第26話 安全装置があれば
魔法学院の設備管理室には、三年分の申請書が残っていた。
第一年度。
第二演習室、安全遮断装置の誤作動増加。交換希望。
判定。
次年度へ延期。
第二年度。
正常入力時にも遮断発生。授業への支障大。交換再申請。
判定。
予算不足。
第三年度。
安全装置の手動解除による運用が常態化。交換最優先。
判定。
保留。
「常態化、って書いてあります」
ミアが言う。
「学校側も把握していた?」
「設備担当は」
「学院長は?」
「報告書に印があります」
知らなかった。ではない。
「なぜ交換しなかったんでしょう」
予算表を見る。学院全体の設備更新費。三年前から削減。代わりに増えている項目。新校舎建設。入学式典。対外競技会。学院創立記念事業。
「安全装置より優先されたものがあった」
ミアが呟く。
「予算配分は学院側の判断です」
エレナは資料を閉じた。学院長との面談。院長室は豪華だった。壁には歴代卒業生の肖像。大きな机。新品の魔導照明。
「安全装置の交換申請について伺います」
エレナが言う。
「設備担当から何度か上がっていました」
学院長は答えた。
「しかし学院には数百の設備があります。すべてを即座に更新することはできません」
「安全装置が正常入力でも停止する状態だったことは?」
「聞いていました」
「手動解除していたことは?」
一瞬。学院長の返答が遅れる。
「一時的な対応だと」
「三年間です」
「授業を止めるわけにはいかなかったのです」
「なぜ?」
「生徒の教育に必要です」
エレナは黙って見る。
「今回負傷した生徒も、その教育を受けていた一人です」
学院長の顔が硬くなる。
「しかし彼は規則を破った」
「はい」
「禁止操作をしなければ事故は起きなかった」
「その通りです」
学院長が少し安心したような顔をする。エレナは続ける。
「安全装置が正常でも、事故は起きませんでした」
表情が戻る。
「それは結果論でしょう」
「安全装置は、結果を見て設置するものではありません」
「学生が規則を守ることが前提です」
「なら安全装置は不要ですね」
学院長が言葉に詰まる。
「人が必ず規則を守るなら、遮断装置も警報器も必要ありません」
エレナは資料を示す。
「安全設備は、人が間違えることを前提に存在します」
院長室が静かになる。
「今回、ノア・フェルドは間違えました」
事実。そこは変えない。
「ただし学院は、その間違いを爆発へ進ませないための装置を三年間、正常に戻していませんでした」
言い逃れでも。誰かを庇うためでもない。事故の構造を、そのまま示す。
「それが調査結果です」
院長室を出る。ミアが大きく息を吐いた。
「緊張しました」
「なぜ?」
「学院長ですよ?」
「事故調査では役職は関係ありません」
「エレナさんはそうでしょうけど」
廊下の先にレオンがいた。どうやら救助隊側の聴取を終えたらしい。
「話は終わったか」
「はい」
「生徒の操作が引き金だったそうだな」
「はい」
「安全装置が動いていれば?」
「止まりました」
レオンは少し黙る。
「じゃあ両方か」
エレナは彼を見る。
「何がですか?」
「生徒が間違えた。それでも学院側も事故を防げた」
以前なら。生徒が触らなければ事故はなかった。
そこで終わっていたかもしれない。エレナはほんの少し笑った。
「学習しましたね」
「あなたに言われると褒められた気がしない」
「褒めています」
「本当か?」
「たぶん」




