階級
「これ……誰?」
菜穂は鏡に映る自分を見て、思わずポツリと呟いた。
鏡の中には、それは見た事もない清楚な可愛らしい姫君がいたからである。
無造作に伸ばしていた黒髪はアップにされ、サイドは編み込まれて可愛らしい花が髪飾りになっており、化粧のせいかキツメの目元も柔らかく、頬も唇もピンク色で艶やかに見える。
菜穂は、信じられないものを見るかのように、鏡に向かって手を振ったり顔を横に向けたりして、鏡の中の存在を確かめていた。
「鏡に映る、もちろん、ナーオ様でちゅね」
「ナーオ様、もともと……とても美しいです。少し手を加えれば、さらに可愛らしくなりますね」
「これで、もっと陛下、ナーオ様にメロメロでちゅね」
ニコニコと背後で褒めてくれる二人の会話もあまり耳に入らず、菜穂はつくづく感心していた。
(女は化粧で化けるって言うけど、本当に凄い……。ヘレさんとクリュさんの腕前がいいのか、かなり若く見えるよね……?)
鏡に向かってにっこりと上品に微笑むと、その姿はとても30に近い女性には見えない。
菜穂も若くみえる事は嬉しいらしく、ご機嫌にニコニコと笑みを浮かべていたが、ふと胸元の赤いキスマークが目に入ってきて一気に気分は下降した。
「あの、ショールかストールを……肩にかけたいんですけど……」
もごもごと言いづらそうに口にした菜穂を見て、何を勘違いしたのかヘレネとクリュタイメストラは、わずかに目を開くとくすっと頬を緩めた。
「まぁ、ナーオ様は本当に可愛らしいお方……。誰かに見られるのが恥ずかしいのですね」
「紅花、見せびらかすが一番。でも、ナーオ様、見せたいの、陛下にだけでちゅね」
「それでしたら、こちらのストールを……」
菜穂は、ヘレネが取り出してきたストールを見てぎょっとした。虹色に光り輝いていてとにかく派手だったのである。
「えーっと、もう少し地味なのが、いいかな?」
遠慮がちに菜穂が言うと、二人はとんでもないとばかりに首を振った。
「虹色、女神の色。ナーオ様、神子。虹色使う、当たり前でちゅ!」
「ストールの色は、その女性の階級……身分を意味……するのです。ですから、ナーオ様に他の色は……ないです」
「えっ、そうなの!?」
菜穂は、二人の思いもしなかった返事にびっくりして声をあげた。
(やっぱり、異世界だけあって、いろいろと文化が違うんだ……。それにしても、私はこんなド派手なストールしか使えないなんて……)
ガックリと肩を落とした菜穂は、ふと気になった事を二人に聞いた。
「それって、男性にも言えることなんですか? ストールとかは、さすがに巻かないだろうけど、色で階級を区別されるんですか?」
「男性は、正装時のマントの色で……区別しております」
「男で一番、は陛下であるね」
「へぇ……マントの色か……。王様のマントも虹色ですか?」
菜穂は、ド派手な虹色のマントを羽織っているオリオン王を想像して、ぷぷっとおかしそうに笑った。
「いいえ、違います。陛下は金色……ですね。次ぎに陛下の側近……が銀色……となります」
「次が赤、青、紫、緑、黄色、オレンジ、ピンク、水色、黄緑……となっていって、最下位が黒でちゅね」
「黒は、罪人の色……となっておりますので、もし、見かけても近付かない……ようにお気をつけて……下さい」
自分の想像が外れたので、少し残念そうに菜穂は肩をすくめた。
「それにしても、罪人の色って……何ですか?」
「罪を犯した者……の色ですね。罪とは言ってもいろいろありますが、裁判によって有罪とされた……者が一生身につけないといけない、色となっております」
「時々、わざと、貴族がパーティーに呼んで、その罪人をちくちく苛めるね。あまり、気分、よくない」
「ふぅん、何か見世物みたいで嫌ですね。そんな色の階級なんてやめればいいのに……。自分の好きな色のマントやストールをした方が楽しいですよ。もちろん、罪を犯したらその罪に対する責任は取らないといけないけど……罪人の色ってどうなんだろう……?」
真面目に二人の説明を聞いていた菜穂は、少し考えて眉間に皺を寄せつつぶつぶつ独り言のように呟いた。
そんな菜穂の言葉に、ヘレネとクリュタイメストラは驚いたように大きく目を見開く。
「まぁ、ナーオ様……陛下と同じ事を……!」
「さすが、ナーオ様でちゅ。未来の王妃様は、考えることも、陛下と一緒でちゅね! ラブラブ素敵でしょう」
「えっ、王様も同じ事、言っていたんだ……。あー、ちなみに、ラブラブじゃないですから……」
少し驚いたような表情をした菜穂は、オリオン王の顔を脳裏に浮かべた。
(へぇー、ただの変態王様じゃなかったんだ。国を治める王様としては、それなりにまともなのかな?)
「あの、ヘレさんとクリュさん。王様って、どういう王なのですか?」
なんとなく気になった菜穂は、オリオン王の事を尋ねた。
そんな菜穂の突然の問いに、一瞬きょとんと瞬きをした二人であったが、すぐに笑みを浮かべる。
「もちろん、我がアース国を治める立派な王ですわ。歴代の中でも名君と呼ぶに相応しいお方です。魔力も非常に高いですし……」
「陛下、王様になってから、他国との戦い、なくなったでちゅ。国、強くなった。狙われる、なくなったにゃ」
口々にオリオン王を褒める二人の言葉を聞いて、菜穂は心の中で唸りつつ沈思した。
(うーむ、ほんの少しだけ見直してあげよう。腐っても鯛……変態でも王様という事か……)
「ただ一つ、お世継ぎの問題がありましたけれど……これも、今ではなくなりましたし……」
「後は、ナーオ様が、陛下と婚礼を上げ、お世継ぎを産めば、問題ないでちゅね」
「「ナーオ様、頑張って下さい!」」
「えっ、何!?」
あれこれぼんやりと考え事をしていた菜穂は、突然、声を掛けられてきょとんと二人を見上げた。
「「ですから、頑張って下さい!」」
「は、はい……」
何が何だか分からないまま、菜穂は思わず頷いてしまう。
菜穂の返事を聞いた二人は、嬉しそうな悲鳴をあげながら瞳を輝かせた。
「いやぁーん、姉貴、聞きました!? ナーオ様、お世継ぎ、頑張って、産んでくれるでしゅ」
「クリュ、まずは婚礼をあげてからの事ですわ。でも、お世継ぎを頑張って産んで下さる……なんて、嬉しいですわ」
「は? お世継ぎ……?」
全く話の見えない菜穂が、ポカンと口を開いて二人を見つめていると、二人は揃ってにっこりと菜穂に微笑みかけた。
「ナーオ様、さっきみたいに、上に乗って、陛下をどんどん、押し倒して、頑張るでちゅ!」
「たくさんのお子様を、おつくりになさって……下さいね」
「はいー!?」
(何で、子作りの話になるのよー!? まだ、付き合ってもいないってばー!)
どんなに弁明しようとも無駄だと悟っている菜穂は、心の中で叫ぶのであった。
そうして、菜穂は、オリオン王との再対面前に、やけにぐったりと疲れて食事の間へと向かう事になる。




