紅花
「それでは、ナーオ様……お着替えを致しますか?」
「着替え、お手伝い、しまちゅね」
話に一段落してから、ヘレネとクリュタイメストラはベッドの近くにあるクローゼットを開けた。
そこには、びっしりと色とりどりの豪華なドレスが並んでおり、菜穂は驚いて大きく目を見開いた。
「すごい、ドレスばっかり……。えぇっと、一応確認したいんですけど、そのドレス、誰のですか?」
「もちろん、全てナーオ様のものですわ。ナーオ様が休んでいる間に……ご用意させて……いただきました」
「ナーオ様、どれが、いいでちゅか? ナーオ様に、どれも、似合いそうで、迷うです」
「ナーオ様の黒髪に映える……この真紅のドレスがいい……ですわ」
「姉貴、こっちの刺繍の、青いドレス……似合うと、思うでしゅ」
「でも、こちらの紫色のも……捨てがたいですわ」
「このピンク……も可愛い、あるね」
次々と豪華なドレスを取り出してきては、菜穂にあてて再び戻す事を繰り返すヘレネとクリュタイメストラ。
菜穂はその様子をポカンと他人事のように眺めていたが、ハッと我に返るとベッドから飛び降りて二人に詰め寄った。
「あの、コルセットで締め付けるのはやめて欲しいです! それから、なるべくシンプルな動きやすいのでお願いします」
普段からラフな格好の多い菜穂には、コルセットや丈の長いドレスなど面倒で恐怖を感じる対象でしかなかった。
菜穂は、綺麗に着飾る事にあまり興味を持っていない女性だったのである。
結局、あーだこーだと揉めに揉めて、ようやくシンプルなワンピースタイプの青いドレスに決まった。コルセットも緩いタイプの補正下着のようなものにして貰え、菜穂はホッと安堵の息を吐いた。
ヘレネとクリュタイメストラは菜穂を着飾る事に使命を燃やしてしたらしく、かなり残念そうであったが、そこは菜穂が必死に懇願したため、折れてくれたのであった。
それは、菜穂が羽織っていたカーディガンを脱いだ時の事である。
ふと菜穂の胸元で視線を止めたクリュタイメストラは、キラキラと瞳を輝かせた。
「姉貴、見て下さい! ナーオ様にお花、咲いているにゃ!?」
「えっ!? まぁっ……素敵ですわ……。見事な紅花……ですね」
「「きゃーあっ」」
菜穂は、突然嬉しそうな悲鳴を上げて手を取り合り飛びまくっている二人の姿を、ポカンと口を開いて見つめた。
「あの、どうしたんですか?」
二人がきゃあきゃあ喜んでいる理由が分からず、菜穂は首を捻りながら尋ねる。
「ナーオ様、陛下と、ラブラブ、でちゅね」
「ナーオ様の……お胸の、紅い……お花、とっても……綺麗ですわ……」
「赤い鼻?」
二人の返答を聞き、ますます分からなくなった菜穂は、キョトンと目を丸くするのだが、ふと、二人の視線が自分の胸元に向けられている事に気付いた。
その瞬間、先程オリオン王に吸い付かれた映像が、頭の中にポンと浮かんできた。
「あーっ、あれか!? 赤鼻じゃなくて赤い花の事だったのね。てことは、もしかして、ここにしっかりとキスマークがついてるのー!?」
「はい、その胸のお花、さすが陛下、立派でちゅ。出会ったばかりの、王と神子様、お互い、一目惚れ、その日のうちに……結ばれるにゃ。あぁー、ロマンチックでちゅわ」
「本当に、すばらしいことですわ。身も心も……お互いに結ばれて……すでに紅花を咲かせている……なんて、素敵……」
恍惚とした表情で手を取り合っている二人を見て、菜穂は、頬を引き攣らせながらダラダラと冷や汗をかいていた。この二人の思い込みの強さと、簡単に誤解が解けない事を身を持って知っていたため、どうしたらよいのか分からないでいたのである。
(また、凄い誤解されちゃったよー。どうしよう……)
ズンと落ち込んだ様子で俯いた菜穂は、ガバッと顔を上げて二人を見つめた。
「あの、ヘレさん、クリュさん。これは、不意打ちでされただけであって、決して私と王様は、結ばれてなんていません! 誤解なんですってば!」
意を決して菜穂は、二人の誤解を解こうと必死に弁明をするのだが、二人は既に聞く耳を持たず、きゃあきゃあ興奮した様子で騒いでいた。
「姉貴、わたくし、初めて見たである。こんな見事な、紅花!」
「クリュ、わたくしもですわ。胸元に紅花をつける……は、自分のものだと……いう所有印」
「紅花つけられた、は、身も心も、あなたのものよ、オッケーのサインにゃ」
「「あぁ、紅花、わたくしたちも欲しいです……」」
どこか夢見心地でうっとりと呟く二人であったが、菜穂は、その二人の言葉に愕然とした。
(ちょっと、待って! 所有印? 身も心も貴方のものよ!? 何よ、それー! キスマークにそんな意味があるのー!?)
「ちょっと待って下さい! ヘレさん、クリュさん、この赤い花、キスマークって、特別な意味があるってことですか?」
「え? はい、胸元へ咲かせ咲かせられた紅花……それは婚約……の証しですわ」
「ちゅまり、ナーオ様、未来の、王妃様でちゅね」
「なっ!?」
(うそーっ!?)
菜穂は、あまりの衝撃に眩暈を感じて、ふらふらとしながら額を手で押さえた。
「ナーオ様!?」
「ナーオ様、どうしまちた? 大丈夫でしゅか?」
ヘレネとクリュタイメストラは、そんなふらつく菜穂の様子に慌ててすぐ傍に寄り、心配そうに声を掛ける。
「気分よくないのでしょうか? 着替えやめまして、このまま休みましょうか?」
「この後の予定、陛下との昼食、中止するにゃ? この部屋で食事がいいでちゅ?」
おろおろ心配する二人に、菜穂は大丈夫だと言おうとしたが、クリュタイメストラの言葉にピクッと敏感に反応して顔を上げた。
(そうよ、諸悪の根源はあの俺様サド王じゃないの! あいつに全ての誤解を解かせればいいんだわ。きっと全部分かっていて、わざとキスマークをつけて私をからかったのよ)
してやったり顔でニヤリと意地悪く笑うオリオン王を想像して、菜穂はピクッと額に青筋を立てるが、心中の怒りを隠しつつ二人に明るく微笑んだ。
「いいえ、私は大丈夫です。ただ、少しお腹が空いたなって、思っただけで……。でも、この後、王様と食事をする予定なんですね? でしたら、着替えて王様と食事しますから……」
「そうでしたか……。ご気分が悪いのではなくて……よかったです。ナーオ様はこちらに召喚されましてから、ずっと眠っておられましたから……お腹が空くのも当然です。急いで、支度を整えますので……もう少し、お待ち下さい」
「大丈夫でしゅ。陛下に会う、元気になる。綺麗にするあるね」
菜穂の返事にホッとしたように微笑んだ二人は、すぐにてきぱきと菜穂の着替えを手伝い、身支度を整えるのであった。
そうして菜穂は、しばらく着せ替え人形に大人しく徹しながら、オリオン王との対峙に向けて気合を入れていた。
(絶対に勝つ!)
菜穂とオリオン王の間で、戦い(恋愛?)の火蓋が切られるまで、あと少し……。




