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第12話 正常だったからこそ


翌日。事故調査局の会議室には、二種類の資料が並んでいた。暖房器の設計書。そして邸宅の建築図面。エレナはまず暖房器側の資料を確認する。製造元は王都で広く使われている老舗メーカー。同型機は過去十年で一万台以上販売されている。


「同じ事故の報告は?」


エレナが尋ねる。


「ありません」


ミアが記録を確認する。


「軽い体調不良まで含めても、特に」


「なら、暖房器単体の欠陥説は弱いですね」


セオが言う。


「昨日からそう思っています」


「なら何を探しているんです?」


エレナは建築図面を見る。


「違いです」


「違い?」


「事故が起きた家と、起きていない家の」


ミアが机へ身を乗り出す。


「この家だけ特別ってことですか?」


「少なくとも、何か条件が違います」


建築図面には、最新の住宅技術が並んでいた。高断熱術式。外気遮断。防音結界。湿度保持。冬場の熱損失を最小化するための構造。


「すごいですね」


ミアが感心する。


「暖かそう」


「でしょうね」


「エレナさん、寒いの苦手ですもんね」


「今それは関係ありません」


グレンが図面を覗き込む。


「こりゃ隙間がねえな」


「やはり?」


「ああ。昔の家なら窓枠も扉も、多少は空気が抜ける。これはほとんど密閉箱だ」


セオが眉を寄せる。


「暖房器は燃焼しませんよ」


「分かっています」


魔導暖房器は火を直接燃やすわけではない。だから煙も出ない。一酸化炭素のようなものも発生しない。少なくとも、従来はそう考えられている。


「でも」


ミアが言う。


「何か出ているんですか?」


誰もすぐには答えなかった。エレナは暖房器の仕様書をめくる。熱交換部。魔力導路。排熱。そして小さな注記。長時間稼働時、術式変換部から微量の残留魔力を放出することがある。人体への影響なし。通常環境下では自然拡散するため問題なし。


「これです」


エレナが指を止めた。セオが覗き込む。


「残留魔力?」


「はい」


「人体影響なしって書いてありますよ」


ミアが言う。


「通常環境下では」


エレナが答えた。エレンが建築図面を見る。そして暖房器の仕様書を見る。


「つまり、この家は通常環境じゃねえ」


エレナは頷いた。残留魔力は、ごく微量。従来の家では自然に外へ逃げる。窓枠。扉の隙間。換気口。古い住宅は、意図せず空気を入れ替えていた。だが新築邸宅には、それがない。


「仮説を立てます」


エレナは紙へ書く。暖房器から排出される微量の残留魔力。高気密住宅。長時間使用。蓄積。そして人体への影響。


「でも」


ミアが言う。


「それなら暖房器の近くにいた人が一番重くなるんじゃないですか?」


「そうですね」


そこがまだ合わない。一家で最も症状が重かった長女は、暖房器から最も遠かった。


「残留魔力が部屋ごとに同じ濃度なら、滞在時間とか?」


セオが言う。


「長女だけ寝る時間が長かった?」


ミアが記録を確認する。


「逆です。一番遅くまで起きていました」


「なら違う」


エレナは考える。部屋の位置。二階。長女の部屋は廊下の一番奥。追加防音術式。窓の気密も最も高い。そして。エレナは図面を指した。


「この部屋だけ、空気が逃げる場所がありません」


他の寝室には、古い暖炉跡を利用した小さな排気導路が残っている。長女の部屋にはない。改築時、防音性能を高めるため完全に塞がれていた。


「暖房器から遠かったから重症になったんじゃない」


ミアが呟く。


「空気が入れ替わらなかったから?」


「その可能性があります」


エレナは資料を閉じた。


「再現します」


セオが嫌そうな顔をした。


「また地下ですか」


「事故調査局に再現試験室がある理由を忘れました?」


「眠れない理由なら覚えています」


エレナは立ち上がった。


「今回は人間を入れませんから安心してください」


「そこは心配してません」



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