第22話 父の名前が残る報告書
事故調査局の地下書庫。二十年前の事故資料は、一般資料室には置かれていなかった。重大事故記録。閲覧には局長許可が必要。エレナは申請書を提出した。
「私情で調べるつもりはありません」
局長へそう説明した。
「現在調査中の三件でARCANA製部品が確認されています。その関連性確認のためです」
許可は下りた。ただし。父が調査責任者だったことから、二十年前の事故そのものを再調査する場合は別の担当官を置く。利益相反。エレナ自身が以前から主張している原則だ。
「当然です」
地下書庫の扉が開く。埃の匂い。古い紙。棚には箱が並んでいる。ARCANA中央工場爆発事故。全十二箱。
「十二……」
ミアが呟く。
「大事故ですから」
第一箱、現場図。第二箱、証言。第三箱、部品解析。第四箱、術式記録。エレナたちは必要なものだけ確認する。
「エレナさん」
「はい」
「これ、二十年前のARCANA制御器です」
部品試験記録。多数の試験。設計。耐久。異常条件。エレナは一枚ずつ確認する。そして違和感を覚えた。
「……変ですね」
「何が?」
「事故原因は設計欠陥だったはずです」
「はい」
「でも事故後の試験で、その欠陥がほとんど再現されていません」
ミアが資料を見る。
「一回だけ『異常反応あり』ってあります」
「条件は?」
「最大出力の百四十パーセント」
「通常使用ではありません」
次の資料。ARCANA側の技術者証言。設計上、通常出力範囲では大規模逆流は起きない。さらに別の資料。事故現場では大規模な逆流痕あり。しかし試験では再現困難。
「公式報告と少し違う」
ミアが言う。エレナは黙って読む。最終報告書。事故原因。中央制御装置の設計欠陥。その一文は断定されている。だが、その前段階の内部資料には。原因特定に至らず。再現不十分。追加試験必要。そんな記録が複数残っている。
「エレナさん」
ミアの声が低くなる。
「お父様、どうしてこれで設計欠陥って報告したんでしょう」
エレナは答えない。分からない。だからこそ。勝手に父を庇ってはいけない。圧力を受けた。間違えた。証拠を見落とした。後から別の証拠が出た。どれも可能性にすぎない。
「父だからといって、正しかったとは限りません」
ミアが驚いた顔をする。
「でも」
「事故調査官も間違えます」
エレナは最終報告書を閉じる。
「だから記録を確認します」
最後の箱。そこには調査官個人の作業記録が入っていた。オスカー・クロフォード。父の筆跡。久しぶりに見る。幼い頃。机に置かれていた仕事の書類。同じ字。エレナは一枚を取る。短いメモ。
『現場残留魔力と、想定された制御器故障の流れが一致しない』
次。
『設計欠陥と断定するには再現性不足』
さらに。
『別要因の可能性を排除できない』
ミアが息を止める。
「これ……」
エレナは読み続ける。最後のページ。そこだけ署名がない。
『分からないものを、分かったことにしてはいけない』
エレナの指が止まった。父がよく言っていた言葉だった。子どもの頃。何かを質問したとき。父は知らないことを、適当に答えなかった。
「分からないことを、分かったことにしてはいけない」
エレナが小さく読む。
「お父様の言葉?」
「はい」
それなのに。最終報告書では、設計欠陥と断定している。なぜ。答えは資料にない。
「エレナさん」
ミアが尋ねる。
「これ、調べますか?」
エレナはしばらく黙った。二十年前の事故。亡き父。ARCANA。今起きている三件。だがまだ。現在の事故と二十年前の事故がつながった証拠はない。
「今は調べません」
「え?」
「私たちが担当しているのは、現在の事故です」
父の名誉を回復することでも。二十年前の真実を暴くことでもない。
「でもARCANAは?」
「記録します」
「それだけ?」
「それだけです」
エレナは父のメモを元の場所へ戻した。
「証拠が増えれば、また来ます」
地下書庫を出る。扉が閉まる。父の筆跡も。二十年前の事故も。再び暗い書庫の中へ消えた。その三日後。王都魔法学院で爆発事故が起きた。生徒一名重傷。現場では。事故直前に禁止されていた操作を行った生徒が確認されていた。今度こそ。原因は明らかに見えた。




