」
「えぇ、ナホってこちらではどうも発音しづらいみたいで……ってあれ? 今、ナホっていいました?」
「はい、ナホ様」
「うそっ、ナホって呼べるのって、王様だけだと思った……」
「え? 誰もナホ様のお名前を呼ばないのですか?」
「えぇ、ヘレさんとクリュさんも、エウリュさんも、後……カストルさんも……ナーオですよ。ニャーオとかアホとかになってしまって、呼べないみたいです。ですから、王様だけだと思ったのですけど、王女様も呼んでくれて嬉しいです」
「なるほど、そういうことなのですね……」
菜穂との会話で何やら納得したように頷くアルテミス王女のもとへ、先程の侍女が大きな箱を両手に持って戻ってきた。
『アルテミス様、お持ちしました。やはり、つけてから神子様にお会いになられますか?』
『えぇ、こんな姿だから、せめてそれをつけたいわ』
『分かりました』
菜穂は、箱を抱える侍女をキョトンと眺め、カーテンの中へ入っていくその姿を見送った。
「すみません、神子様。簡単に支度を整えますので、少し待っていて下さい」
「はい……」
ベッドからアルテミス王女の声が聞こえてきて、菜穂は頷いた。
(病気だから、そのままでいいのに……。でも、やっぱり王女様だから、いろいろ気になるんだろうな……)
『ねぇ、ラビ、おかしくない? 私……神子様の前に出て、変じゃない?』
『いいえ、アルテミス様。いつものようにお綺麗です。神子様も、アルテミス様の可愛らしさにきっと驚きますわ』
『もう、ラビったらいつも私に甘いわよ』
カーテンで覆われているベッドから、何やら話し声が聞こえてくる。
だが、菜穂には話す内容を何も理解できないので、ただ大人しく待つことにした。
暫く経つと、侍女が出てきて、菜穂にお辞儀をした。
「支度、おわ……た。おうじょ、に会て、ください……」
カタコトで話す侍女に、菜穂は目を見開いて驚く。
(凄い! この侍女さんも少し話せるのね。なんか日本語の学習率がすごくない?)
驚いたまま菜穂が頷くと、侍女はベッドのカーテンを静かに開けていく。
レースのカーテンで人影でしかなかった、王女の姿が見えてきた。
「……………………っ!?」
菜穂は、アルテミス王女の姿が目に入った瞬間、その衝撃にポカンと大きく口を開いた。
「神子様、はじめまして……」
それはほっそりとした青白い顔色の美少女が、恥ずかしそうに微笑みかけてきたのだが、菜穂は、別の事に驚いて全く反応できない。
「あの……神子様?」
目が落ちそうなほど大きく見開いて固まったままの菜穂に、アルテミス王女は不思議そうに首を傾げた。
「な……なん…………」
菜穂は、大声で叫びそうになるのを必死に抑えていた。
想像を超えたアルテミス王女の姿は、菜穂にくらっと眩暈を起こさせた。
(何なの、それー!? う・そ・でしょう! こんなのありえなーい!)




