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想いのかけら

最後のお話になります。



朝起きると、母さんは北東の空を見る。

そして夕方には決まって北の空を眺めるんだ。




「マリユス! マリユース!」


「はぁい、母さん」


「このブーケをはす向かいのナイアおばさんのところに届けてちょうだい」


「うっわ、きれいじゃん!

 ララ、喜ぶよ」


「きれい“だね”よ。変な言葉を使うのはやめなさい」


「はぁい」


「“はい”は短く!」


「はい!」


俺はサジエント村のマリユス。今年十五歳になる。

母さんは、俺がおなかの中にいたときにこの村に来たんだって。

父さんは病気で死んだそうだ

村の人の親切でこの家をもらって、畑とか他の家の手伝いとかをしながら俺を育ててくれた。

最近じゃ母さんが趣味で育ててた花が評判になって、切り花や花の加工品を街に卸して生活してる。

今日は村一番の器量良し、ララが結婚するっていうんでブーケを頼まれた。


「まぁ、ありがとう! すごくきれい!」


「リュシィさんに頼んで本当によかったねぇ、ララ。

 ありがとさん、これお代だよ」


「毎度あり! あとこれおまけね」


ブーケと同じ花でつくった匂袋サシェを渡した。


「いい香り……」


「花は枯れちゃうけど、これならずっと思い出に残るでしょ。

 幸せになってね、ララさん」


「マリユス……ありがとう」


服こそいつものやつだけど、白いベールをかぶってブーケを手にしたララさんは、世界一幸せそうだった。


夕方、ララさんの結婚式とお祝いの食事会が村の広場で行われた。

相手は隣村のロイだ。


「はあぁ、食った、食った。

 もう何も入らない」


「よぉ、マリユス。おまえ、なんだその腹。食いすぎじゃねぇの」


ご馳走をたらふく食べてひっくり返ってたら、同じ村のジルさんが話しかけてきた。


「ジルさん、こんばんは。

 結婚式っていいよね。腹いっぱい食べられるから」


「はは、そうだな。リュシィさんは? 一緒じゃないのか?」


「母さんはララさんにお祝いを言いに行ったよ」


「そっか。じゃ俺も行こうっと」


ひらひらと手を振り、ちょっと酔った足取りでジルさんはララさんたちのほうへ歩いて行った。

三十代半ばになるジルさんが、俺の母さんを狙ってるって噂は本当なのかな。

まさかね。

母さん、若く見えるけどもう三十七だよ?

ジルさんが消えた方向を目で追っていると、きゃぁきゃぁと騒ぐ賑やかな声が近づいてきた。


「マリユース! 楽しんでるぅ?」

「この炒め物、あたしが作ったのよ。おいしかった?」

「あら、こっちのサラダはうちの畑でとれたやつよ。

 もちろん食べてくれたわよね」


出た。

おしゃべり三人娘。

こいつらに捕まると大変なんだよな……。


「うん、ララさんとロイさん、お似合いだね。

 炒め物、塩加減が丁度良かったよ。サラダも新鮮でおいしかった。

 じゃ、俺母さんのところに行くから」


「やだぁん、マリユスったら。もうちょっとお話しましょう」

「リュシィさんはジルと話してたわよ。邪魔しちゃ悪いわ」

「ねぇ、今度街に行くのはいつ? 買ってきてほしいものがあるの」


だめだ……逃げられなかった。


「……明後日だよ。冬花の寄せ植えと匂袋サシェを売りに行くつもり」


今日ララさんにおまけに付けたのも、そうして街に売りにいくために作ったものの一つだ。


「リュシィさんの作る匂袋サシェは香りが長持するからいいのよね」

「切り花や鉢植えも花言葉を添えてくれるから嬉しいわ」

「ララのブーケもリュシィさんが作ったんでしょう? きれいねぇ!」


その後もロイは大きな牛を飼っているとか、広い畑があって家も大きいからララは幸せ者だとかいう話が続く。

母さんはさっきララさんのところに行ったっきり戻ってこない。

ジルさんと話してたっていうけど、しつこくつきまとわれてるんじゃないよね?


「で、さ。買ってきてほしいものって何?

 俺、母さんに用があるんだ。探しにいかないと」


「ごめんごめん。来月の三日はリリアーナ様の十四歳のお誕生日でしょう」

「今年は社交界デビューもなさるから、記念硬貨が出るらしいのよ」

「金貨や銀貨じゃ手が届かないけど、銅貨もあるっていうの。買ってきてくれない?」


なんでおまえらは交代でしゃべるんだ。

そう突っ込みたいのを我慢して、一人一枚ずつ買ってくることを約束して別れた。


「母さん、どこ行ったのかな」


ララさんのところにはいなかった。

満腹になったし、そろそろ家に帰りたい。

別に一緒でなくてもいいのだが、一言言っていかないと心配するだろう。

母さんを探して歩いていると、祝宴の開かれている広場から一歩はずれた暗がりの中から話し声が聞こえた。


「……だよ。……だろ」


「……さいわね。いいかげんにして!!」


ばっちーん!

あ、母さんのキレてる声、と思ったら、頬を叩く音が響いた。

続いてどさっと何かが倒れる音。

うっわ。

アレ、痛いんだよね。


「ったくもう失礼しちゃう! 私を誰だと思ってるの!?

 あなた程度の男で満足すると思わないでよね!」


「母さん……お疲れ……」


「あ、あらマリユス。

 ……見てた?」


「殴ったとこだけね。帰ろっか」


「えぇ、帰りましょう。

 あーあ、せっかくララのおめでたい席なのにケチがついちゃったわ。

 家で香草茶でもいれて飲みましょうね」


すたすたと歩きはじめる母さんの後ろには、白目を剥いて倒れているジルさんがいた。

右頬には真っ赤な手形がついている。

まぁ、自業自得ってやつなんだろうね、たぶん。

本当は介抱してあげるべきなんだろうけど、別に危ない場所でもないし、そのうち気が付くだろうと放っておくことにした。

どうやら俺も、母さんに言い寄ってくるジルさんには、あんまりいい思いを持っていなかったみたいだ。

手ひどく振られたジルさんには悪いけど、ちょっとほっとしてる自分がいた。




家に帰り、母さんはジルさんの悪口を散々言って寝てしまった。

これまでも、再婚の話はいくつかあった。そのたびに母さんは何かと理由をつけて断ってきた。

母さんははっきりとは言わないけれど、隣のデナーシェの出身じゃないかと思う。

デナーシェはこの村から北の方角になる。

じゃぁ北東は? 北東にはオーレリアの王都がある。

俺の父さんは死んだって言ってたけど、本当は生きてるんじゃないかと思う。王都のどこかに父さんがいるんじゃないかって。

これを思いついてから、何度も母さんに聞こうと思った。

でも父さんの話をしようとすると、いつも悲しそうな顔をするから聞けなかった。

どうすれば確かめられるんだろう。

考え込んでいたら、ずいぶんと遅い時間になってしまった。


「ふぅ……。

 明日も早いしな。もう寝よう」


次の日は一日商品作りで終わった。

そして出発の朝。


「行ってくるね」


「えぇ、いってらっしゃい。

 姫様のお誕生日前で街はにぎわってるみたいよ。

 売上で少し遊んできてもいいわ。でも気を付けてね」


「うん、ありがとう。母さんも、変な男にひっかかるんじゃないよ」


「ぷっ。何生意気なこと言ってるの。

 こんなおばさんを本気で相手にする人なんていないわ」


母さんは笑ってそう言ったけど、わかってないなぁ。

そりゃ年は三十七だし、手こそ日々の生活で荒れてるけど、白い肌はしみ一つなくて肩口で切りそろえられた黒い髪もサラサラでつやつやだ。

花を扱っているから、近づくといい匂いがする。

立ち姿もとてもきれいで、高級なドレスを着たら一国のお姫様みたいに見えるんじゃないかと思う。

……なんて誰かにいったら絶対マザコン扱いされるから言わないけど。


そして俺が一番好きなのは母さんの目だ。

榛色の瞳は、外にいると時々金色にきらめいて見える。

実は俺も同じ色だってわかったのは最近。

だって自分の目の色って気にして見ないし、鏡なんて高級な物、うちにはないからね。


……楽させてあげたいなぁ。


このサジエント村は近くに温泉が湧き出ているおかげか、冬でもわりといろいろな花を栽培できる。

花だけで生計を立てられるようになってきたとはいえ、物入りの時には近所の手伝いをしている。

縫い物くらいならいいけど、畑とか家畜の世話とかになると体力勝負だ。

俺ももう十五。

たくさん稼いで独り立ちして、母さんに楽させてやりたい。

俺に向いた仕事って何があるのかな。


「うーん……」


とりあえず今回の荷物を全部売り切ろう。

そして母さんにお土産をたくさん買って帰るんだ。






荷物を背負って歩くこと三日。

着いた街で行商をしていたら、数年前出稼ぎに出てそのまま街に定住した村の男に会った。


「あっれぇ? マリユスじゃないか?」


「ブリス!」


彼、ブリスには小さいころとてもかわいがってもらったんだ。

確か去年結婚して子供も生まれたと、村に残るブリスの両親が言っていた。


「へぇ。一人で行商に来たのか。大きくなったもんだな。

 いつまでこっちにいるんだ?」


「これ売りきったら戻ろうと思ってたんだけど、記念硬貨が売り切れだったんだ。

 代わりのものっていってもわからないし……困ってるんだよね」


「あー……なるほどなぁ。

 王都に行けばあるかもしれないが……。どうだ、俺と行くか?」


「え!」


王都はこの街からさらに徒歩で七日はかかる。

行きたい。

すごく行きたい。

でもなぁ。いくら少し遊んできていいといっても、王都まで言ったら母さんが心配するだろう。


「手紙をかけばいいさ。

 そんなに忙しい時期でもないだろう?」


「ん、まぁね。花もそんなにないし」


「俺もちょうど行くんだ。

 うちの嫁さん、今二人目妊娠中で腹がデカくてな。

 本当は自分で式典を見に行きたかったらしいんだけど行けないから、せめて土産を買ってきてくれって頼まれてさ。

 どうせついでだから連れてってやるよ」


「わかった、行く。ありがとう!」


「よし、善は急げだ。手紙を書いて、午後にはでかけよう。

 なぁに、余った匂袋サシェは後で嫁さんの友達にでも買ってもらえばいいさ」






そうしてブリスと連れ立ってやってきた王都は、何もかもが驚きだった。

広い通り、大きな噴水、見たこともないほどの大勢の人々。

もちろん式典前ってこともあるんだろうけど、立ち並ぶ立派な家々や出店の数など、小さな村と隣の街しか知らない俺には夢みたいだった。


「どうする? 一通り一緒に見て回るか?」


「ううん、行きたいけど約束を果たしてからじゃないとなんか気になっちゃうからさ。

 最初に記念硬貨を買いに行ってくるよ」


「そうか。両替商はその路地を右に入って左側だから。

 あとで宿で待ち合わせよう」


「うん、ありがとう」


ブリスと別れ、教えてもらった路地に入る。

路地と言ってもうちの村の大通りくらいある広さで、両側にたくさんの店が並んでいる一画に両替商はあった。


「えっ、ここも売り切れ!?」


「悪いなぼうず。

 銅貨は品薄でな。予約してくれたお客の分しか残ってないんだ。

 明後日にはもう少し入る予定なんだけどなぁ」


入ってすぐに店主を捕まえて聞いたら、女の子に頼まれた記念硬貨はここでも売り切れだった。

せっかくブリスが連れてきてくれたのにな。

どうしよう。


「明後日か……」


明後日と言えば祝典の当日だ。

大通りでパレードも行われると言う。

城下町の人出も最高潮になるだろうから、その前に村に向けて出発してしまおうと思っていた。


「やぁ、おじさん! 予約したの取りにきたよ!」


店先で店主と話していると、別の客がやってきた。


「よぉ、リズ。記念硬貨のセットと銅貨十枚な。

 ずいぶんはりこんだじゃないか」


「うん、いままでこつこつ貯めてたお金、ほとんどなくなっちゃったよ。

 でもせっかくだからね。友達とかにもあげるんだ」


店の主人は俺の事なんてすっかり忘れた様子で、後から入ってきた客の相手をはじめた。

中のカウンターに品物を並べて見せている。


「これと、これな。確認してくれ」


「うわぁ、きれいだね!

 人気があるのもわかるよ。すごく凝ってる」


「おぉ、そうだろう。国王もがんばったもんだな。

 リリアーヌ様のおかげでうちも大繁盛だよ」


「あの……ちょっと見せてもらってもいいですか?」


買うのはあきらめた。

せめて実物だけでも見たい。

店主はまだいたのか、という顔で俺を見る。


「この子どうしたの?」


「ん~、銅貨を買いにきたんだけどな。残念ながら品切れなんだ。予約分しかない」


「あぁ、そうなんだ。

 どうぞ、ほらきれいだよね」


面倒くさそうに応じる店主とは違い、その人は快く硬貨を見せてくれた。

きらきらと光る金貨。

上品な輝きの銀貨。

赤くきらめく銅貨。

表にはやわらかな曲線の少女の横顔が描かれている。

これがリリアーヌ様なのか。


「君、どこから来たの?」


親切な人が話しかけてきた。

あ、この人、女の人だ。

細身の男性かと思った。


「サジエント村です。王都から南西にずっといったところにある小さな村です。

 一番近くの街はメラールっていいます」


「メラール……聞いたことある。温泉がなかったっけ?」


「そうです。温泉では結構有名で。

 おかげで冬も比較的暖かいから、俺んちでは花の栽培をして生計を立ててます」


「へえぇ。冬でも花の栽培ができるんだ。

 そっか、温泉があるってことは地面があったかいんだな……なるほど……」


女の人はうんうんとうなずいている。

この人なら……お願いすれば銅貨を分けてくれるかもしれない。


「あの……その銅貨、四枚……いえ三枚でいいんで分けてもらえませんか?」


「うーん、私もあげたい人がいるからなぁ」


「お願いします! そこを何とか!」


俺は必死になってその人の目を見つめた。


「あれ? 君……」


がしっと頬を両手ではさまれた。

じぃっと瞳を覗きこまれる。


「ちょっとこっち来て」


そのままずるずると店の外に連れて行かれた。


「おい、リズ! 硬貨は!?」


「すぐ戻るから!」


「あの、リズ? さん? なんですか??」


外に出たところでようやく顔を解放され、首をひねってけがをしていないか確かめる。

女性だけど結構な力の持ち主だ。


「あっち見て」


リズさんに指さされたほうを見る。遠くに王城が見える。

丁度太陽に正対する向きになっていてまぶしい。

逆に俺に向き合うリズさんの表情は、逆光になっていてよく見えない。


「こっち見て」


またリズさんに指さされたほうを見る。噴水だ。


「次はこっち」


「次はあっち」


「あのー。」


「上向いて」


「これ、なんなんですか???」


「君のお母さんってどんな人?」


「どんなって……普通ですけど」


「年は?」


「三十七です。えっと、俺と同じ黒い髪をしてて瞳の色も同じです。

 色白で怒ると怖いです」


「ふ……怒ると怖いの? 礼儀もうるさいのかな?」


「あ、そうですね。言葉づかいとか姿勢とか悪いと怒られます。

 あとは本を読むのが好きで刺繍もうまいです」


「お父さんは?」


「父は……いないです。俺が生まれる前に死んだってきいてます。

 それでサジエント村に来たって……」


「そう……そうなんだ。お母さん、元気?」


「……? はい、元気です」


リズさんの目にひかるものが見えたような気がしたけど、気のせいかな。


「あの……俺の両親が何か……?」


「ううん。銅貨、誰にあげるの?」


「三枚は村の女の子に頼まれて、あと一枚はできたら母さんへのお土産にしたいなって」


「そっか」


リズさんは店内に戻ると硬貨のセットと銅貨を持ってきた。


「はい、四枚。お母さんによろしくね」


「いいんですか!? ありがとうございます!」


「直接触るとすぐに色が変わっちゃうから、これに包んでいくといいよ」


そう言ってリズさんはなめした皮に銅貨を包んでくれた。


「いつまで王都にいるの?」


「明日には発とうと思います。祝典が終わってからだと街道がこんじゃうから」


「そう。気を付けてね」


『気を付けてね』


不意に出がけに母さんに言われたのを思い出した。

なんでだろう?

そういえばリズさんって母さんになんとなく似てるかも?

うーん、そんなわけないか。

髪の色も質も全然違うしなぁ。


俺はお礼にと銅貨の代金と匂袋サシェを渡してブリスの待つ宿へと戻った。

そして次の日は一日王都の見学をして村へ帰った。


「おかえりなさい、マリユス。

 初めての王都はどうだった?」


「母さん! すごかったよ! これ、お土産!」


「まぁ、記念硬貨! きれいね。

 この鞣皮なめしがわは……?」


「たいへんだったんだよ。銅貨はどこも売り切れでね。

 親切な女の人が譲ってくれたんだ。

 で、すぐ色が変わっちゃうからってそれに包んでくれたん……母さん?」


ぱたぱたぱたっ


母さんの両の目から涙がこぼれ落ちた。

母さんは泣かない。生まれた国を出たとき一生分の涙を流したと言っていた。

その母さんが泣いている。


「母さん? どうしたの、具合でも悪いの?」


「ううん、そうじゃないの。ねぇ、マリユス。

 これくれた親切な人ってどんな人?」


母さんの指が鞣革の隅をなぞる。

そこには小さく“リズ”と刻印サインがしてあった。


「え、あの、リズさんって言って、茶色いふわふわの髪をした女の人だけど、俺初め男の人かと思ったんだ。猟師みたいな格好してたから。

 あ、なんかその人もね、俺に母さんのこと聞いたよ。

 あと父さんのことも……」


「そう……そうなの……。

元気そうだった?」


「うん。でもなんで?

リズさんにも『お母さんは元気?』って聞かれたよ?」


「ふふ……そう……」


そう言ってにっこり笑った母さんの目には、もう涙はなかった。

あぁ、よかった。焦ったよ。


「もしかして知り合い?」


「えぇ、そうね。古い、古い知り合いよ」


母さんは、もらった鞣革をぎゅっと胸に抱く。


「今度さ、母さんも一緒に王都に行こうよ。

 きれいなものとか珍しい花とかいっぱいあったよ」


「そうね。行ってみようかしら」


微笑みながら北東の方角を見つめる母さん。

やっぱりその視線の先は王都だったんだ。

でも、今の母さんの顔には悲しさはない。

リズさんのおかげかな。


「じゃ、俺、他のお土産配りに行ってくるね」


「えぇ、行ってらっしゃい。

 マリユス……ありがとう」


「うん」






数週間後。

花の配達から帰ると、うちの前に一台の馬車が止まっていた。

御者台には黒ずくめの服を着た体格のいい男の人が座っている。

ちらりと視線を送られて、会釈をしながら家に入った。


「ただいまぁ。お客さん?」


「やぁ、マリユス」


「リズさん!」


この間王都で会ったリズさんが、母さんと向かい合ってお茶を飲んでいた。

こうしてみると、やっぱり母さんとリズさんってどことなく似ている気がする。


「君に温泉の話を聞いてから、どうしても入りたくなってね。

 夫と来たんだ。

 で、せっかくだから君にも会えたらなって。

 近くの村で珍しい花を作ってる家って聞いたら、結構すぐわかったよ」


「それでわざわざ……。すみません。

 記念硬貨も、みんなとってもよろこんでしました。あのときはありがとうございました」


ぺこりと頭を下げる。

母さんは、そんな俺たちのやりとりを複雑な顔で見てた。


「でね、姉さ……リュシィさん。

 さっきの話なんだけど、マリユスをうちの騎士団に預ける気、ない?」


「え?」


騎士団?


「でも迷惑になるわ。マリユスには躾こそ厳しくしたけれど、体を鍛えたことはないのよ」


「まだ十五でしょ? これからだよ」


「でも……」


「ちょ、母さん、リズさん! 騎士団って?」


勝手に話が進んで行くのに驚いて、慌てて口をはさむ。


「リズがね、あなたにオーレリアの騎士団に入らないかって」


「はじめは見習いからだけどさ、うちは働き次第でいくらでも取り立てる方式だから、やりがいはあると思うよ」


「俺、貴族とか騎士とかの生まれじゃないけどいいの?」


「君の場合、それは全く問題ないんだけど……。

 そうでなくても、オーレリアでは生まれは関係ないよ。

 王様自身、身分とか堅苦しいのとか嫌いだからね」


リズさんがちらりと窓の外に目をやる。

そこには、あの馬車が見えた。


「へぇ……」


「でも危ないわ」


「男の子だよ? ちょっとくらいの怪我、いいじゃない」


「あなたと一緒にしないでよ」


「あ、どういう意味?」


「だって、リズったら昔から気が付いたらいろいろなところに痣や擦り傷を作っていて、無事な日のほうが少ないくらいだったじゃない」


「そんなことないよ」


「あるわよ。せめて顔は傷つけないようにって、何度口を酸っぱくして言ったことか……」


「そうだっけぇ?」


俺が思い悩んでいる間にも、二人は思い出話に花を咲かせ始める。

古い知り合いっていうのは本当だったんだ。

母さんがこんなに楽しそうなのってなかなかないな。


「で、どうする? 最終的に決めるのはマリユスだと思うんだけど」


ぼんやりと考え込んでいたら、リズさんに声をかけられた。

なんで突然俺をとか、せめて一晩考えさせてとか思ったけれど、穏やかに微笑むリズさんは今答えを欲しがってる感じがする。


「俺は……」


母さんを見る。

俺が出て行ったら母さんは一人きりになる。


「俺は……」


リズさんを見る。

会ったのは二度目だけど、この人は信用していい感じがするんだ。

別に記念硬貨を譲ってくれたからじゃない。

なんだろう。

うまく言葉にはできないけれど、ちゃんと俺のことを考えてこの話を持ってきてくれたと思う。


「えーと……」


「うん」


母さんとリズさんを交互に見やる俺に、リズさんは律儀にうなずく。


「えーと……」


「うん」


「えーと………………見習いでも給金って出るんですか?」


「は?」


ぽけっと口を開けるリズさん。

母さんは「まぁ」と言って口元に手を当てている。


「え、だって、その辺の確認って、大事だし。

 商売だって売値と買値がかみあってはじめて成立するもんでしょ。

 俺、母さん一人置いてくのは心配だけど、いっぱい稼いで楽させてやりたいってずっと思ってたから、騎士団の給金が花売りより儲かるなら行く。

 いえ、行きます」


「マリユス、あなた……」


「ぷ……っ、くくっ、くくく……っ

 あはははははは!」


俺は真剣に答えたつもりだったんだけど、リズさんは盛大に笑い出した。


「いいね! しっかりしてるじゃない!

 マリユス、気に入ったよ!

 もちろん見習いでもお給料は出るよ。

 私が推薦してあげるから、シリルにみっちりしごかれなね!」


「シリル?」


「うん。うちの宰相の息子でね、騎士団の副団長やってるんだ。

 見た目は美人系で人当たりもいいけど、容赦ない性格だから新人教育にはもってこいだよ」


「はぁ……」


まだくすくすと笑い続けるリズさんを横目に、母さんを振り返る。

それまで難しい顔をしていた母さんだったけれど、リズさんにつられてか、眉根のしわがなくなって、微苦笑をしていた。


「母さん、いい?」


「いいって、もう行く気になってるんでしょう?

 そのうち出て行くとは思っていたけれど、こんなに急だとは思わなかったわ。

 でもそれがリズのところだっていうなら、これ以上安心なところもないわね。

 リズ、マリユスを……息子を頼んだわ」


「うん。任せて」


必要な準備物や出立日などを打ち合わせて、母さんたちがまた昔話をはじめた頃。

こんこん、と玄関の扉が控えめにノックされた。

もともと鍵をかけていなかった扉が薄く開く。

さっきの御者さん――どうやらリズさんの旦那さんらしい――が顔をのぞかせた。


「リズ、そろそろ時間だ」


「ん、ありがとう。じゃぁ、また。近いうちに迎えを寄越すからね。

 リュシィさん……。手紙を書くわ」


「えぇ。待ってる」


リズさんが名残惜しそうに出て行く。

扉が閉められると、母さんは脱力したように座り込んで椅子にもたれかかった。


「急に来るんだもの、びっくりしたわ」


「そうなの?」


そのわりには、二人でいるのがすごく自然な感じに見えた。


「えぇ。だって、十五年ぶりよ。なのにあの子ったら全然変わらなくて……」


「仲よさそうだったね」


「そうね。本当に……いつもリズには救われてばかり……。

 マリユス。母さんからもお願いするわ。立派な騎士になって、リズを守ってちょうだい」


「リズさんを?」


「えぇ」


「ふぅん、わかった」


その時俺は、なんで騎士になることがリズさんを守ることにつながるんだろうと思った。

その答えは、王都についてすぐにわかることになる。

見習い騎士としてあいさつのために訪れた謁見室で、正面の玉座に座っていたのはあの時迎えに来た男の人だった。

そして、その隣におもしろそうな顔をして座っていたのがリズさん。

その時の驚きと言ったら、例えようもない。

思わず叫びだしそうになって、ごまかすのが大変だった。


王都に行ってからは怒涛の日々だった。

守られるのが当然の我が儘一杯甘やかされ放題のリリアーヌ王女の相手とか、その王女様第一のシリル副団長のしごきとか、俺の出生の秘密とか、え、何ソレ、本当マジですか、ありえないんだけど、ちょっと母さん! とか叫んでみたり転がってみたりしたけど事実は事実みたいで、だって俺初陣の時怪我した同僚のことなんだか治しちゃって、これデナーシェ直系の力ね、なんてリズさんににっこり笑って言われて、えええええ? みたいな。

リリアーヌ様の従姉妹っていうお姫様にも会って(ということは俺の従姉妹でもあるらしいんだけど)、デナーシェの王女様なその人に会った途端、シリル副団長はちょっと挙動不審でリリアーヌ様がふてくされて俺が慰めることになって、そのうちなんだか、あれ? 俺リリアーヌ様のこともしかして、とかあったけど王様が怖いからあえて自覚しないようにしてる。


見習いから一人前の騎士になるには三年かかった。

母さんの顔を見たらくじけそうで、手紙は送ってたけど、いままで一度も村には帰らなかった。

十五で村を出てからはじめての帰郷。


「ただいま、母さん」


「……マリユス……!」


三年ぶりに会った母さんは、ずいぶん小さくなってた。

それを言ったら、


「あなたが大きくなったのよ。まぁ、こんなに背が伸びて……」


って涙声で言われた。

積もる話は一晩かけても語り尽くせなくて、三日と決めた滞在期間中、俺はずっとしゃべりっぱなしだった。

母さんは、俺の話を時にうなずきながら、時に笑い転げながら聞いてくれた。


明日は王都に戻ると言う日の夜。


「母さん。今度、さ。

 父さんの墓参りさせてよ」


「……!」


それまで楽しそうにしていた母さんの顔色が変わる。

でもここでひるんじゃいけない。

これだけは言おうと思って帰ってきたんだから。


「じいちゃんとかばあちゃんとかは生きてるんだよね?

 俺、会ってみたいな」


「……」


「あとこれリズさんからの伝言。

 『兄様が待ってるよ』だって。

 いつでも話つけるから、一緒に会いに行こうって。

 今度迎えに来るって言ってた」


「リズったら……。余計なお世話だわ」


母さんがふぅっと溜息をつく。


「うん、まぁ、そう言うだろうと思った。

 リズさんもわかってるみたいで、もう一言伝言。

 『姉様ももう若くないんだから素直になったら』だってさ」


「なっ……」


「俺もそう思うよ。

 母さん、もう四十でしょ。いつまでも一人でいないで……」


ひゅっと何かがくうを切る音がしたと思ったら、頬に衝撃が走った。

ばっちーん!

ぐはっ 久しぶりにキタ! 母さんのビンタ!


「なんで俺の事ぶつんだよ! 言ったのはリズさんだよ!?」


「リズはともかく、あなたの一言が余計なのよ!」


「なんでだよ! 正直に年言ってなにが悪いの?

 いい年こいて意地張ってんじゃねーよとでも言えばいいわけ!?」


ばっ

再び母さんの右手があがる。

もう一発殴られるのを覚悟した俺は、ぎゅっと歯を食いしばって衝撃に備えた。


でも、待ち構えていた痛みは、いつまでたってもこなかった。

代わりに聞こえてきたのは、小さな嗚咽。


「……っ、……っ、……っ」


母さんが泣いていた。


「母さん……。あ……。ごめん、言いすぎたよ。ごめん……。

 泣かないで……」


「母さんだけ一人でいることないじゃん。

 リズさんも、デナーシェの王様も、俺の従姉妹だっていう姫様たちも、みんな母さんに会いたがってる。

 ねぇ、会いに行こうよ。俺も一緒に行くから」


「だめよ。会えない。私は、会えないの……」


どんなに理由わけを尋ねても、ただ「会えない」と繰り返す母さん。

俺はリズさんから母さんは駆け落ちしたんだって聞いてたから、それで顔を合わせづらいんだろうと思っていたんだけど、それ以外に何か事情があるんだろうか。

いや、王族の駆け落ちって言ったら、それは大変なことだろうけどさ。

一度だけ母さんがつぶやいた、「みんなを騙したから」って言うのはなんだろう。

もう、みんな幸せに暮らしてるんだから、いいんじゃないのかなぁ。




半年後の春。

俺と母さんは、父さんの墓石の前にいた。

せめて墓参りだけでもと説得するのに半年もかかった。

よく手入れされた墓石の前には、色とりどりの花が咲いている。

手を組んで祈りを捧げる母さんと俺の横に、影が落ちる。


先に気付いた俺が振り返ると、豪奢な服に身を包んだ、すらりとした男の人が立っていた。

春の日差しをうけてきらめく瞳は榛色で、時おり金色に輝いて見える。

実年齢よりかなり若く見えるのも、デナーシェの王族の不思議の力ってやつなのかな。


「リュシエンヌ……」


「……!

 兄様……!」


一心に祈っていた母さんが、声をかけられてはじかれたように顔をあげた。

その人を見止め、驚きに目が見開かれる。

あ、泣く。

そう思った瞬間、母さんは踵を返して逃げ出そうとした。

男の人が、母さんの手を捕えて引き寄せる。

急に引っ張られた母さんは転びかけて、その人の胸に飛び込む形となった。

ずっと一人で生きてきた母さんが、本当は唯一甘えられるはずだったその人は、母さんの背中に腕をまわして抱きしめた。

くぐもった泣き声が聞こえる。

母さんの白い手が、王様の服をぎゅっとつかんでいた。


俺、最近母さんの泣き顔ばかり見てる気がするな。


デナーシェの王様は、母さんの頭を優しく撫でている。

小さな子どもにするようなそのしぐさが、確かな絆を感じさせた。




二人に気を使って、俺はそっとその場を離れる。

甘い花の香りがあたりを包む。

父さんの墓の周りに一番多く咲いていた花の名は、バイカラーローズ。

薄桃色のこまかな花びらが集まって、一つの花になってる。


あぁ、この花は、まるで母さんの周りにいる優しい人々のようだ。


詳しくはわからないままだけど、母さんが若い頃には、こんなに仲睦まじい兄妹と離れ離れにならなければならないような出来事があったようだ。

けれどそれは決していがみあうものではなく、互いを思いやった結果のことだった。

一人一人は確かに相手のことを考えていたのに、かみあわなかった想いはかけらとなって心に残った。


「姉様を連れてきてくれてありがとう」


墓所に入口まで来ると、正装したリズさんに会った。


「リズさんこそ、デナーシェの王様を連れて来るのたいへんだったんじゃないですか?」


「ふふ、兄様はね、奥さんには頭があがらないの。

 どんなに無理なこともアンジェから言ってもらえば大丈夫なのよ」


「? へぇ」


にこっと笑ったリズさんが、俺の横を通り過ぎて母さんたちの元へ向かう。

それぞれの想いが集まって、とうとう一つの形を迎える瞬間だった。




一迅の風が吹く。


咲き乱れていた花々が、一斉に散った。


風の向かう先には寄り添う三つの影。






約二十年ぶりの兄妹の再会を祝うかのように、花びらはいつまでも宙を舞っていた。














これにて全て完結です。

「想いのかけら」は全体のバランスを考えて、当初の予定よりかなり端折った形となりました。

改稿前のものをお読みいただいていた方には、あの話はどうなっちゃったの、という部分が多々あるかと思います。申し訳ありません。

詳しいあとがきは、月光編が完結してから活動報告に載せたいと思います。

ご愛読ありがとうございました。



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