第18話 ブレーキは踏まれていた
事故調査局の試験場には、二台の魔導郵便馬車が並んでいた。一台は事故車両と同型。ARCANA製旧型制御器。もう一台は、五年前に改修された新型制御器搭載車。
「まず乾燥条件です」
セオが試験を開始する。旧型制御器。新型高出力魔晶石。制動ペダルを踏む。車輪停止。
「正常」
ミアが記録する。次。新型制御器。新型魔晶石。同じく正常。続いて、旧型制御器へ人工的に少量の水を侵入させる。
「事故車両と同程度です」
グレンが言う。再び制動ペダル。停止。
「……止まりましたね」
ミアが言う。
「水だけでは駄目」
エレナは記録を見る。事故車両ではブレーキ信号が途中で消えた。だが再現できない。
「水を増やします?」
「事故現場と違う条件を作っても意味がありません」
「ですよね」
次に旧型魔晶石へ変更する。水あり。旧型制御器。旧型魔晶石。正常。
「つまり」
セオが言う。
「事故条件に必要なのは、新型魔晶石と水。ただし今の条件ではまだ足りない」
「第三の条件」
エレナが呟く。事故現場の記録を確認する。夜間。雨。橋手前は長い下り坂。郵便馬車は荷物満載。速度。連続制動。気温。湿度。
「下り坂を再現しましょう」
グレンが顔を上げる。
「連続でブレーキを使わせる?」
「はい」
試験装置に負荷を加える。車輪を回転。制動。解除。再加速。再び制動。十分。二十分。異常なし。三十分。
「まだですね」
ミアが言う。
四十分。その瞬間。制動ペダルを踏む。だが車輪が止まらない。
「止めて!」
エレナが言う。緊急遮断。車輪停止。試験場が静かになる。
「出た」
グレンが呟く。エレナは制御器へ触れた。残響視。ペダルからの入力。途中まではある。だが中央制御器直前で、流れが打ち消されている。事故車両と同じ。
「何が起きています?」
ミアが尋ねる。セオが術式を追う。しばらくして、顔をしかめた。
「誘導魔力です」
「誘導?」
「新型魔晶石の出力が高いせいで、隣接する補助導路に弱い魔力が発生している」
「普段は?」
「問題にならない程度です」
「雨水が入ると?」
「導路間の絶縁が弱くなる」
グレンが続ける。
「さらに連続制動で熱が入る」
セオが頷く。
「三条件が揃ったときだけ、補助導路側の誘導魔力が制動信号と逆位相になる」
ミアが難しい顔をする。
「つまり?」
エレナが説明する。
「御者がブレーキを踏む」
「はい」
「信号は出る」
「はい」
「でも途中で、別の魔力に打ち消される」
「だから制御器まで届かない?」
「そうです」
事故現場と一致する。雨。古い制御器。新型高出力魔晶石。連続制動。さらに防水材の劣化。
「四つじゃないですか」
ミアが言う。
「そうですね」
エレナは記録へ書く。直接原因。制動信号消失。条件。旧型制御器。新型高出力魔晶石。水分侵入。連続制動による加熱。事故は、一つの原因だけで起きるとは限らない。
「御者さん」
ミアが呟く。
「ちゃんと踏んでたんですね」
エレナは事故車両から回収したペダルの残響記録を見る。
「はい」
踏んでいた。一度ではない。何度も。何度も何度も。事故直前まで。彼は必死で止めようとしていた。




