料理1
ムスッと不機嫌な表情で食卓にじっと座っている菜穂は、ちらっと横目でオリオン王を睨みつけていた。
「いつまで笑っているのですか! 王様って、意外に笑い上戸なんですね。少し驚きました」
「……ッククククク……あぁ、すまない。こんなに笑えるとは、私も今日初めて知ったな。ナホのお蔭だ……」
ようやく笑いの収まったオリオン王は、甘い視線を菜穂に流す。
菜穂は、そんな王の視線を受けて少し頬を赤らめると、王の視線から逃げるようにふいっと顔を横に向けた。
『失礼致します』
そんな中、ノック音と共に給仕係の女官が数名、料理を手に入ってきた。
女官たちは、黙々と料理を二人の前に並べていく。
菜穂は、並べられていく料理が入っているのだろう食器を、ぼんやりと眺めていた。
(銀色? みんな銀製の食器なのかな? 確か、毒とか分かるんだよね? うーん、そういえば、毒殺も気をつけないといけないのかな……王様って……。だとしたら、物騒だよね。それにしても、全部蓋つきなんだもの、料理の中身が見えないじゃないの。異世界の食生活って、どうなんだろう? 普通に食べられるものならいいけど……。まさか、主食が虫とかってないよね……?)
目の前の一番大きな銀食器を無言でじーっと見つめていた菜穂は、女官によって蓋の取られたその料理をすぐに凝視した。
「!?」
その瞬間、菜穂は驚きのあまり言葉を失った。目に入ってきた料理は信じられないものであったからだ。
(何、これー!? まさか……食べ残し?)
菜穂は、目の前にあるそれは立派な鶏の骨を、ポカンと口を開いて見つめた。
大きな皿にデンと乗っているのは、肉があったのならさぞや美味しいであろう、鶏の丸焼きの成れの果て……つまりは、身が全くないただの骨であった。
(でも、食べ残しにしては綺麗に身が削ぎ落とされているよね? オブジェ……飾りとか……?)
菜穂は、皿の上の鶏の骨を睨むようにじっと見つめ、必死に考え込んでいた。
(まさか……この骨が料理だなんて、言わないよね……?)
ふと嫌な予感が頭をよぎって、菜穂は次々と開けられていく料理の数々にパッと目を向けた。
「うそっ……!?」
菜穂の予感は見事に当たり、目の前に並ぶ料理は全て骨であった。
巨大な骨(何の骨だか考えたくない)が入っているスープらしきもの、甘酸っぱいソースのかかっているスライスした骨(どうやってスライスした?)、溶けたチーズらしきものがのっている骨(グラタンなのか?)などなど……とにかく、骨尽くしの料理の数々に、菜穂は言葉もなくピシッと固まった。
(骨……ほね……ホネ……。この世界の主食って、骨なのー!? こっ……これを、私に食べろと? 無理むりムリ!)
ヒクッと頬を引き攣らせながら固まったままの菜穂に気付いたオリオン王は、怪訝そうに声をかけた。
「どうした、ナホ? 食べないのか?」
「うへっ!?」
びくっと肩を跳ねさせて妙な声を出した菜穂は、ハッと王の前に並ぶ料理に視線を向けた。
「うそっ、何で!?」
思わず菜穂は、驚きの声をあげた。というのも、オリオン王の前には、普通のスープ、パン、ステーキ、野菜サラダなどなど、菜穂が見慣れているとても美味しそうな洋食が並んでいたのである。
菜穂は再び、自分に置かれた骨のフルコースらしき料理をじっと見つめた後、王の料理に視線を移し、交互に何度も見比べた。
(王様の前には普通の料理が並んでいるじゃないの! なんで私には骨の料理なの!? これって、新手の嫌がらせ……?)
菜穂は、うーむと眉間に皺を寄せて唸りながら、どうしようかと悩んでいた。
そんな菜穂の隣で、オリオン王は怪訝そうに眉をひそめる。
「先程からどうしたと言うのだ? お前の好きなものを用意させたのだが、気にいらないのか?」
「へ? 私の好きなもの……?」
菜穂は、首を傾げてオリオン王に顔を向ける。
「そうだ。骨が好きだと言っただろう? 一番は人の骨をそのまま調理せずに食べるのが好みらしいが、さすがに人の骨は用意できぬのでな。豚や牛の骨などの出汁のきいたスープに、鶏の骨を用意させた。鶏の骨はなかなか美味しいと言っていたからな。だから、料理長に指示して作らせたのだが……やはり、異界では調理法が違ったのか?」
「………………は?」
オリオン王から語られる内容に、菜穂はそれこそあんぐりと大きな口を開いて、間抜けな表情をした。
(人の骨をそのまま食べる? 誰が?)
菜穂は、目をぱちぱちさせながら首を傾げ、どこかで大きな勘違いをされた事にようやく気付き、慌てて口を開いた。
「ちょっ……ちょっと待って下さい……。いつ、誰が人骨を食べるなんていいました?」
「違うのか?」
「違います!」
ここぞとばかりに菜穂は思いっきり否定する。
そうして、今までの事を疑問に思ったオリオン王が尋ねてくる内容に、菜穂は次々と答えていくのだが……また、大きな誤解と生みだしてしまう事になるとは、知らないでいた。
「鶏の骨は美味しいとか言っていたぞ」
「それは、こんな丸焼き状態の全部の骨じゃなくて、胸骨の先端にある軟骨部分だけです」
「では、私を見て、美味しそうな骨と言ったのはどういう事だ?」
「あぁ、それは、私の中では素敵な骨という意味です。とにかく、骨は飾って愛でるものであって、食べるものじゃありません!」
菜穂の返事に、オリオン王の瞳がキラッと光る。
「ほう、飾って愛でるか……。成程……では、ナホは……肉食という事でいいのか?」
「えっ? まぁ……どちらかと言えば、肉食ですかね?」
「焼いて食べるのか?」
「そりゃあ、お肉は焼いて食べた方が美味しいかと……。焼肉で好きなのはタンやハツかな? ちなみにタンは舌で、ハツは心臓のことです。でも、部位によっては生も捨てがたいですね。あ、美味しいのはホルモン焼きですかね? ホルモンって、内臓肉を焼く料理なんですよ」
ここで菜穂は、数日前に食べた美味しかった焼肉屋の事を思い出して、つい熱心にぺらぺらと肉の事を熱く語ってしまった。
この場合、菜穂にとっての肉は、主に牛肉の事であったのだが、オリオン王たちは牛肉とはとらえていなかったため、衝撃を受けたような表情でオリオン王はぼそっと呟いていた。
「舌や心臓まで、食べるのか……。さすがに心臓を食われたら、生きてはいられないな……」
顔を青ざめさせたオリオン王の呟きに気付かなかった菜穂は、オリオン王に向かってにっこりと微笑んだ。
「今度、王様も食べてみるといいですよ。タンもハツも、ホルモン焼きも美味しいですから!」
「……………………あぁ……そうだな。機会があれば……な」
菜穂のキラキラとした瞳を少し引き気味で眺めながら、オリオン王は渇いた笑みを張りつかせた。
また、背後に控えていた数人の女官たちも、菜穂の話が進むにつれて顔色を悪くしていき、中にはぶるぶると菜穂を恐れて震える者もいたとかいなかったとか……。
菜穂は、何も気づいていなかった。
まだ、誤解が続いている事を……。
人骨を食す神子から、人肉を食す神子に誤解が変わっただけの事を……。
そうして、この大いなる誤解は、後に菜穂とオリオン王を更なる試練へと導く事になる。




