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リセット

 夢中で抱き合ったあと、蓮はすやすやと規則正しい寝息を立てる由依を抱きしめる。まるで、彼女を現実に繋ぎ止めようとしているかのように。蓮の全てを持って、思いが溢れて苦しくなるほど、彼の全てを賭けて抱きしめても、彼女は応えてくれることはない。


 彼女はまた旅立ってしまったのだろうか。


 蓮は泣きたくなるのを必死で堪えながら、彼女を自身の腕の中から解放すると、自身のベッドにそっと横たえる。一人暮らしには広すぎる、ダブルサイズのベッドは彼女がそこで眠っていることを喜んでいるようだ。

 折れてしまいそうなほど華奢な身体。初めて会った時から明らかに細くなった肩が痛々しく、彼女を守りきれない自身の不甲斐なさを目の当たりにする。着ていた上着を彼女の身体にかけ、彼女の白い頬に残った涙の後をそっと撫でる。

 ぎしっと歯の軋む音がして、無意識のうちに歯を噛み締めて、声を押し殺していたことに気づく。自分が思うよりも相当こたえていたようだ。蓮は自分にその権利はあるのだろうか、と自傷気味に自分を嘲笑う。

 決して、傷付いてはいけない。

 そんな権利などないのだから、と自らを叱咤しながらよろよろと寝室から逃げ出し、重い扉をゆっくりと閉めた。

 このまま、厳重な鳥籠に宝物を仕舞い込んで、その命ある限り、温室で見守っていた方が良かったのではないだろうか…そんな甘い誘惑が蓮を嘲笑うかのように纏わりつく。そんな甘えた思考がまだ残っていたとは、と蓮は自らの愚かさに低く笑う。喉の震えはもう止まっていた。

 冷えた指先でポケットからスマホを取り出すと、着信履歴に並ぶとある連絡先の表示をタップする。

 スマホから響く無機質な音が、冷えた感情を心の奥底へと押し固めて、自身さえも感情のない機械のような存在に変容させていくようで、ベルの音を耳の表面で受け流した。そして、一度、低く咳払いをする。

 大丈夫、いつもの自分の声だ。

 朝早くにもかかわらず、呼び出し相手はすぐに気づいてくれたようだ。呼び出し音はすぐに途切れ、少し掠れた女性の声が、もしもし、蓮くん?と、電話の主へ呼びかける。

 できるだけ声に感情をこめずに冷静を装って、すみません、と電話相手に謝ると、相手はいつもと変わらないひどく申し訳なさそうな声で、ごめんなさいね、と聞きなれた言葉を口にした。


『いつも本当に……蓮くんには迷惑ばかりかけて……』


「いえ…俺は由依さんといられるだけで幸せですから……いつも由依さんにも、皆さんにも無理をさせてしまってすみません」


『そんな……蓮くん、あなたが心配だわ。こんなことを言える立場じゃないけど、どうか無理はしないでね。私たちは大丈夫だから。』


「……ありがとうございます」


 震える喉を手で抑える。だめだ、出てくるな。弱い自分を見せてはいけない、自分がみんなを振り回しているのだから。


「あの、30分後には到着できると思います」


 揺れる感情を気付かれたくなくて、そう口早に告げる。相手も蓮のそんな感情を理解しているのか、蓮の反応に何か言うわけでもなく、変わらない穏やかな声で、


『わかったわ、待ってるわね』


と告げると、プツリと通話が切れた。

 電話相手との通信が切れたことを知らせる無機質な音が高鳴る感情を鎮火させていく。少しずつ、冷静な自分が現れてくることとに、蓮はいくばくか安堵した。

 いつもと変わらないやり取りのはずなのに、一向に慣れないな、と蓮は己の未熟さに小さく笑う。そして、そのまま力尽きたようにずるずると扉に体重を預けながらしゃがみ込んだ。


 重い頭を扉へ預けると、テーブルに置かれている写真と目が合う。


 由依は見たはずなのだ、この写真を。

 やるせない思いをどこにもぶつけられず、蓮は大きくため息をつくと、現実を遮断するかのようにその写真を伏せた。

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