希望
そうして、食事を終えた菜穂は今、オリオン王に案内されて王女の部屋へ向かっていた。
「それで、王女様は今、おいくつなのですか?」
「まだ、16だ。それなのに……」
辛そうな表情でオリオン王が呟く。
「16歳ですか……。まだまだ、人生これからですね。何としても元気になって貰わないと……」
(私に何ができるのか分からないけど、女神様の祝福とやらもあるみたいだし、とにかく頑張ってみよう)
神妙な顔つきで頷きながら、菜穂は新たに決意を固め、ぎゅっと拳を握った。
「王女様はいつから体調を崩されたのですか?」
王女を診る前に少しでも正確な情報を仕入れておこうと、菜穂はオリオン王に質問を続ける。
「初めは、頭が重いなど気分がすぐれない事を言っていたな。確か……それが半年前ぐらいだったか? それでも、その頃はまだ元気だった……。寝込んでしまったのは、3月前。寝たり起きたりを繰り返していたが、食欲も失せ、日々痩せ衰えていった。今は全身がだるく、力も入らないらしい。……この所、水しか口にしていない状態だ」
オリオン王も、時折考え込みながら菜穂の問いに真剣に対応していく。
「それで、原因は全く分からなかったという事ですね?」
菜穂は、オリオン王から初めに聞いた事を思い出しつつ、再度確認をとった。
オリオン王も、その当時の事を思い起こしながら、眉間に皺を寄せて真面目に頷く。
「あぁ……。初めは毒を疑い、毒消しの治癒魔法を行ったが効き目はなかった。どこも怪我をしていないし、何も変わった事はなかったのに、突然、アルテミスは倒れたのだ」
「あの、一つ質問ですけど……その治癒魔法って、どんな病気でも怪我でも治す事ができる……つまり、万能ではないのですか?」
まだ、この異世界の魔法についての知識のない菜穂は、ずっと不思議に思っていた事を尋ねた。
菜穂の問いに、オリオン王は微妙な表情を浮かべ、軽く息を吐く。
「基本、治癒魔法は万能だと言われている。だが、ごくまれに、魔法の全く効かない病人が出るのだ。その病人は、必ず、腰や膝、首などを痛がる。我々は、それをタイネホ病と呼んでいる」
「タイネホ病? それにしても、腰、膝に首……? あれ?」
ふと菜穂は、何か頭にピンとくるものを感じて首を傾げた。
(痛い箇所がすごく身近に感じるんだけど……毎日、仕事でよく聞いている……。もしかして、原因って……骨? だとすると、王女様の病気って、まさか……)
菜穂の中で、ある仮説が立てられた。
一方、オリオン王は、菜穂より少し先を歩いているため、菜穂の表情の変化に気付かず、難しい表情で話を続ける。
「…………だから、アルテミスもタイネホ病なのかもしれぬ。確か、首が痛いとも言っていた……。だが、ここまで重いタイネホ病は、今まで報告された事はない……」
「え? 王女様は首が痛いって言っていたのですか? 本当に、王女様に変わった事はなかったのですか? 乗り物……馬車?などに乗っていて、事故にあったり、どこか高所から落ちたりなど……」
菜穂は、王女の症状に心当たりが出てきたらしく、オリオン王に再度確認をとったのだが……。
「いや、本当に何もなかった。どんなに調べても、何も出てこなかった。普段と変わりない生活をしていて、その病気は……突然、襲ってきたのだ」
「そうですか……」
オリオン王の返事に変わりはなく、菜穂は唸りながら頷いた。
(うーん、ハズレか……。むち打ち……外傷性頸部症候群がいしょうせいけいぶしょうこうぐんかと思ったんだけどな。でも、何かしらの理由で骨をおかしくした可能性はあるよね? それだったら、私がここに呼ばれた理由も分かるし……)
菜穂は、何か希望が見えてきて、少し明るい表情になる。
「ナホ、どうかしたのか?」
突然、足を止めた菜穂に気付いて、オリオン王は振り返った。
「あ……その、まだ分かりませんが、王女様の症状が私の世界での病気に少し似ているのです。もし、私の知っている病気でしたら、何とかなるかも知れないかと……」
「本当か!?」
菜穂の言葉に、オリオン王は驚き、思わず菜穂の両肩を掴む。
「あ、はい。でも……まだ、王女様を診たわけではないですから、断定はできません。ただ、私のよく知っている症状と似ているだけですから……」
「ナホの世界の病気とよく似ているというだけでも僥倖だ! もし、菜穂の知る病気だったら、治るのだな?」
幾分緊張した面持ちで尋ねてきたオリオン王に、菜穂はにっこりと笑いかけた。
「はい、治ります。もし、私の想像した通りの病気でしたら、大丈夫です。私、その病気のスペシャリストですから!」
整体師である菜穂は、自信がある様子で自分の胸をトンと叩く。
オリオン王は、そんな菜穂を見て、見る間に表情を明るくさせた。
「ナホ! 私は今、お前が女神に見えたぞ」
突然、オリオン王にぎゅうっと力強く抱き締められ、菜穂は目を白黒させる。
「ちょっ……と、王様、苦しいです。それに、まだあくまでももしも……の話ですから、そんなに喜ばないで下さい。万が一にも違ったら私……」
菜穂は両手をジタバタと動かして、ぬか喜びだったら申し訳ないと思い、慌てて言葉を付け足す。
だが、オリオン王は自信有り気に笑みを深め、菜穂の頭頂部にチュッと口付けを贈った。
「大丈夫だ。必ず、お前が王女を……アルテミスを治す。私は今、確信した。治癒魔法でも治せない病気に精通しているお前だからこそ、神子に選ばれたのだ」
「ちょっ、今何を!? だから、まだ分からないって……」
何かが頭の上を掠めたような気がして抗議しつつ、菜穂は、オリオン王の宣言する台詞に慎重に言葉を返す。
「いいや、私には分かる。先に礼を言う。ありがとう、ナホ。お前は、私の神子だ」
オリオン王は、菜穂を抱き締めたままその耳元で甘く囁き、ついでのようにフーッと熱い息を吹き掛けた。
「ひゃうっ!? だから、貴方の神子じゃ、ありませーん」
ビクッと肩を震わせた菜穂は、真っ赤な顔をして叫んだ。
長い廊下の真ん中で、オリオン王に熱く抱擁される菜穂。
その二人の姿は、まるで人目も気にしない蜜月中の恋人のようであった。
(……あぁ、なんて良い匂い……じゃなかった……また、こんな姿、誰かに見られたら誤解されるー!)
菜穂は、オリオン王から漂う香りに再び酔いしれそうになって、自分を叱咤し、心の中でぎゃおぎゃお叫んでいた。
「王様、ギブギブ……離して、下さい……」
「嫌だ。もっとお前を堪能させろ」
「なっ!?」
菜穂が絶句していると、オリオン王はクンと鼻を鳴らして菜穂の髪に顔を埋めてきた。
頭皮にかかってくる熱い息を感じ、菜穂は何だかそれだけで気持ちよさを感じてしまう。
(どうして? 何で王様にずっとくっつきたくなるの!? いやー、このままだとまた痴女になってしまいそう……。誰か、助けてー! ヘルプ、ミー!)
自分が何だかおかしくなりそうで、心の中で必死に助けを求める菜穂。そんな菜穂の願いが叶ったのか、突然、第三者の声が聞こえてきた。
『あらー、こんな所でラブシーン? もう、陛下ったら、気が早いんだから……』
『煩い。知らぬふりして黙って通り過ぎればいいものを……』
不機嫌そうな声を出したオリオン王は、菜穂を抱き締めていた手をそっと離す。
やっと自由になった菜穂は、背後から聞こえてきた声の人物に、パッと振り向いた。
(うーわー、すごいイケメン美人さん? 誰かな……?)
菜穂は、目に入った背の高い人物をポカンと見上げるのであった。




