EP 10
瀬戸内の海賊要塞と、三つ巴の冷戦(第二章完)
「……関東の難民どもは放っておけ。インフレで狂った群れなど、もはや軍隊でも労働力でもない。ただの『獣』だ」
燃え上がる関東平野を背に、織田信長は吐き捨てるように言った。
ハイパーインフレによる暴動で、愛知が築き上げた巨大な農業プラント群は完全に機能停止した。ポイントという虚構の信用をハックした黒田官兵衛の「経済テロ」は、見事に信長の兵站網を内側から食い破ったのだ。
「家康! 関東から東海へ続く道程の橋を全て落とし、バリケードを築け! 狂った難民どもが愛知本国へ流れ込まぬよう、水際で防ぐのだ!」
「ははっ! 殿は、いかがなされるおつもりで!?」
ハイラックスの助手席から身を乗り出す信長の瞳には、静かだが、底知れぬ怒りの業火が渦巻いていた。
「決まっている。これ以上、コソコソとした内政も盤面外の騙し合いも無用だ。残存する全火力と潜水艦隊を瀬戸内海へ集結させろ。陸と海から、官兵衛の首を物理的にねじ切る」
魔王が、ついに力による強行突破を決断した。
愛知・三菱重工の残存火力と、日本海から瀬戸内海へと回り込んだ潜水艦隊が、中国地方の南岸をかすめるように西――九州へと猛進を開始する。
一方、福岡の地下司令部。
黒田官兵衛は、信長が一切の防御を捨てて「全ツッパ」で九州へ向かってきているという報告を受け、冷酷に笑っていた。
「やはりな。誇り高き第六天魔王が、コケにされたまま黙っているはずがなかった。……だが、遅い」
官兵衛は、玄界灘から関門海峡にかけての海域図をモニターに表示させた。
「すでに我が軍のサイバー防衛網は再構築済みだ。さらに、信長の怒りを利用し、奴の戦力を『海』に引きずり出すことこそが俺の真の狙い。来い、信長。九州の工業力を結集して関門海峡に沈めた『機雷の海』と、対潜哨戒機による絶対防衛の檻で、貴様の艦隊を海の藻屑にしてやる」
天才軍師と、覇王。
互いの殺意が最高潮に達し、瀬戸内海と関門海峡を舞台にした「令和の総力戦」が始まろうとしていた。
――だが、両者はまだ気づいていなかった。
この日本という盤面において、海を支配しているのは愛知の潜水艦でも、九州の哨戒機でもないということに。
愛知の潜水艦隊が、広島県沖(安芸灘)を抜け、いよいよ九州の喉元へ迫ろうとしたその時である。
『……ソナーに異常な反応! 前方の海域に、巨大な壁! いや、これは……島!?』
愛知軍のたいげい型潜水艦の艦長が、ソナーの激しい乱高下を見て絶叫した。
「馬鹿な、海図にそんな島はないぞ! 浮上して潜望鏡で確認しろ!」
ザバァァァンッ!
瀬戸内海に浮上した潜水艦のレンズ越しに、信長麾下の乗組員たちが見たものは、現代の常識を根底から覆す「異形の光景」だった。
それは、島ではなかった。
数万トン級の巨大なタンカーやコンテナ船、さらには海上自衛隊の退役護衛艦など、大小数百隻の船舶が、極太のワイヤーと溶接によって強引に繋ぎ合わされた、巨大な『メガフロート(海上浮体要塞)』であった。
「な、なんだあれは……!? 船を繋ぎ合わせて、海の上に城を作っているだと!?」
要塞の甲板には、無数のクレーンが立ち並び、対艦ミサイルやファランクス(近接防空火器)がハリネズミのように装備されている。
『――そこまでだ、中央の魔王。そして、西の軍師よ。この瀬戸内の海を、お前たちの血で汚すことは許さん』
突如、信長と官兵衛、両陣営の軍事通信ネットワークに、荒々しい男の声が割り込んできた。
「何者だ!?」
作戦本部で信長が吼える。
『俺か? 俺は四国の長宗我部元親だ』
メガフロート要塞の最上部。
潮風を全身に受けながら、眼帯をした精悍な男――長宗我部元親が、不敵な笑みを浮かべて海原を見下ろしていた。
「愛知(トヨタ・三菱)の技術力が日本一だとでも思っていたか? 笑わせるな。こと『海』に関していえば、国内最大の造船規模を誇る今治造船を擁する『四国』こそが最強だ」
元親の言う通りだった。
愛媛県や香川県に集積する、世界有数の造船所群。四国は信長と官兵衛が争っている間、その莫大な造船リソースをフル稼働させ、四国周辺の海域を完全に封鎖するための「移動する海上要塞(海賊艦隊)」を建造していたのだ。
「海路は全て、我ら四国艦隊が封鎖した! 信長の潜水艦も、官兵衛の輸送船も、この要塞の絶対火力の前には一歩も通さん! 瀬戸内海は、これより完全なる『鎖海』とする!」
愛知の作戦本部で、信長がギリッと奥歯を噛み鳴らす。
福岡の地下司令部で、官兵衛が舌打ちをする。
陸の「伊達」、謀略の「官兵衛」、そして、海を物理的に封鎖した「長宗我部」。
現代兵器と知略の限りを尽くした戦いは、四国の海賊王の乱入によって、完全に互いの首を絞め合う『三つ巴の冷戦』へと突入した。
誰かが動けば、誰かが背後を突く。
盤面は極限の緊張状態のまま、戦いの舞台は泥沼の第三章へと持ち越されるのであった




