伝える心
女孺の長の言う通り、彼女の口添えで内教坊の頭預(次官)から雅楽寮の雅楽頭に話は通っており、貫之が大歌所に出向くと別当(長官)から命を受けていると言って、実務を執り行っている案主(職員)が祭事に歌われる「大歌」を書きそろえていてくれた。他に「神遊びの歌」と風俗歌として「東歌」……と言っても東国で作られた素朴な歌ではなく、宮廷で行われる東国発祥の歌舞「東遊び」で歌われる歌も用意されていた。
「昔はもっと多くの大歌が伝えられていたと言いますが……。今ではこうした歌も正月や五節の舞、神楽の奉納の時ぐらいしか歌われなくなってしまいました。残っている大歌はお渡ししたものだけですが、昔とは歌そのものも違っているとも言われています。そのような現状で内裏に伝えられる古風な文化を歌集に収められるというのは、大変意味深いことです。唐楽や他の他国の楽が席巻する今、ぜひこうして残された大歌を世に広めていただきたいと、我々大歌所の者たちも思っているのでございます」
楽の世界も華やかな唐や他国の文化に大きく影響を受け、古式ゆかしい大歌などは伝承もおぼつかなくなっている。しかし自国の神にささげる歌が失われしまっては、何のための神事であり、奉納であるのか。数も減り、内容も神代の昔とは異なってしまってはいても、どうしても残された歌は大切に守っていかねばならない。
その心は大歌所の役人たちも、貫之たち歌人も同様の物であるらしかった。貫之もその思いに深く感謝を述べる。
「承知しております。この国に伝わる歌は、この国の魂とも呼べるもの。大歌所の皆様のご尽力によりここにに所蔵され、守られているのも大切な事ではありますが、このたびの歌集に載せられ、多くの人々の目に触れるようになれば、大歌の存在もより力強く確かなものとなりましょう。もったいなくも貴重な歌の数々を、このようにご用意してくださったこと、感謝の言葉もございません」
決して位も高くなく、人によっては貫之たちを嫉妬の対象とする者もいる中で、こうして理解を示してくれる人々の存在は、素直にありがたかった。もちろん女孺の長が上のほうに働きかけて話を通してくれたことも要因ではあるだろうが、風俗歌である「東歌」まで用意してくれていたのは、古くからやまとの心を伝えてきた歌を失ってはならないという思いと、それを貫之たちに託してもよいという信頼からだろう。
貫之は心から丁寧に礼を述べ、ありがたくその歌を内御書所に持ち帰った。
「おお、貫之。心配をかけたな」
内御書所に戻った貫之を驚かせたのは、意外な人物だった。友則である。
「友則殿! お体はもういいのですか?」
思わず駆け寄る貫之に友則は朗らかな笑顔を見せる。隣には淑望が付き添っていた。
「書きあがった序文をお見せしようと友則殿のお見舞いに行くと、選び終わった歌集をぜひ見たいとおっしゃって、私の目の前で装束を着付けだしたのです。まだ、大歌所の歌をこれから選ぶのだとお教えしたら、それならなんとしてもご自分も選びたいとおっしゃって強引についていらっしゃっいました」
淑望は困ったように言うが、活気に満ち溢れた友則を見て嬉しそうだ。
「淑望、序文を書き上げてくれたのか。友則殿、ご無理をなさっているんじゃないでしょうね?」
貫之は心配してそう尋ねたが、
「大丈夫だ。近頃は熱も引けたし、気分も良いときが多い。それなのに臥せってばかりいては気が滅入ってしまう。おや、それは大歌所から書き写してきた歌なのであろう? さっそく見せてはくれないか?」
友則は目ざとく貫之の手にした紙の束を指さしてそういった。
「……ご挨拶もろくにさせていただいてないというのに、もう歌ですか。さすがは友則殿」
貫之も喜びのあまり口が軽くなった。それほど皆に囲まれた友則の回りは穏やかな雰囲気があった。やはりこの方はここになければならない人だ。この編纂の重鎮ともいえる人がこの場に戻ってきたことに、貫之は心から安堵していた。
とはいえ、よく見ればやはり病み上がりである。顔色ももう一つ明るくないし、体はずいぶんと痩せている。
「さすがにお痩せになられましたね。無理せず、今日はお顔を見せていただけただけで十分だと思いますが」
貫之は少し戸惑ったが友則は、
「だからこそ、歌に触れていたいのだよ。私にとって良い歌は何よりも薬になる。良い歌を目にするだけで食欲だってわいてくるのだ。しっかりと食べて帝に奏上する折には、見栄えを良くしておきたいのだから」
と、本当に張りのある声で答えている。貫之は友則に大歌所の歌を差出、自分は淑望が書いた序文を受け取った。友則は本当にうれしそうに歌に目を通すと、
「大歌は五首。今では貴重な歌となってしまったな。だが、神遊びの歌と東歌は思いのほか数があって安心した」
と、満足げにうなずいた。自分で言った通り、友則は歌に目を通すたびに顔色が良くなっていくようだった。
「大歌の最初の一首は『おほなほびの歌』しかないな。おほなほび……大直日の神とは禍を福に転ずる神。この歌は正月の神事の歌であるとともに、この神をたたえる歌でもある。最初の歌はこの歌しか考えられないだろう」
新しき年の始めにかくしこそ千歳をかねて楽しきを積め
(新しい年の始めにこんなふうに
千年も先の分まで楽しみを積み重ねるのだ)
友則の同意を得て、さらに貫之は続けた。
「正月の最も重要な歌ですから。生前妓女であったわが母も、この歌は特に重く扱うようにと言っていました。ただ、この歌はすでに元の形を失っているらしいのですが」
「元の形と違う?」
「はい。この歌は続日本紀にも記されているのですが、そこには違う下句で書かれています。正しくこの国の心を伝えるために記すなら、古い歌の形で残すべきなのですが」
貫之の言葉に友則は「ふむ」と首をかしげたが、
「いや。国の心を伝えるならば、今の歌の形で残すべきだろう。もう長いこと今の歌で神事は行われていて、誰の耳にもなじんでしまっている。伝えられ、生かされ続けてきたその心をもとの形と違うと言って、伝えないというのは違うと思う」
「生かされ続けた歌、ですか」
「それこそが国の心を伝えることになると私は思うのだが。違うか?」
友則と貫之のやり取りを聞いていた躬恒が口を挟んだ。
「ここは友則殿が正しいと思うぞ。心を伝えるのが歌であるなら、伝えられ続けた歌は心だろう。書き残すなら、伝えられた心を残すべきだ」
「それはわかる。わかるが……それでは本来の歌が失われてしまうのをみすみす見逃すこととなる。本来の心を軽んじてしまってよいのであろうか?」
貫之が戸惑ってそういうと、躬恒はにっと笑いながら、
「それこそお前の出番だ。簡潔に端書きを添えればいい。歌に詞書はよく添えられるものだ。注意書きが書き足された大歌があってもいいじゃないか」
「ああ……そうだった。和歌は漢詩よりも、より自由な物であった」
あまりにもあっけない解決策だが、貫之はやまと言葉を伝えるための手段は、もっともっと幅があっても良いことに気が付いた。
「では、この歌の後に古い下句を書き添えましょう。『日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに(万年さえも使え奉りましょう)』と書き足します」
友則もその方法なら歌の歴史が伝わると納得した。だが貫之はうつむいたまましばし考え込んだ様子をしている。
「どうした貫之。 まだ納得できないか?」
友則にそう尋ねられた貫之はようやく顔を上げ、
「いえ、実はやってみたいことが思い浮かんだのです」
「やってみたいこと?」
「こうして友則殿も編纂に戻られました。私に少しばかりの時間が頂けるのであれば、もう一つの『序』を書かせていただきたいのです」
「もう一つの序? 一つの文集に二つの序など聞いたこともないが」
「それはそうなのですが……。やまと言葉にはとても分かりやすく、内容が伝えやすいという利点があります。漢文とは違った趣もあります。私はこの言葉を使って、序文を書いてみたいのです」
貫之の言葉に、その場にいた全員が仰天した。




