夜闇の道
外装は取り外され、バギー状に改造された2台のジムニーは、ヘッドライトを点灯させて岩場を進む。ヘッドライトの光が濃霧のように漂う夜闇に当ると、闇は渦を巻くように分解して進む方向の視界を開く。
僕達は、ダンジョンの各階層に有る、セイフティゾーンになった遺跡へと急いだ。
遺跡は、何らかの神殿跡地だと言われていて、モンスターの侵入を阻む術式が設けられているので、ダンジョン探索に入った探索チームが、夜闇の時間に避難場所として利用している。
魔鏡観測では、セイフティゾーンと離れた位置から一班の反応が出ていて、緊急避難した場所で籠城している可能性があり、無線が使えない今、とても心配している。
◆◇◆
しばらく進んだ後だった。全員の骨伝導インカムに無線が入ってくる。
「止まるわよ」
社長の骨伝導インカムから突然の指示だ。
「了解」
2号車からの返事。
2台のジムニーが停止して並ぶ。
魔鏡を覗き込んでる社長の呟きが、骨伝導インカムに伝わってきた。
「300m先、進路上に……1・2……10匹の黒妖犬の群れが居るわね。子カピバラは、ここから徒歩で黒妖犬の排除へ向かえ」
「「了解」」
二班の全員が返事を返し、続いて月宮班長の声がする。
「マズルコントロール、装填」
チャチャキジャジャキッンチャッ
月島班長に続いて僕達も唱和、M4に初弾が装弾される。
「安全装置確認、セイフティ・オン。武装の最終チェック。チャンバー内装填確認」
「「セイフティ・オン……チャンバー内装填確認」」
チャキッジャキッチャッチャッキッ
バギーに改造されたジムニーの三列シートは無人だった。その無人のはずのシートで不自然に浮かんだシートベルトが外され、ジムニーのすぐ横の地面に5人分の足跡が着いた。
「前進」
「「了解」」
制服姿にタクティカル装備を装着した僕らは、小型魔鏡を持った月宮班長を先頭に五角形の陣形を採り、移動を開始する。
僕は、ナイトビジョンで辛うじて視界20mぐらいしか無い中、自分の担当区画を警戒しながら猫足で進む。時々月宮班長へ視線を戻すと、僕の斜め前を歩く月宮班長の短い制服のスカートが揺れるのが見えている。
それぞれが、周りの気配を警戒しながら移動した。
少し進むと、騒がしい獣の唸り声が聞こえてくる、中には、喧嘩をしているような声も混ざっていた。
骨伝導インカムに社長の声が入ってくる。
「母カピバラより、子カピバラ、そろそろ接敵する、サーモビジョンを使って確認」
「「了解」」
僕達は、M4A1に取り付けられたサーモビジョンで、前方を確認した。
夜闇の薄い闇の向こうに、白い熱源でハッキリと黒妖犬の姿が確認できる。
先頭の月宮班長がハンドサインを出し、それに全員がハンドサインで問題がないことを伝える。
「子カピバラ、目標を確認」
月宮班長からの返事に社長が指示を出してくる。
「敵はまだ気づいていない。散開して包囲しろ、発砲のタイミングはそちらに任せる」
「了解」
月宮班長が、素早くハンドサインで組分けをする。
僕とサラ、そして桜ちゃんが指さされ、左側からの包囲に移動を開始。残った月宮班長と穂の香さんは、右側から包囲へと移動した。
左側から進んだ僕達は、目的の位置まで社長からの誘導で進む。夜闇が濃いので5m間隔で散開し、配置に着くと社長からの連絡が入った。
「母カピパラより、子カピバラ、全員の配置を確認した、そちらのタイミングで開始せよ」
「カピパラ6了解。全員聞いたわね、今回は制限がない、フルオートで一気にやるわよ」
月宮班長の声を聞きながら、サーモビジョン越しに黒妖犬の様子を見ている。おっさんの顔をした黒妖犬同士で、牙を剥き出し激しく喧嘩をしているものもいて、群れは混沌な様相だ。
僕の心臓がバクバクと音を立てている。怖くてちびりそうになるのを我慢。昨日のように皆に迷惑をかけるわけにはいかない。
「セイフティ解除、フルオート」
全員がセレクターレバーをフルオートへ切り替えた。
これから排除する対象をサーモビジョンで確認しつつ、息を大きく吸い込み、フルオートの跳ね上がりを押さえ込むようコスタ撃ちの構えで、膝射の姿勢になる。
「始めるわ、3,2,1,撃てっ」
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ……
祝福の加護の影響で、小さくなった発砲音は小気味よく響き、軍用に強化された5.56x45mmNATO弾は、その場にいた全ての黒妖犬の体をバラバラに切り裂く。
「撃ち方止めっ」
月宮班長の声で銃撃が止み、辺りに静寂が戻る。
「マガジン交換。前進」
「「了解」」
月宮班長の指示でマガジン交換をして、黒妖犬の死骸の場所まで確認に移動した。
「ふうっ、グロいなあ」
僕とサラは、ダンジョン側では塩に戻らない黒妖犬の死骸を蹴りながら、ボディ・カウントを行なっていた。他のメンバーは、膝立ちになって銃を構え周辺警戒をしている。
膝立ちのため制服のスカートが捲れているので、あえて視線を向けないよう意識しながらの作業は気を使うが、男子高校生なので見てしまうのはしょうがない。
ダンッ、タタン
「えっ」
煩悩に気を取られながら死体を数えていたら、隣で突然銃声がして驚いた。
銃声がした方を見ると、サラが足元の黒妖犬にとどめの弾丸を撃ち込んでいる。
「あ、動いたから」
僕の咎める視線を受け流すサラ。
すぐに全部の死体を数え終わった。
「班長、10匹の黒妖犬を確認しました」
「了解、全員魔石を回収していて。私は親カピパラに連絡してるから」
「「了解」」
僕達が魔石を回収している間に、2台のジムニーがやってきた。
◆◇◆
黒妖犬の群れを倒した後、しばらく進んで大きな石柱が並んでいる場所を通った時、流れてくる風に嫌なモノが混ざった。
「ちっ」
社長の舌打ちが聞こえる。
それ以外は誰も何の反応も見せずにジムニーは、石柱の並ぶ場所を走り抜けた。
石柱の場所を抜けてすぐ、社長の声が骨伝導インカムから入ってくる。
「全車停止」
「了解」
ザーッザザッ
バギー状に改造され、大型化したアンチパンクタイヤが、土煙りを上げて停止するのを、後続車のヘッドライトが照らす。
「エンジン停止、ライトも消灯」
「了解」
後続車の止水の隊員が返事を返す。
ブンッブロロロロロロッ
ライトが消え、2台のジムニーが奏でる低音のエンジン音が停止すると、ジムニーの周りへ夜闇が流れ込む、辺りは、夜闇と静寂に包まれた。
「ふーん、結構キテるわねぇ」
魔鏡を覗き込みながら社長が呟いた。
「全員動かずに……社長……後方から追いかけてくる視線の数が尋常じゃない」
スティーブさんの声で、僕達にも緊迫した状況が伝わってくる。スティーブさんは、超越者ではないが、元々戦場で得た勘がダンジョン経験の中でさらに研ぎ澄まされている。
「こちら2号車……スティーブに同じ。これは濃厚ですね」
2号車を運転している止水の特戦の2名も同じ意見のようだ。
「夢魔の巣を通ったみたいね、あいつら実体化するまで魔鏡に映らないから本当に厄介」
二班の僕たちはと言うと、隠密の加護をかけ消えたままの状態で、改造されたジムニーの三列に並んだ座席に座っている。座席では、後方からやってくる圧力のようなモノが確かな密度を持って迫っていた。首筋の辺りの毛穴が一斉に粟立ち、産毛の先端から微かな幻痛を伝えてくる。
「社長、二班は、周囲の掃除に出ますか? 」
月宮班長が社長に尋ねる。
僕達二班のメンバーは、5階層に降り立った時点で隠密の加護をかけ、周囲から消えている、後ろから迫ってくるモノには、僕達が居ることを知覚できてないだろう、逆襲をかけるなら今だ。
「いや、出るな、時間が惜しい、今度はこちらでやる」
「了解です」
「ふう、全く面倒ね。2号車、ハンドルの左下に赤いボタンがあるのが見えるか? 」
2号車の運転席に座った止水の隊員は、薄いLED灯にぼんやり浮かぶスイッチを、最新のナイトビジョン越しに探し出す。
「2号車、見えます」
「私の合図で押せ」
「2号車、了解」
社長と2号車との通信中、すでに後方から迫ってきた圧力は、2台のジムニーを取り囲み、包囲を完成させて今にも飛びかかってこようとしている気配が伝わってくる。
…ロロオロロ…ブブウブウ…ウブウ……ウフフフフフ…ロロロ…ロロ……クスクスクスクスクスクス…オロオロオロオロロロオロロロロオロロロロロロロロロロ…ブブブフ…イヒヒヒイヒヒヒ……ブロッブッブッ……ウフフフ…ブロロロロロ……
ジムニーのエンジン音をモノマネしているのか? 耳を澄ませると、かすかな声がそこらじゅうから聞こえてきた。
座席の外側に座っている僕の顔に、吐息の様な生臭い空気が届いてくる。夜闇の中の瘴気が臨界点に達していた。例えようのない不安が心臓を締め付ける中、社長の合図が出された。
「やるわよ、3,2、1、オン」
「オン」
バンッ
鋭い音が響くと、眩い光がジムニーの周りに広がり、濃霧のように漂っていた夜闇を打ち払う。
ジムニーのむき出しになったフレーム周囲にぐるりと取り付けられたライトが、車体360°と上空をカヴァーするように煌々と光を放っていた。
光が当たり夜闇が消え去った先では、黒い塊がいくつも光の中で浮き上がっている。
黒い塊は、一瞬の抵抗の後、光の圧力に耐えきれず突然はじけ飛んだ。
バッバババババ……
ライトの光りを浴び、夜闇に溶け込む夢魔の類が砕け散っていた。どうやら実体を持ったモンスターは混ざって居なかったようだ。
「オールクリア」
魔鏡と繋いで周辺を確認した社長が、終了を告げる。
ジムニーのヘッドライトの光が届く範囲には、敵がいないようだ。夜闇は、現実世界のように暗闇で光りがあると遠くまで見える訳ではない、夜闇を祓うだけの力が無くなった光りは、夜闇が邪魔をしてその先へ物理的に届かない。
「うわー、夢魔ばっかりいっぱい居たねえ」「あいつらしつこいから嫌いやねん」「兄様私不安」「こら、全然ビビってない癖に、どさくさに紛れて変なとこ触るな」
「社長、他のモンスターは大丈夫ですか?」
「問題ないわ、セイフティゾーンまで急ぐわよ」
「「了解」」
僕達の乗った2台のジムニーは、崩れかけた石塀に囲まれたセイフティゾーンへ入り込んだ。




