美女?
「はじめまして、神子様」
菜穂の前に立っているその人物は、左口元にほくろがあるセクシーな美女(?)であった。その美女(?)は、鮮やかな紅色の唇で弧を描き、にっこりと微笑む。
燃えるような真っ赤な髪に金色の瞳。ヴェーブのかかっている髪は、紅色のレースリボンで一つに縛ってあり、肩甲骨ぐらいまでの長さ。睫毛は長く、細見の長身で、詰襟の真っ赤な騎士隊服を着ているやたらと迫力のある美人であった。
菜穂は、その迫力ある美女(?)をマジマジと見つめていた。
(うわーっ、ヘレさんとクリュさんの双子姉妹もすごい美人だと思ったけど、この人もすごい綺麗……。なんだろう? ヘレさんとクリュさんがパァッと明るい美人だとすると、この人は、妖しそうなエロチック美人?)
「あら……あたしの言葉、通じていないかしら……? 神子様、こんにちは。はじめまして」
ポカンと口を開いたままの菜穂の目の前でヒラヒラと片手を振るその美女(?)は、反応のない菜穂に首を傾げながらも、再度、挨拶をする。
「えっ、は? あ……はい、こんにちは。はじめまして」
菜穂は、目の前を横切る掌にようやく気付いて、ハッと姿勢を正してから少し頭を下げてお辞儀をした。
頭を下げる菜穂を見て、少し驚いた表情で瞬きをしたその美女(?)は、くすっと微笑む。
「あら、これが異界の挨拶なのね。ご丁寧にありがとうございます、神子様。でも、堅苦しい挨拶は抜きね? あたし、カストル・クチキ・リュー。これでも、騎士団長なのよ。よろしくね?」
「あ、はい、よろしくお願いします。私は、ナホ・カンザキ。ナーオと呼んで下さい」
「ナーオちゃんね。名前も可愛らしいじゃないの。ナーオちゃん、騎士団を代表してお礼を言うわ」
人懐っこくにっこりほほ笑んだ騎士団長カストルは、おもむろに片膝をつき騎士の礼をすると、菜穂の手をそっと取った。
菜穂は、一連のカストルの流れるような洗練された動きを、ただ驚いて眺めていた。
「神子様、異界へのお渡り、ありがとうございます。我がアース国騎士団みな、神子様を心より歓迎致します」
カストルは、菜穂の手の甲にそっと唇を近付けた。
菜穂は、ポカンとしたまま取られた手の甲に口付けをされそうになる。
「え?」
だが、突然背後から伸びてきた大きな手に、それは阻止された。
その邪魔をした手の持ち主はオリオン王。少し黙ってカストルと菜穂のやり取りを眺めていたが、徐々に不機嫌そうに眉を寄せていた。
だから、カストルが菜穂の手を取り顔を近付けた瞬間、素早い動きでカストルの手を払って、菜穂の手を逆に握り隠したのである。
「ちょっとー、騎士の挨拶ぐらいさせなさいよー。全く、器が小さいんだから! そんなんだと、神子様に嫌われるわよぉー」
「煩い。お前に触れられると、ナホが穢れる。手の甲とはいえ、唇が触れるなぞ問題外だ」
「やーねー、陛下ったら……人をバイ菌扱い? 失礼しちゃうわ」
菜穂は、自分を挟んで前後で言い合いを始めたオリオン王とカストルを、唖然とした表情で視線を動かしながら眺めた。
やがて、頭の上でぎゃあぎゃあ言い争う二人に、菜穂は何だか疲れてきてはぁーっと溜息をつき、そっとオリオン王の手を外して二人の間から抜け出した。
「フン、バイ菌よりタチが悪い。ナホに近付くな! お前の変態菌がうつる」
「誰が変態菌よぉー。変態の陛下に言われたくないわ」
「変態はお前の方だ!」
「あら、変態は陛下の方よ、絶対」
「お前だ!」
「陛下!」
お互いにヒートアップして唇が触れそうな距離まで顔を近付け、睨み合うオリオン王とカストル。
菜穂は、美男と美女(?)カップルの睨み合うその姿を見て感心したように頷くも、幼稚な口論の続く二人に、とうとう耐えきれなくなり噴き出した。
「ぷっ……クスクス……王様もカストルさんもおかしいです」
突然、菜穂に笑われた二人は、ようやく我に返り、菜穂がいつの間にか離れていた事に気付いた。
オリオン王は、楽しそうに笑う菜穂を眩しそうに見つめ、カストルはそんなオリオン王をニヤニヤと見つめている。
一頻ひとしきり笑った菜穂は、目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭うと、二人を交互に見つめてほぅっと息を吐いた。
「やっぱり、そうやって並んでいると、美男美女のカップルで、お二人とてもよくお似合いですね。そういえば、騎士団長って、女性の方でもなれるものなんですか?」
カストルを女性だと思い込んでいる菜穂は、素直に思ったままを何気なく口にした。
その瞬間、二人は同時にぎょっとした表情になり、続く菜穂の問いには、カストルは可笑しそうに笑い出した。
「やだぁー、ナーオちゃんったら、素直で可愛い! もう、スリスリしたくなっちゃうわ」
「するな!」
すかさず、オリオン王がツッコむ。ここで菜穂が、イイお笑いコンビ……なんて、考えているとは、二人とも思いもしない。
「でも、陛下があたしの男だなんて、嫌過ぎるわ。考えたくもないし、ほらっ、鳥肌がたってきちゃった」
「それは、こっちの台詞だ。お前が俺の女?なんて、間違っても考えたくない。それに、ナホ、お前根本的な事から大きな勘違いをしているぞ。こいつは、こんななりと気色悪い話し方をするが、正真正銘、男だ」
ポンポン掛け合い漫才のように話す二人のやり取りを大人しく聞いていた菜穂であったが、オリオン王のカストルが男だという話には、大いに反応して驚愕に目を見開いた。
「男? えっ、えぇーっ!? うそっ! こんなに綺麗なのに、カストルさんて男なのーっ!?」
(うそーっ、こんなに美人で綺麗なのに……そりゃあ、背が高いし、ハスキーな声だと思ったけど、そういう女の人だっているし……)
菜穂は、大きく見開いた目でカストルをマジマジと凝視する。
菜穂の視線に気付いたカストルは、わざとらしくしなを作りながら微笑む。
「いやぁーん、ナーオちゃんったら、そんなに熱い瞳で見つめられたら、あ・た・し、恥ずかしいわ」
「うっ……」
カストルの艶なまめかしさに、菜穂が思わず顔を赤らめると、不意に両目が塞がれた。
「目が腐るぞ。見るな」
背後から両手を伸ばし、菜穂の目を塞いだのはオリオン王であった。
菜穂は、突然真っ暗になったので、驚いて瞬きを繰り返す。
「ちょっとー、だから、バイ菌扱いしないでよー。ほんとに失礼ね、陛下」
「フン、バイ菌の方のが可愛げがある」
再び、菜穂の頭上を飛び交うオリオン王とカストルのやり取り。口論を始めそうになった二人に、菜穂は慌てて叫ぶのであった。
「いい加減にして下さい!」
菜穂の怒鳴り声に、二人はハッと口に噤む。
「二人とも煩いです。それと王様、いつまで目を覆っているんですか? いい加減離して下さい!」
むっと口をへの字に曲げ、菜穂は、オリオン王の手を振り払うとキッと目を吊り上げて二人を交互に睨みつけた。
「それで、もう一度確認しますけど、カストルさんは本当に男性なのですね?」
「「は?」」
菜穂の怒りの剣幕に何を言われるのかと身構えた二人であったが、思いもよらない菜穂の問いかけに、きょとんと口から出てきた声が見事にはもるのであった。
「だから、カストルさんは男性でいいのですね?」
ポカンと口を開く二人を見て、菜穂は再度確認をとりながら、ぼんやりと心の中で呟く。
(うわーっ、美形の崩れた顔って、やっぱり美形だ……。むしろ、何か可愛い? うーん、貴重な表情だなぁ……)
菜穂の心の中の呟きなど知らないオリオン王とカストルの二人は、すぐに口を閉じ、普段の顔つきに戻る。
そんな二人の美形を、菜穂は少し残念そうに見つめていた。
カストルは、スッと一歩前に出て、菜穂にニッコリと微笑みかける。
「えぇ、男よ。別に、騎士団長に性別の決まりなんてないけれど、あたしはオス。信じられないのならば、証拠を見せてあげてもいいわよ?」
「証拠?」
キョトンと首を傾げた菜穂に向かって、カストルはニィっと妖しげな笑みを零した。
「そう、証拠。ついてるモノ、見せたら一番手っ取り早いでしょ? ちなみに、あたしの、陛下よりも立派だから、夜の相手にはお買い得よ?」
「へっ……? なっ……んなぁーあぁー!?」
一瞬キョトンと瞬きをした菜穂であったが、その言われた内容の意味に気付くと顔を真っ赤にさせて猫のような奇妙な叫び声をあげた。
「なっ……なん……何を……」
菜穂は口をパクパクさせながら、朱に染まった顔のままプルプル肩を震わせた。
そんな菜穂の背後に立つオリオン王は、ムスッと不機嫌そうに眉を顰める。
「おいっ、ナホに嘘をつくのではない。私のが、お前のより立派だ」
「あら、あたしのが大きいわよ」
「いいや、私のだ」
菜穂が顔色を赤くさせたり青くさせたりしている中、オリオン王とカストルの言い合いが始まる。菜穂にとってはどうでもいい事なのだが、二人は男としての自尊心からか、一歩も引かない。
「よし、だったらナホに比べてもらおう」
「そうね、ナーオちゃんに勝敗をつけてもらうのが一番いいわ」
納得したように口論の途切れた二人の視線が、突然菜穂に向けられた。
二人の視線にびくっとして、菜穂はじりじりと後ろへ下がる。
「ちょっ……冗談ですよね?」
菜穂は、近付いてくる二人に引き攣って笑いかけながら更に後退するのだが、背中がトンと何かにあたり、それ以上下がれなくなった。
「あら、ちょうどいいんじゃないの?」
「そうだな。この部屋なら今は使われていないし、誰もこない」
「じゃあ、この部屋の中でする?」
「あぁ、問題ない……」
何やら目配せをしてニヤリと頷き合う二人を見て、菜穂はハッと確かめるように背後を見る。菜穂が背にしていたものは、何かの部屋へと通じる扉であった。
「ナホ、その部屋に入るぞ」
「ナーオちゃん、何も怖いことないからね。ちょっと、見てくれるだけでいいんだから……」
「ナホ、私のを見て感動するのではないぞ」
「あら、あたしのがすごいんだから、ナーオちゃんにはちょっと刺激的かしら……?」
「ナホ……」
「ナーオちゃん……」
(うそーっ、本当に冗談じゃないのー!?)
目の前にまで近付いた二人の手が、菜穂に伸びてきた。
菜穂は、半分涙目で二人を見つめ、扉にへばりつきながらぷるぷる首を左右に振った。
「いやあぁぁーっ!」




