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告白

 嘘つき呼ばわりされ羽澄と距離を取られてしまうかもしれない。言わなきゃ良かったと後悔する可能性もあるだろう。今の関係が崩れるのは嫌だ、そう思うくらいに由依は羽澄のことを好いている。でも…、それでも、由依が傷つくのを恐れて誤魔化して、そのせいで彼が傷つくなんてことは絶対にあってはならない。


 それに彼なら、羽澄なら、信じてくれるかもしれない……。


 期待に胸が震える。誰にも言えなかった自分を知ってほしい、受け入れてほしいという身勝手な欲望が湧き上がる。


「あのね、羽澄くんは何にも悪くないの。体調も良かったし、すごく楽しかった。ただ、これは私の問題で……」


 羽澄の視線と、由依の視線がぶつかり、交わる。彼の瞳に深い海の碧が映り、由依は彼の手を握り締めた。


 大丈夫、その哀しみは私が貰うから。


 覚悟を決めた。


「嘘だと思われるかもしれないし、信じてもらえないかもしれない」 


 握り締めていた、羽澄の手から温もりが伝わってくる。由依の方から握った手は、いつのまにか握り返され、その大きな手に包まれていた。

 溶け合う温度は心地よく、背中を押してくれる。


「私、動物の声が聞こえるんだ。物心ついた時から、ずっと……。信じられないよね、私も最初は気のせいだと信じ込んでたし。でも、本当で……たまに今日みたいになるの。その、聞こえたきた声が強すぎて、感情移入して気持ちが引きずられていって……」


 しどろもどろに説明を続ける。小さい頃から動物の声が聞こえていたこと、時々その影響が大きすぎること、今日知ったエイの悲しみ。

 由依は夢中になって言葉を口にする。必死で許しをこう子どものように。嫌わないで、離れていかないでと、縋り付くように。そんな由依の言葉に、羽澄は一度息を飲んだが、特に何かを言うこともなく、由依が紡ぐ言葉の意味を考えるように静かに彼女の言葉を受け止める。繋がれた手は相変わらず優しく温かい。


「ごめん、信じられないよね……」


 怖くて彼の目が見れずに、俯きながら消えそうな音でそう口にする。羽澄は小さく微笑み、繋いでいた手を一度解き、指を絡め合わせるように硬く手を繋ぎ直される。所謂、恋人繋ぎに。

 


「信じますよ」


 羽澄の手の動きに釘付けになっていた由依は、その力強い言葉にゆっくりと顔を上げる。そこには軽蔑や侮辱とは正反対の優しい色をした瞳がこちらをまっすぐに見つめていた。


「本当に……?」


 それは、いつもとなんら変わらない、いつも通りの羽澄が由依に向ける愛情に満ちた瞳だった。


「はい、信じます」


 一切の疑念も孕まない、あまりにもまっすぐすぎる彼の言動に、由依自身が望んでいたはずの結果なのに動揺が隠せない。


「なんで……?」


 羽澄はおかしそうに、ふふっとやわらかな笑い声を漏らすと、信じて欲しくないんですか?と意地悪げに訊く。その瞳が少し寂しげで、胸がキュッと締め付けられるような切なさを覚える。


「そうじゃないけど……、信じてもらえなくても仕方ないかなって……」


 由依の言葉に羽澄はまた、おかしそうに相貌を崩すと、つないでいた手を開き、もっと深く、由依の全てを包み込むように、指を絡めゆっくりと握り直される。その行為がどこか官能的で、心とは裏腹に背筋が震えた。


「信じますよ。由衣さんは嘘を言わない人ですから」


 何度目かのまっすぐな言葉に、由依はときめいて目眩が起こりそうになった。この人は信じてくれるんだ、変わらずに接してくれるんだ。過去の傷ついた自分が浄化され、救われた気持ちになる。


「由依さんの体調が悪かったんじゃなくてよかったです」


 とても、心配しましたと、軽く身体を引き寄せられ、手を解き抱きしめられる。あまりにも自然なその行為に、夢を見ているような、身体がふわりと宙をまっていくような心地がした。

 こうして抱きしめ合っていることが、ごく自然で、こうしていることが正解かのような、むしろ、今までの先輩後輩として接していたのが、とても不自然だったような、ずっとこうなることを望んでいたような、そんな不思議な感覚が芽生える。それほど、彼の腕の中は心地よく安心感で包まれていた。


 ああ、私、蓮くんのことが好きだな……。


 瞳を閉じ、彼の手に甘えるように頬を擦り寄せる。何故だか、急に彼のことを名前で呼びたくなったのだが、そのことに気づかないほど、由依は今この瞬間で胸がいっぱいだった。


 懐かしくてもどかしくて、あたまがくらくらするほどの甘い心地。


「由依さん、僕……」


 蓮が何かを言いかけたその時、閉館を知らせるアナウンスが二人の間を割くかのように館内に鳴り響いた。魔法が解ける合図かのように、2人は勢いよく身体を離した。


「いきなりすみません……」


 羽澄は顔を赤く染めながら、急に抱きしめたことを詫びる。感情が昂ってしまったのはお互い様だ。由依は慌ててかぶりを振る。

 周囲には帰路を目指す客達がぞろぞろと姿を見せる。人気のあるところで抱きしめられ、甘えるように擦り寄ったことが、今更ながら恥ずかしくていたたまれない。それは羽澄も同じなのだろう、耳まで赤くなっている。


「えっと、そろそろ帰ろうか……?」


 由依の言葉に羽澄も同意し、2人は帰路に着くことにした。体調不良ではないということは理解してもらえたようだが、やはり一度倒れたことが心配なようだ。羽澄は念の為受診しないかと何度か提案したが、その度にことごとく断られ、それなら家まで送らせて欲しいと、少し早く解散することにした。

 由依の歩調を気にしながら、少し遠慮がちに由依の背中に手を添え、行き交う人の波から庇うようにその身を支えた。背中から伝わる、自分とは違う熱に意識を取られながら、由依はぼんやりと、彼の横顔を見つめる。

 いつから彼の横顔を見て安心するようになったのだろう。気づくと羽澄を目で追い、彼が笑いかけてくれるのを心待ちにしている自分がいた。今思うと、初めから気になっていたのだと思う。最初は距離を置かれていることが悲しかったし、ココを通して距離が縮まった時は戸惑いつつも喜びの方が大きかった。少年のように無邪気で茶目っ気のある可愛い姿も、困った時に駆けつけてくれる逞しくて優しい背中にも、ココへ向ける愛情に満ちた眼差しも、全部ひっくるめて、羽澄というその存在に惹きつけられていった。

 いつのまにか、由依にとってかけがえのない人になっていた。そのことに由依はもう気づかないふりをせずにはいられない。その事実があまりにも甘くて、熱くて、由依は火照る心を持て余していた。

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