第18話 『遭遇』
爆発現場は、この世の地獄を切り取ったような惨状だった。
空を覆い尽くす黒煙は夕焼けのオレンジを無残に塗り潰し、炎に包まれたビルは断末魔のように轟音を響かせて崩壊を繰り返している。砕け散ったガラス片が降り注ぐアスファルトの上では、助けを求める悲鳴と、火災の爆ぜる音が絶え間なく重なり、街は完全なる混乱の渦中にあった。
「救急班、こちらだ!まだ生存者がいる!」
「ダメだ、梁が落ちてくるぞ!下がれ!」
「担架!誰か担架を持ってこい!」
怒号、悲鳴、サイレンの喧騒。あらゆる音が混ざり合い、思考を麻痺させるほどの激流となって現場を支配している。そんな極限の状況下にあっても、特災府の隊員たちは決して足を止めなかった。己の命など二の次と言わんばかりに、彼らは崩れかけた瓦礫の山に飛び込み、炎を掻き分け、一つでも多くの命を拾い上げようと必死に足掻いている。
「こっちは救出完了!搬送します!」
朝比奈英希は、腕の中で激しく泣きじゃくる幼い少女を、安堵の涙を流す母親へと引き渡した。母親は何度も何度も蓮に頭を下げ、震える手で娘を抱き締めている。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます!」
英希は軽く会釈を返すと、すぐに背を向けた。立ち止まっている暇などない。瓦礫の奥には、まだ助けを待つ誰かが必ずいる。英雄になるために、人を守るためにここへ来た。その誓いを守るためだけに、彼は再び灼熱の闇へと走り出す。
「朝比奈!」
背後から相沢の鋭い声が飛ぶ。
「北西側の崩落が激しい!救助班が孤立している、至急合流して支援しろ!」
「了解!」
英希は迷わず駆け出した。かつて相沢に投げかけられた「市民を守ることだ」という言葉が脳裏を過ぎる。今、目の前にあるのは、組織の理屈でも政治的な判断でもない。ただ、「助けを求める人々」という冷厳な事実だけだ。英希の心の中で、揺れ動いていた信念が、炎の熱と共に一つの形へと固まりつつあった。
その頃、現場北西側の規制線付近では——
瀬崎柊弥は、黒山の人だかりに紛れながら、目の前で繰り広げられる惨状をただ呆然と見つめていた。
「……すげぇ」
テレビの向こうで流れていた「能力犯罪」という文字。それが今、現実という物理的な質量を持って彼を圧倒している。崩れ落ちるコンクリートの残骸、空を焦がす炎の柱、そして火の中に飛び込んでいく特災府の隊員たち。全てが異様で、全てが残酷で、そして何よりも恐ろしい。
柊弥のすぐ傍らで、副官が静かに現場を見据えている。その立ち姿は家にいた時までの穏やかな随伴者とは全く異なるものだった。獲物を狙う軍人のような研ぎ澄まされた緊張感。彼からは、炎の熱さをも凌駕するような、張り詰めた殺気と警戒心が溢れ出している。
「……おい、わんころ」
柊弥は小さく声を掛けた。
「お前も、行きたいのか?……勝手に行くなよ」
返事はない。副官は炎の向こう側、煙の渦の中にある「何か」を鋭く見つめ続けている。柊弥は、彼が自分を護るだけの存在ではないことを本能的に悟った。彼は、戦うための存在なのだ。
その頃、瓦礫の下を捜索していた朝比奈英希の身体に、突然、奇妙な悪寒が走った。
「……ッ!」
索敵能力が警告を発している。未登録の能力反応だ。それも、これまでに感じたことがないほど強く、鮮明な反応だった。
英希は思わず顔を上げ、周囲を見渡した。
「どうした、朝比奈!集中しろ!」
「はい……!」
英希の眉が深くなる。反応がある。確かにここにある。だが、おかしい。
「……二つ?」
英希は困惑した。能力反応は確かに二つの異なる波長を描いている。しかし、そこにいる人間の気配は一人分しかない。一つは生々しい「人間」の波長、もう一つは……もっと古く、鋼のように硬質で、異質な「何者か」の波長。
経験したことのない、不気味なシンクロ。
英希は反応の源を追うように、ゆっくりと規制線の外側へと視線を移した。
群衆の中、一人だけ異様な空気感を纏う青年が立っている。スーツ姿で、呆然と現場を見つめている男。そして、その隣に立つ、異様な軍服の男。
群衆の誰もがその軍服の男を認識していないように見えた。しかし、朝比奈には、彼の影が、彼が纏う深い闇が、くっきりと視界に映り込んでいた。
「……あれは」
英希は思わず息を呑む。
あの能力反応は、一体何なんだ。
スーツの青年もまた、ふとこちらを向いた。二人の視線が、炎と瓦礫の狭間で、初めて交差する。
——その瞬間だった。
ドォォォンッ!!
再び大規模な爆発が起きる。炎柱が夜空を突き刺し、衝撃波が地面を叩く。
「くっ……!」
英希は反射的に腕で顔を庇い、吹き荒れる爆風に耐える。周囲の野次馬たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、英希は強引に視界を確保した。
「全員下がれ!爆発能力者が近くにいるぞ!」
相沢の怒号が響く。英希は、炎の明滅する中で、もう一度だけ規制線の外を見た。
そこにはまだ、スーツの青年と、その隣に静かに立つ軍服の男がいた。
あの二つ目の能力反応。あれは、あの異形の存在が発しているものなのか。
英希の胸に、新たな疑問と強烈な予感が芽生える。英希は、相沢が呼ぶ救援の最前線へと、再び炎の渦の中へ駆け出した。問いを抱えたまま、この地獄を鎮めるために。




