EP 9
天才軍師の『錬金術』と、弾け飛んだ欲望
「……伊達の雪将軍が、関東のコンクリートジャングルで敗れたか。だが、よくやってくれた。信長の目が『物理的な防衛』に釘付けになっているこの瞬間こそが、唯一の隙だ」
福岡市、西部方面隊・地下司令部。
黒田官兵衛は、モニターに映る関東平野での激戦の残骸を一瞥すると、傍らに控えるサイバー防衛隊の隊長に冷酷な視線を向けた。
「準備はできているな?」
「はっ。愛知の『天下布武・労働マイレージ』アプリを管理するクラウドサーバー群への侵入経路、すでに確保しております。いつでも『破壊』可能です」
「破壊など三流のすることだ。人間が最も絶望するのは、システムが止まった時ではない。信じていた『価値』が紙屑になった時だ」
官兵衛は、キーボードのエンターキーに指を置いた。
「信長よ。数百万人の胃袋を、実体のない『電子の数字』で誤魔化し、過労死寸前まで働かせるその手腕、見事であった。だが……その数字の価値を保証している『信用』が弾け飛べば、どうなるかな?」
カチャリ、と。
静かな音が地下室に響いた直後、官兵衛の放った『極上の毒』が、愛知のネットワークへ向けて放たれた。
同時刻。愛知県、作戦本部。
伊達の戦車部隊を撃破し、勝利の余韻に浸っていた信長と藤吉の耳に、突如としてけたたましいエラー音が鳴り響いた。
「な、なんッスか!? サーバーが攻撃されてる!?」
タブレットを覗き込んだ藤吉の顔が、一瞬にして青ざめる。
「藤吉、何事だ。官兵衛がシステムをダウンさせたか?」
信長の問いに、藤吉はガタガタと震えながら首を振った。
「ち、違います! アプリは正常に動いてる……動いてるんですが……!! 難民たちの端末に入っている『労働ポイント』のデータが、外部からの不正アクセスで……全ユーザー一律で『1万倍』に書き換えられています!!」
「……何だと?」
それは、一見するとサイバー攻撃にしては地味なものだった。
しかし、藤吉が構築した「報酬システム」の根幹を理解している者にとっては、背筋が凍るほどの致命傷だった。
関東の農業プラント建設現場。
泥まみれになって鉄骨を運んでいた元・一級建築士のスマートフォンがピロリンと鳴る。
画面を見た彼の目が、信じられないものを見るように見開かれた。
『現在の所持ポイント:99,999,999 pt (SSR・カツカレー 10,000杯分)』
「……え?」
「おい、俺のスマホもだ! ポイントが無限にあるぞ!」
「やった……! やったぞおおおッ!! もう働かなくていい! カツカレーが食える! 白米が死ぬほど食えるぞォォッ!!」
数百万人の難民たちが、次々と工具を放り投げ、配給所へと狂乱状態で殺到し始めた。
愛知の作戦本部では、藤吉が頭を抱えて絶叫していた。
「終わった……!! 『ハイパーインフレ』ッス!! 官兵衛の野郎、わざとポイントを無限増殖させて、通貨の価値をぶっ壊しやがった!!」
愛知の食糧備蓄には限界がある。「必死に働いた一部の人間」にだけSSR報酬を出すからこそ、ギリギリでシステムが回っていたのだ。
だが今、数百万人が「正当な権利」を主張してカツカレーを要求してきている。当然、そんな量の食料はない。
「配給所に群がった難民どもが、ポイントと引き換えに飯を出せと暴動を起こしています! 『詐欺だ!』『ふざけるな、飯を寄越せ!』と、プラントの施設を破壊し始めました!」
鬼又1佐が血相を変えて飛び込んでくる。
「ハイラックスの機関銃で威嚇射撃をしろ!」
「駄目です! 暴徒の数が多すぎます! 数百万の群れを本気で撃ち殺せば、我々の『労働力』そのものが消滅してしまいます!」
将棋において、相手の駒を奪うのではなく、「駒そのものを盤面から逃げ出させる」盤面外戦術。
武力で押さえつけていたわけではないがゆえに、一度「騙されていた」と気づいた現代人の怒りは、どんな戦車部隊よりも恐ろしい破壊力を持って愛知のインフラを食い荒らしていく。
「……く、ふっ……はははは!!」
パニックに陥る司令部の中で、織田信長だけが、怒るでもなく、愉快そうに嗤っていた。
「見事だ、黒田官兵衛! 兵糧攻めでもなく、物理破壊でもなく、『貨幣の信用不安』で国を内部崩壊させるとは! 現代の錬金術、いや、呪術だな!」
信長は、燃え上がり始めた関東の監視モニターを見つめながら、腰の刀に手をかけた。
「だが、これでハッキリしたぞ。西のネズミは、もはや手段を選ばぬほど俺を恐れているということだ。これ以上の内政は無用! 残った全戦力を以て、西の檻(九州)を物理的にこじ開けるぞ!」
欲望をハックして作り上げたブラック要塞は、欲望の暴走によって一瞬にして崩壊した。
怒れる魔王の刃は、ついに西の天才軍師の首元へと真っ直ぐに向けられたのである。




