第20話 三つではなく、四つの原因
事故調査局の最終確認会議。壁には一枚の大きな図が貼られていた。魔導郵便馬車。その中央に制御器。四方から矢印が伸びている。
第一。ARCANA製旧型制御器。
第二。三年前に交換された新型高出力魔晶石。
第三。期限を半年過ぎていた防水処理。
第四。雨天の長い下り坂で行われた連続制動。
「この四つが重なった」
エレナが説明する。
「どれか一つだけでは、事故は再現しませんでした」
郵便局の運行責任者が難しい顔をする。
「つまり、防水整備を延期したことが原因ではない?」
「原因の一つです」
「一つ?」
「仮に予定通り防水処理をしていれば、今回の事故は起きなかった可能性が高いです」
責任者が息を呑む。
「なら、やはり我々が――」
「ただし」
エレナが続ける。
「防水処理が半年遅れただけで制動信号そのものが消失することは、従来設計では想定されていません」
セオが図を示す。
「新型魔晶石との組み合わせで初めて発生する現象です」
「では新型魔晶石が悪い?」
別の担当者が尋ねる。
「違います」
エレナが答える。
「新型魔晶石単独では問題ありません」
「旧型制御器?」
「旧型魔晶石を使えば正常です」
「では結局何が悪いんです?」
その質問を、エレナは何度聞いただろう。
「一つに決める必要はありません」
部屋が静かになる。
「事故には複数の原因が存在することがあります」
直接原因。制動信号の消失。その背景に。設計。整備。環境。運用。
「もし、防水整備だけを問題にすれば」
エレナは言う。
「次に同じ組み合わせを使った別の馬車が、別の雨の日に事故を起こすかもしれません」
「では?」
「防水整備を期限通り行う」 これが一つ。
「ARCANA製旧型制御器と新型高出力魔晶石の組み合わせを確認する」 二つ。
「該当車両について制御器交換を進める」 三つ。
「雨天時の点検項目を追加する」 四つ。
「一つの対策ではなく、複数の防壁を作ります」
会議が終わる。廊下へ出るとレオンが待っていた。
「聞いた」
「何をです?」
「御者の飲酒じゃなかった」
「はい」
「ブレーキも踏んでいた」
「はい」
レオンは窓の外を見る。
「救助に行ったとき、御者台を見た」
エレナは何も言わず待つ。
「足がペダルの方へ向いていた」
エレナが顔を上げる。
「なぜ最初に言わなかったんです?」
「事故の衝撃でそうなった可能性もあると思った」
「正しい判断です」
「怒らないのか」
「推測を事実として扱わなかったのでしょう?」
レオンが少し笑う。
「あなたに似てきたかもしれない」
「それは困ります」
「またか」
二人が歩き始める。
「新聞には御者の名前が載ったな」
「訂正記事に」
「家族は?」
「妻と息子がいるそうです」
レオンは黙る。エレナもそれ以上は言わない。
「クロフォード」
「はい」
「死者を救うことはできない」
「はい」
「でも、死者について間違った話を残さないことはできるんだな」
エレナは少しだけ歩みを緩めた。
「それも、事故調査の一部です」
三件目の事故は終わろうとしていた。だが。事故品を保管する前に、エレナは中央制御器をもう一度確認した。ARCANA。三件。王宮。新築邸宅。郵便馬車。事故原因はそれぞれ違う。それなのに、古い会社の名前だけが繰り返し現れる。
「……偶然?」
誰に聞かせるでもなく呟く。まだ答えは出せない。だが今回は、記録票へ書くだけでは終わらなかった。
「ミア」
「はい?」
「ARCANAについて調べます」
ミアの表情が変わった。
「やっぱり関係あるんですか?」
「分かりません」
「ですよね」
「でも、三件続いた偶然を無視する理由もありません」
調べる。疑うのではなく。確かめるために。




