追躡と減退
アンネ女性探偵社に着いた琉生と眞央を迎えてくれたのは、事務所で唯一普通という言葉が似合う小笹 久美だった。名前の通り女性ばかりの職場なのだが、雑に言えば変わり者の集団で、取締役である鳥井 志奈は某有名企業の社長の一人娘でありながら趣味で探偵社を創業してしまった人物であるし、ハッキングの技術を買われた者や高級クラブから引き抜かれてきた者、元陸上自衛官に至るまで様々な経緯を持った女性が在籍している。特異な環境になったのは、要するに雇用者側の意図が働いた結果なわけなのだが、その成果は想定以上に出ているらしい。
二人が通された応接室には、対座式のいかにも高価そうな革張りのソファがあり、奥の席へと案内された。座ってからも眞央は何か恐ろしいものの気配でも感じているかのように辺りを見回していたが、見かねた琉生が無言で手を握ると赤面して下を向き、ついには大人しくなった。
「待たせちゃってごめんねェ」
そのタイミングを見計らったかのように、亜麻色の髪をアップにして、切れ長で大きな目を赤縁の眼鏡で少し隠した女性が入ってきた。しわのない淡いベージュのパンツスーツが、いかにも仕事のできそうな雰囲気をにじませている。この女性こそが、アンネ女性探偵社の創立者である鳥井志奈である。
「眞央ちゃん、今日も可愛いわね・・・」
同性に対するものとは思えない志奈の艶美さを乗せた言葉に、全身を使ってびくりと反応する眞央。捕食者と被捕食者のような関係が成立しかける頃、目元を若干うるませながらも、彼女はやっとの事で「ありがとうございます」の言葉を紡ぎ出した。
「遊ぶのも程々にしておいてくれよ」
苦笑いをしながら琉生が言う。涙目の眞央にずっと見つめられて、居た堪れなくなったのだろう。言葉以上に本心を語るそれは、恐らく琉生でなくても多くの人を屈服させるには十分すぎるほどの力を持っていた。
「あんまり可愛いものだからつい・・・」
悪びれるどころか、なぜか照れたような顔で返す志奈。それは、つまるところ眞央の受難がまだまだ続くであろうことを示唆していた。
「じゃあ早速仕事の話に移るけど─。」
元々の依頼人は作間 美幸という女性で、恋人を捜して欲しいというものだったらしい。彼女の恋人である向 遼という人物は、都内に本社をおく企業の地方支社営業部で働くごく普通のサラリーマンだったが、ある夜を境に連絡がとれなくなり、勤務先でも無断欠勤を続けているようで、心配になった彼女は志奈の事務所に足を運んだということだそうだ。
依頼を受けた当初は失踪人の捜索という形で、勤務先などから情報を集めていたらしいのだが、向の同僚で親友でもある人物が同時期に姿を消しているという事実が判明し、更には失踪者本人が各所に出没し、誰かを監視しているかのような姿が目撃されるなど、不可解な点が浮き彫りになってきた。
抑揚もなく淡々と喋る志奈の話を無言で整理していた琉生が口を開く。
「俺に頼むってことは、特別な事情ってのがあるんだろ?」
「勿論。・・・向は悪魔なの。」
悪魔。人外。化物。ヒトではない何か。
「ソレ」の呼び方は多分にある。共通するのは、畏怖するべき対象であるという認識が植えつけられており、それを裏付ける逸話が数多く存在することだろう。しかし逸話は逸話であり、逸話でしかない。真実を、あるいは事実さえも写していない物が、史実として語られる事も多々ある。しかしながら人間の手によって編み出されるものには作意が働く余地があるため、往々にしてそうした傾向があることは言うまでもない。
志奈のいう悪魔とは、自己の欲望にのみ縛られながら生きる、人間と共存しながらも人間社会から乖離した生命体のことである。それらを外見的要素で見分ける手段は二つ。一つは、右肩に刻まれている紋章。もう一つは、人間では持ち得ないまでの圧倒的力である─。




