08
「おい、変な勘違いをするなよ」
し、しつこい、これでもう今日五回目の発言だ。
これまではひらひらりーと躱してきた私だけど流石に無理になった。
「だったら淳先輩も私を放置して二人で盛り上がるのはやめてくださいよ、二人だけしか知らない話なら私がいないところでしてください」
「なんの話だ? そもそも瞳を放置したことなんてないだろ」
……これだとずっと相手をしていてほしいみたいに……。
しかも普通に返されてしまったものだからすぐになにか言うことができなかった。
そのまま時間だけが過ぎていくものだから先輩相手でも気まずく感じて違うところを見るので精一杯だ。
「おい、固まるな」
「ペシペシしないでください」
「そもそも俺と肇を見てそういう妄想をできること自体がおかしいぞ」
「だったらそのおかしい人間に構わなければいいじゃないですか」
私は私だから一旦はやめてもまたこうして戻ってくるわけで、面倒くさいなら離れるしかない。
一緒にいたいけど無理をして一緒にいてほしくはないから嘘を重ねているというわけではなかった。
「つか、普通分からないか?」
「なにがですか」
「瞳さ、前に俺に対して『鈍感さんなんですか?』とか言ってきていたけど寧ろ瞳がそうだよな」
急に鈍感とか言われても困るけど。
それこそ色々なことに対して鈍いのであれば今回のことを気にするはずがない。
「まあ、鋭すぎてもやりづらくなるからありがたいけどな」
「はあ」
「はは、瞳らしくない冷たい顔だな」
一年と冬現在までしかいられていないけど私のことは分かっているよなと。
だから「勝手に分かった気にならないでください」とは言う気にはならなかった。
なんたって分かりやすい人間だからね。
「はぁ……もう帰りましょう」
「なにか食っていくか?」
「いえ、遥先輩達と少しお高めの飲食店に行ったので余裕がないんです」
あと付き合うと言ってしまったからお金を貯めておかなければならない。
そうしなければならない理由の中にはこの人も入っているわけだけど……それは分かってくれていなさそうだな。
「じゃあ俺の家に――」
「今日はやめておきます」
「遮るなよ……別に無理やり上がらせたりしないよ」
発言通り、毎時間来てくれるようになったのはいいものの、今日は「勘違いするなよ」発言の連発だったから疲れたのだ。
こういうときは余裕がなくなって小さいことから喧嘩に~なんてことになりかねないから距離を作る。
でも、離れてからどうして受け入れなかったのかとなるのがアホだった。
「はぁ……」
これは私にとって当たり前のことだったのに家事をするのも面倒くさく感じる。
先輩が戻ってきてからこうなった、またいつも通りに戻ってしまったからだ。
正直、これはもうずっと一緒にいたいと考えてしまっているようなものだろう。
一緒にいることでしか解決しないのに変なプライドから連絡せずに一人で沈んている馬鹿でもある。
「……もしもし」
「瞳、いま一人か?」
電話がかかってきたから特に見ずに出てみたら先輩だった。
こういうときは無駄に嘘をつきたくなるもので違うと答えたら「そうか、ならまた明日でいいな」と切られてしまった。
それでもあそこでそうだと認めていたら先輩のことだから来てしまう……なんてこともあったかもしれないし、間違った対応ではなかったと思う。
とにかく、家事をしてしまおう。
ご飯を作るだけではなくてお掃除もしてしまえば内側も奇麗になっていく。
その結果、両親が帰ってきて一緒にご飯を食べ始めたところでなんとかなった。
いつも通りになってしまえば洗い物なんかでも楽しめてしまうわけで、鼻歌交じりでやっていたわけだけど……。
「よう」
何故か先輩が……。
「明日でいいな」とはなんだったのか。
そこまで洗い物がなかったのも――いや、お客さんが来ている状態なら仮にお皿が多くあっても母が代わっていたか。
「せっかちさんなんですか?」
「いやほら、二十三日は瞳の誕生日だろ? だからそのことで話し合いがしたかったんだ」
今日はまだ十九日だ。
離れているわけではないけど明日とか明後日とかにくるわけでもない、早いタイミングでそういう話になるとそわそわしてしまうかもしれないから気乗りしない。
「その割には『勘違いするなよ』としか言ってきていませんでしたが」
「どこかに寄れたら切り替えてそのことで話し合いたかったんだよ、家の方も断られてしまったから駄目だった」
「だったら電話でそのまま話せば……」
「なんか気だるそうだったからさ、色々断ってきたのも体調が悪かったんじゃないかって心配になって……」
それで勢いだけで来てしまったと、そういうことだよね?
「あ、体調が悪いなんてことはありませんよ。ただ……先程までは少し私らしくなかっただけです」
「俺に対する怒り……か?」
「はい? 全くそんなことはありませんが」
それどころかあなたと一緒にいたいと強く……ねえ?
「ま、まあ、元気ならいいんだ。それでなんだけどさ、当日……一緒に過ごしたいんだけど」
「そもそも大人しく帰るつもりはありませんでした。淳先輩達が忘れてしまっていたのなら私の方からアピールしていたぐらいです」
昔ならお家に帰って両親にお祝いしてもらえるだけでも十分だった、けど、いまは違う。
あっちもそっちもと求めてしまうのだ。
他の人から「おめでとう」と言ってもらえても嬉しい、でも、この人からならもっと……。
「い、一緒に過ごしたい理由はなにが欲しいのか教えてもらいたいからだぞっ? た、他意はない!」
「はは、当日に動くつもりなんですね」
「……センスとかないから欲しい物を渡せたらまだマシかなって」
うーん、凄く寒いし、当日に色々なところに行くことになるから疲れるからそんなのなしでもいいぐらいだ。
言ってしまえば十分ぐらい一緒にいられればそれでよかった。
どうしたってお腹は空いて、時間が経過する度に両親が作ってくれているはずの豪華な料理に意識がいってしまうだろうから。
三大欲求の内に恋は入っていないのでどうしてもその中の一つが強くなると優先対象が変わってしまうという感じだ。
「分かりました、当日にまた考えましょう」
「おう――え? それってなんかおかしくないか?」
「そうですか? まあ、気分が変わることだってあるじゃないですか」
一日だけで始まることも終わることもあるのだからまずはそこまでこのまま維持しなければならない。
当日のことはそれができてから考えても遅くはなかった。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「汐見さん達には言っていないのかな?」
れあさんがよく来てくれていて肇先輩と話せたのはお昼休みだった。
たまにお弁当を持参するタイプの人だったおかげで少し離れることができた。
先輩もれあさんがいるところでは誕生日のこと以外の話題にしてくれているから助かっている。
「はい、そのつもりはないでしょうが……」
「うん、大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
「長門さん、瞳さんの誕生日は今日なんだよ」なんて言うわけがないのにね。
自信過剰、自意識過剰、しかも恥ずかしくなって濁した言い方になってしまった。
「でも、僕も放課後に行っていいの?」
「参加してくれるなら大歓迎ですけど」
「う、うーん、淳が怒らないかな……?」
先輩は私に誕生日プレゼントを渡せればそれでいいだろうから怒るわけがない。
というか、ついつい肇先輩とのことで妄想してしまうぐらいの仲なのにそれこそどうすればそういう風に考えられるのかという話だろう。
「ふぅ、話せる時間があってよかったわ」
「激混みでしたからね」
「ああ――おいおい、昼飯を食ったばかりなのにそんな顔をしてどうしたよ?」
確かに、これから苦手な授業があるとかなら分からなくもないけどね。
「僕もいいの……?」
「当たり前だろ、それとも瞳が断ったりでもしたのか?」
「いえ」
「だったら参加してやれよ、そうすれば瞳も喜ぶだろ」
そうだそうだ、参加してもらえたら嬉しい。
あと私が今度肇先輩のお誕生日をお祝いしようとしたときにいまみたいな顔になるのを避けたいからでもあった。
この人のことだから「僕はなにもできなかったし……」と抵抗しかねないから。
放課後は寧ろ私の方から捕まえておくぐらいのつもりだった。
実際、それでもなにか言われることはないままお店まで移動。
「ふふふ、男の子二人と女の子一人の組み合わせでなにを買うつもりなのかな?」
「集まってご飯を食べるという約束をしたんだ、だからそのための食材探しかな」
こそこそれあさんは今日も健在だった。
いや、先輩が変えて私が変化したように、れあさんもこうするようになってしまったのだ。
「それって私も参加できる?」
「ひ、瞳さんに聞いてもらわないと」
ああっ、肇先輩がもう敗北している!
「後輩ちゃーん、私は駄目とか言わないよね……?」
「か、限られた資金の中で行おうとしていることなのでれあ先輩では満足できないと思います。ほら、あのお店でも少し物足りなさそうな顔をしていたじゃないですか」
「お店でもなければ過度に期待して参加したりはしないよ」
「瞳」
え、これ自分から言わないといけないの……?
最初からそのつもりならこうなっていないって。
「わ、私の……でして」
「んん?」
「今日は瞳の誕生日なんだ、だから瞳の欲しい物を買いにきた」
「えーじゃあ嘘をついていたってことかよー」
い、痛い、ペシペシではなくてバシバシ叩かれている。
それから抱きしめられて耳元で「後輩ちゃんの意地悪」と小さな声で言われてゾクッとした。
「よしっ、それなら後輩ちゃんが欲しい物を探そう!」
「はは、長門はすごいな」
「すごいんじゃなくて納得できないだけ。さあさあ」
まあ、冷たい顔をされるよりはマシだった。
早く見つけて言わないと長引いてしまいかねないので私の戦いが始まった。




