第3話 事故現場に残っているもの
翌朝。
王宮大広間は、昨夜とはまるで別の場所になっていた。楽団も、着飾った貴族たちもいない。十二基あった魔導シャンデリアのうち、十一基は消灯されている。窓から差し込む朝日だけが、床に残された事故の痕跡を照らしていた。
「エレナさん」
床にしゃがんでいたミアが顔を上げる。
「これ、全部調べるんですか?」
彼女の前には、大小百を超える破片が並んでいる。
「全部です」
「やっぱり」
「嫌そうですね」
「嫌ではないです。ただ、昨日までシャンデリアだったものが、こんなに細かくなるんだなぁって」
エレナは隣へしゃがんだ。
「だから残します」
「何をですか?」
「壊れ方を」
ミアが首を傾げる。そのとき、大広間の入口から低い声がした。
「ようやくまともな話になったな」
振り返る。大きな木箱を抱えた男が立っていた。四十八歳。大柄な体に、事故調査局の灰色の作業服。グレン・バロウズ。事故調査局の構造材料担当官である。
「おはようございます、グレン」
「おう」
グレンは箱を床へ置いた。
「で、どれだ」
エレナが破断した固定金具を示す。グレンは手袋をはめ、それを持ち上げた。しばらく眺める。
「これが落ちたときに折れたと思うか?」
ミアが答える。
「違うんですか?」
「見ろ」
グレンが破断面を指した。
「こっちと、こっち。色が違う」
ミアが顔を近づける。
「……本当だ」
「こっちは古い。こっちは新しい」
「つまり?」
「亀裂は昨日できたんじゃねえ」
グレンは金具を置いた。
「前から少しずつ割れてた。最後に残った部分が昨夜、一気に逝った」
エレナは黙って破断面を見る。あの夜この目で確認した、周期的な風属性残響。そして金属疲労。二つがつながり始める。
「三か月前の点検では亀裂なしです」
「記録が正しけりゃな」
「写真もあります」
「なら、三か月以内に急速に進んだ」
そこへ別の声が割って入った。
「それでは計算が合いませんね」
細身の男が歩いてくる。セオ・ランベルト。事故調査局の術式解析官だ。手には昨夜回収した制御器を持っている。
「何がだ?」
グレンが尋ねる。
「エレナの仮説です」
「新しい光晶石か」
「ええ」
セオは制御器を床へ置いた。
「この制御器に新型光晶石を接続したとしても、固定術式へ風属性魔力が流れる理由がありません」
エレナが顔を上げる。
「絶対に?」
「正常なら」
「では、故障していたら?」
「それをこれから調べます」
グレンが鼻を鳴らす。
「結局、分からんってことじゃねえか」
「理論上の可能性を絞っているんです」
「現物はここにある」
「現物を説明するために理論があるんですよ」
「朝から始めないでください」
エレナが遮った。ミアが小声で尋ねる。
「いつもこうなんですか?」
「だいたい」
事故調査は、一人ではできない。残響を見るエレナ。物がどう壊れたかを見るグレン。術式がどう動いたかを解析するセオ。証言や記録を集めるミア。誰か一人の能力だけで原因を決めれば、必ず見落としが出る。
「まず確認しましょう」
エレナは立ち上がった。
「現在分かっている事実は三つ」
指を一本立てる。
「固定金具には、以前から亀裂が進行していた」
二本目。
「固定部分には、本来存在しない周期的な風属性残響がある」
三本目。
「半年前に光晶石だけが新型へ交換された」
ミアが尋ねる。
「やっぱり新型光晶石が怪しくないですか?」
「怪しいです」
「じゃあ――」
「怪しいものと、原因は違います」
ミアが口を閉じた。セオが少し笑う。
「いい教育をされていますね」
「セオも調べてください」
「はいはい」
エレナはもう一度、破断した固定金具を見る。端には、小さな刻印。ARCANA。
「グレン」
「なんだ」
「このメーカーを知っていますか?」
グレンの手が止まった。
「アルカナ?」
「はい」
「古いな」
エレナが顔を上げる。
「知っているんですか?」
「昔はそこら中にあった」
「今は?」
「潰れたよ」
「いつ?」
グレンは少し考えた。
「二十年くらい前じゃなかったか」
二十年前。エレナはその数字を頭の隅へ置いた。まだ意味はない。今は。
「まず、目の前の事故です」
ARCANAの金具を封印箱へ戻した。
「再現実験をしましょう」




