第10話 壊れなかったものに、名前は残らない
王宮シャンデリア落下事故。事故調査局の最終報告書は、二十七ページになった。直接原因。固定金具の疲労破断。その疲労を加速させたのは、周期的な微細振動。振動を生じさせたのは、新型高出力光晶石とARCANA製旧型制御器との特定条件下における魔力共鳴。さらに、旧規格と新規格を組み合わせる際、互換性を確認する制度が存在しなかった。
エレナは最後の一文を書き込む
”同型設備について互換性確認を実施し、安全性が確認されるまで高負荷運転を停止することを勧告する”
「終わりました?」
ミアが机の向こうから覗き込む。
「一件は」
「一件?」
「事故はなくならないので」
「夢がないですね」
「事故調査官に何を求めているんですか」
ミアが笑った。机の隅には、回収された固定金具が置かれている。ARCANA。エレナはその刻印を指でなぞった。二十年前に消えた会社。それ自体に欠陥があったわけではない。少なくとも、今回の事故については。
「エレナさん?」
「何でもありません」
金具を証拠箱へ戻した。その日の夕方。事故調査局を出ると、入口にレオンがいた。
「どうしたんですか?」
「報告書が出たと聞いた」
「早いですね」
「王宮の事故だからな」
レオンは紙袋を差し出した。
「何です?」
「中央劇場から」
中には焼き菓子が入っていた。
「事故を防いでくれた礼だそうだ」
「救助隊へ?」
「事故調査局へ」
エレナは袋を見る。
「珍しいですね」
「何が」
「事故が起きなかったことを感謝されるのは」
レオンは少し黙った。
「俺も最初は分からなかった」
「何を?」
「あなたたちが何をしているのか」
エレナは彼を見る。
「今は?」
「少し分かった」
それだけ言って、レオンは歩き出した。
「アルヴァレス隊長」
振り返る。
「ありがとうございました」
「劇場の菓子だ」
「それではなく」
王宮で。証拠を動かした。腹も立った。しかし、彼が人命を優先しなければ、あの給仕係は助からなかったかもしれない。
「救助のことです」
レオンは一瞬だけエレナを見た。
「あれは俺の仕事だ」
「はい」
エレナは答えた。
「私も、自分の仕事をしただけです」
レオンが笑った。
「似た者同士かもしれないな」
「それは困ります」
「なぜ?」
「面倒な人が二人になります」
今度はレオンが声を出して笑った。彼と別れ、エレナは帰路につく。王都には、夕暮れが訪れていた。街路を照らす魔導灯が、一つ。また一つ。点灯していく。その光の下を、人々が何も知らずに歩いている。それでいい。安全とは、本来そういうものなのだろう。誰も事故を意識せずに暮らせること。エレナはそう思った。
――三日後。
王立魔導事故調査局へ、新しい事故の報告が届いた。王都北区。完成したばかりの貴族邸宅。一家四人が、就寝中に相次いで意識を失った。使用されていた暖房用魔導器は正常。故障の記録もない。そして、家族の中で最も症状が重かったのは。暖房器のすぐそばで眠っていた人物ではなかった。
「……おかしいですね」
報告書を読んだミアが呟く。エレナは上着を手に取った。
「行きましょう」
「もうですか?」
「正常な魔導具で人が倒れたのなら」
扉を開ける。
「次は、壊れていないものを調べます」




