第15話 誰も間違えていなかった事故
一家四人が退院したのは、それから五日後だった。後遺症はない。エレナは最終確認のため、再び邸宅を訪れた。玄関を開けると、母親が出迎えた。
「クロフォード調査官」
「お身体は?」
「もう大丈夫です。子どもたちも」
「それはよかったです」
母親は少し躊躇した。
「暖房器を使った私たちが悪かったのでしょうか」
エレナは首を振る。
「いいえ」
「でも、使わなければ事故は起きなかった」
「冬ですから」
「それでも」
母親は視線を落とす。
「娘が一番ひどかったんです。私が夜中まで暖房をつけていたから」
エレナは少し考えた。事故原因を説明するとき、どこまで言うべきか。事実だけなら簡単だ。だが事故に遭った人間は、原因が分かるまで自分の行動を何度も振り返る。あのとき窓を開けていれば。暖房を消していれば。もっと早く気づいていれば。結果を知った後なら、いくらでも正しい行動を思いつける。
「あなたは、説明書通りに暖房器を使用していました」
エレナが言う。
「はい」
「住宅も、定められた基準通りに建てられていました」
「……はい」
「今回の事故は、それぞれが想定していなかった条件が重なって起きています」
母親がエレナを見る。
「誰かが決まりを破ったから起きた事故ではありません」
「では、どうすればよかったんでしょう」
「事故の前に、ですか?」
「はい」
エレナは少しだけ黙った。
「難しかったと思います」
母親の表情が揺れる。
「分からなかった危険を、知らなかったあなたに避けろとは言えません」
しばらくして、母親が息を吐いた。
「ありがとうございます」
エレナは軽く頭を下げた。屋敷ではすでに改修が始まっていた。各寝室に排気導路。残留魔力濃度を検知する警報器。一定濃度を超えれば、暖房器を自動停止する遮断術式。事故調査局から出した暫定勧告を受け、新築住宅にも同様の対策が広がり始めている。外へ出ると、レオンが門の前にいた。
「また会いましたね」
エレナが言う。
「救助記録の最終確認だ」
「今回は救助隊の出番は少なかったでしょう」
「それは悪いことか?」
「いいえ」
レオンは工事中の窓を見る。
「原因は家だったと聞いた」
「正確には違います」
「そう言うと思った」
エレナが彼を見る。
「学習しましたね」
「暖房器も正常。家も正常。だが組み合わせたら危険だった」
「はい」
「面倒だな」
「事故はだいたい面倒です」
二人で少しだけ歩く。冬の王都。通りには魔導暖房器を売る店が並んでいる。向かいでは新築住宅の広告が掲げられていた。暖かい家。静かな家。魔力効率の良い家。どれも悪いものではない。むしろ人々の暮らしを良くするための技術だ。
「便利になるほど事故も増えるのか?」
レオンが尋ねた。
「そうとは限りません」
「なら?」
「便利になる速度と、安全を考える速度が同じなら」
「今は違う?」
エレナは街を見る。新しい魔導具。新しい住宅。新しい交通網。王国は急速に変わっている。
「少し、安全の方が遅いのかもしれません」
レオンは何も言わなかった。その日の夜。事故調査局。ミアは今回の事故資料を保管箱へ入れていた。
「これ、どこに置けばいいです?」
「住宅設備事故の棚へ」
「暖房器事故じゃなくて?」
「住宅環境との複合事故です」
「また長い」
エレナは報告書へ署名する。王宮のシャンデリア。新築邸宅。原因は違う。事故の種類も違う。だが。どちらにも同じ特徴があった。古い技術と新しい技術。あるいは、従来の前提と、新しい環境。それらの間に生まれた隙間。そして。エレナの視線が、資料棚の一角へ止まる。
今回回収した暖房器の安全弁。その製造刻印。ARCANA。王宮事故ほど重要な部品ではない。今回の事故原因でもない。二十年以上前の部品が、修理されながら使われ続けていただけ。それでも。二件続いた。偶然なら、それでいい。エレナは記録票へ小さく書き込んだ。ARCANA製部品使用あり。それ以上は何もしなかった。
まだ二件。関連を疑うには少なすぎる。事故調査官は、都合のいい物語を作ってはいけない。そう自分に言い聞かせる。
翌朝。王立魔導事故調査局へ、緊急連絡が入った。王都西街道。魔導郵便馬車が橋から転落。御者一名死亡。乗客複数名負傷。現場からは、酒瓶が見つかった。
「飲酒運転でしょうか」
ミアが報告書を見て言った。エレナは上着を取る。
「それを確かめに行きます」
三件目の事故調査が始まった。




