第19話 雨だけでは事故は起きない
再現試験の結果は、一度では足りなかった。同じ条件で三回。さらに条件を一つずつ外して確認する。
「雨水なし」
正常。
「新型魔晶石を旧型へ交換」
正常。
「防水材を新品へ」
正常。
「連続制動なし」
正常。すべて揃った場合だけ、制動信号が消える。
「面倒ですね」
ミアが言う。
「事故はだいたい――」
「面倒です。分かってます」
先に言われた。エレナは少し黙る。
「成長しましたね」
「そこですか?」
グレンが笑う。セオは試験記録をまとめている。
「これで事故原因はかなり固まりました」
エレナは頷く。ただし、まだ確認すべきことがある。
「酒瓶です」
「まだ調べるんですか?」
ミアが尋ねる。
「事故原因ではない可能性が高い。でも、なぜ御者台の近くにあったかは確認しておきたい」
警察側の調査結果が届く。瓶に残っていた指紋。御者のものではない。荷物記録と照合。乗客の一人が購入した酒が、荷物室から事故時に飛び出した可能性が高い。
「完全に関係なかった……」
ミアが呟く。
「事故現場にある物が、全部事故原因とは限りません」
エレナが言う。
「でも最初は、みんな酒瓶を見ましたよね」
「見ました」
「新聞も」
「はい」
「分かりやすかったから?」
「そうでしょうね」
人は原因を探す。特に事故直後は。一つの物。一人の失敗。一つの説明。それがあれば安心できる。だが実際の事故は、もっと複雑だ。
「新聞社へ事故調査局から中間発表を出します」
エレナが言う。
「飲酒は否定されたって?」
「はい」
「御者さんの名前も?」
「必要なら」
ミアは少し嬉しそうに頷いた。中間発表はその日の夕方に出された。御者ダニエル・ロウの血中からアルコールは検出されなかった。現場の酒瓶は御者所有ではない。事故直前、制動操作が行われていた痕跡を確認。
翌朝。新聞の見出しが変わった。
『郵便馬車事故、飲酒説を当局否定』
小さな記事だった。最初の一面ほど大きくはない。ミアは新聞を見て不満そうな顔をした。
「最初より小さい」
「そうですね」
「もっと大きく書けばいいのに」
エレナは何も言わなかった。訂正は、最初の印象より目立たないことが多い。それでも事実は残る。
「エレナさん」
「何?」
「事故調査って、人を助ける仕事でもあるんですね」
「救助はしませんよ」
「そうじゃなくて」
ミアは新聞を見る。
「死んだ後でも、間違ったことを言われたままにしないとか」
エレナは少し考える。
「それは結果です」
「またそれ」
「私たちは事実を調べるだけです」
「でも、その事実で救われる人もいる」
エレナは返事をしなかった。事故原因を正しく突き止める。それが仕事。その結果、誰かの名誉が戻ることがある。誰かが自分を責めなくて済むこともある。だが、それを目的にすれば調査は歪む。事実が違えば、違う結論を出さなければならない。
「事実が、その人に都合のいいものとは限りません」
エレナが言う。
「はい」
「それでも調べます」
「はい」
ミアは少し笑った。
「分かってきました」




