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第17話 死んだ御者は反論できない


事故翌日の新聞は早かった。王都事故通信。夕刊の一面には、大きな見出しが載っていた。


『飲酒御者による郵便馬車転落事故か』


事故調査局の休憩室で、ミアが新聞を机へ置く。


「ひどくないですか?」


エレナは記事を見る。現場から酒瓶。御者死亡。夜間の転落事故。事実だけを並べれば、そう見える。ただし。


「『か』と書いてあります」


「そういう問題じゃないですよ」


ミアが言う。


「この書き方じゃ、ほとんど決めつけてるじゃないですか」


「そうですね」


新聞には、御者ダニエル・ロウの経歴まで掲載されている。十八年間勤務。過去に重大事故なし。それでも最後の一行には。


『飲酒の有無について当局が調査中』


ミアは腕を組んだ。


「本人は反論できないのに」


エレナは新聞を畳む。


「だから私たちが事実を調べます」


「名誉を守るために?」


「事故原因を間違えないためにです」


ミアが少し黙る。


「でも結果的に、名誉も守れますよね」


「事実がそうなら」


そこへグレンが入ってきた。


「整備記録、来たぞ」


机へ分厚い帳簿を置く。魔導郵便馬車の点検履歴。エレナたちは確認を始めた。車輪。操舵。制動装置。魔力源。制御器。防水処理。


「ここです」


ミアが指差す。


「防水材の再施工予定、半年前」


実施欄は空白。


「延期されていますね」


エレナが言う。


「理由は?」


「運行車両不足のため、次回定期整備へ延期」


グレンが眉を寄せる。


「半年引っ張ったのか」


「防水材が古いだけで、ブレーキが消えるんですか?」


ミアが尋ねる。


「普通なら消えない」


セオが答えながら入ってきた。


「制御器を分解しました」


机へ小さな金属部品を置く。


「雨水の侵入痕があります。ただし水が入っただけなら、この制御器は作動する設計です」


「防水不良だけでは原因にならない?」


エレナが尋ねる。


「はい」


王宮事故と似ている。怪しいものは見つかる。だが、それだけでは事故を再現できない。


「魔力源は三年前に交換されています」


エレナが言う。


「新型高出力魔晶石ですね」


セオが頷く。


「ただし同型車両は他にもあります」


「事故は?」


「ありません」


ミアがため息をつく。


「また組み合わせですか?」


エレナは答えなかった。まだ早い。そのとき、グレンが事故車両の制御器を持ち上げる。


「これ、古いな」


「馬車自体は十二年前です」


「いや、制御器はもっと古い」


グレンが裏面を見せる。擦れた刻印。だが読める。ARCANA。ミアの顔が変わった。


「また……」


エレナも刻印を見る。王宮の固定具と制御器。新築邸宅の安全弁。そして今回の馬車。


「三件目です」


ミアが言う。


「はい」


「偶然ですか?」


「分かりません」


「でも三件ですよ」


「三件だからこそ、慎重にします」


ARCANAが事故原因だと決めれば、すべてが簡単になる。古い会社。古い部品。事故現場に共通して存在する。読者が欲しがる答えとしては十分すぎるほどだ。だからこそ危険だった。


「ARCANA部品のない同型馬車も調べます」


エレナが言う。


「比較するんですね」


「はい」


「同じ事故が起きてない方も?」


「事故が起きなかった理由も、事故調査には必要です」


ミアが頷く。そして新聞をもう一度見る。


「御者さんのことも、早く分かるといいですね」


エレナは記事に印刷された名前を見る。ダニエル・ロウ。死亡者一名。事故記録では、それだけになってしまう。だが彼は事故直前にブレーキを踏んでいた。


「少なくとも」


エレナは言う。


「彼が何もしなかったわけではありません」


死者は反論できない。だから現場に残った証拠が代わりに話す。それを勝手な物語で上書きしてはいけない。



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