第三章アナログの逆襲と狂乱の海〜沈みゆくメガフロート要塞〜 『アナログの逆襲と狂乱の海〜沈みゆくメガフロート要塞〜』
鉄の島の種明かしと、海賊の兵站
瀬戸内海、燧灘。
穏やかなはずの海の上に、巨大な影が落ちていた。
「おい! 3番ブロックの溶接が甘いぞ! 潮のうねりでワイヤーが軋んでる! 今治組、もっと鉄板を噛ませろ!」
「うるせえ! 丸亀組こそ、太陽光パネルの配線さっさと終わらせろ! 蓄電池の残量が切れるぞ!」
怒号と火花が飛び交う巨大な甲板。
タンカー、コンテナ船、フェリー、さらには退役した海上自衛隊の護衛艦。大小数百隻の船が、極太の鋼鉄ワイヤーと分厚い鉄板の溶接によって、強引に繋ぎ合わされている。
総延長数キロに及ぶ、狂気の『海上浮体要塞』。
その中央にそびえるブリッジ(旧型タンカーの操舵室)で、四国の覇者・長宗我部元親は、眼下に広がる造船工員たちの泥臭い働きぶりを見下ろし、満足げに笑っていた。
「……見ろ。愛知の魔王も、九州の天才軍師も、我が『四国海賊艦隊』の威容に完全にビビッて動きを止めやがった」
元親の傍らに立つ副官が、双眼鏡を下ろしながら尋ねる。
「御館様。しかし、よろしいのですか? 敵は完全に誤解しておりますぞ」
「ああ。奴らはこの要塞を見て、『どれだけ莫大な燃料を消費しているんだ』と勝手に震え上がっているだろうからな」
元親は、ブリッジの窓枠に足を乗せ、ニヤリと笑った。
「馬鹿め。こんなバカでかい鉄の塊、ガスタービンやディーゼルエンジンで動かそうとしたら、四国の備蓄燃料なんて三日で空になるわ」
長宗我部元親の最大の強み。それは、彼自身が四国の巨大造船業――今治造船などを頂点とする海事産業の『職人のリアル』を完全に理解していることだった。
「いいか。この要塞のエンジンは『ゼロ』だ。自力航行能力など一切ない。我々はただ、瀬戸内海の複雑な『潮の満ち引き』と『海流』に乗って漂流し、巨大な錨で位置を固定しているだけだ」
海を知り尽くした四国の男たちだからこそ成せる、究極のエコ機動。
エンジンを回すのではなく、自然の潮流という莫大なエネルギーをそのまま推進力として利用する、まさに海賊の帆船と同じ理屈であった。
「電力はどうだ?」
「はっ。甲板の空きスペースに敷き詰めた『メガソーラー』と、要塞の真下に吊るした『海流発電タービン』により、レーダーと最低限の防空兵器を稼働させる電力は100%自給できております。四国は日照時間が長く、瀬戸内の潮流は速いですからな」
「上等だ」
元親は、ブリッジに所狭しと張り巡らされた「黒い電話線」の束を愛おしそうに撫でた。
「西の黒田官兵衛は、サイバー攻撃だの情報戦だと粋がっているらしいが……俺たちの要塞には『無線LAN』も『クラウド』もねえ。ブロック間の連絡は、この有線ダイヤル式電話と、伝声管。あとは甲板に立つ旗振り役の『手旗信号』だ。ハッキングしたきゃ、直接この船に乗り込んで電線をハサミで切るしかねえぞ」
最新鋭の電子機器に依存した現代の軍隊にとって、このアナログの極致は、逆に「絶対にハッキングできない最強のセキュリティ」となっていた。
「……だが御館様。この要塞の弱点は、その『突貫工事』です」
副官が、軋む足元を不安げに見下ろした。
「船と船をワイヤーと溶接で強引に繋いだだけ。少しでも想定外の『横波』や『ねじれ』を受ければ、接合部が破断し、真っ二つに割れます」
「分かっている。だからこそ、瀬戸内海という『波の穏やかな内海』から一歩も出る気はないのだ。ここなら、巨大な波は発生せん」
元親は、腰の太刀を引き抜き、海の向こう――東の愛知、西の九州の方向を力強く指し示した。
「現代の兵器のカタログスペックに酔いしれた頭でっかちの坊ちゃん共に、本物の『海の戦』を教えてやる。来い、魔王! そして軍師! アナログと潮の力で、貴様らのハイテク艦隊を海の底へ引きずり込んでやるわ!」
潮風に吹かれ、四国の海賊旗がはためく。
絶対的な兵站の矛盾を「自然の力とアナログの泥臭さ」でねじ伏せた狂気の要塞が、二人の天才を呑み込もうとしていた。




