07
「さ、行こうか」
「はい」
「おう――あ、なるべく女子向けの店とかはやめてくれよな」
一歩踏み出した志田先輩、が、すぐに足を止めてこちらを見てきた。
なにか変な格好をしているとかでもないので堂々としていると「なんで淳がいるの?」と、五分前ぐらいからずっとこうだったのに敢えて聞くなんて面白い人だと思う。
ちなみに、今日はテスト週間に付き合ったことに対するお礼をしたいからとかで誘われて集まっている状態だ。
「俺がいると困るのか?」
「別に困らないけど綿引さんが誘ったのだとしたら少し寂しいかな」
「私は誘っていません」
「そうだぞ、俺が勝手に来ただけだ」
誘っては……いないけど何度も聞かれて吐いてしまったのも事実だ。
だから志田先輩からしたら微妙かもしれない、いまのはズルかった。
「あと、いつの間に名前で呼ぶようになったの?」
「この前、テストが終わった日にそういう話になったんです」
「それなら僕も瞳さんって名前で呼んでいい?」
「はい、大丈夫ですよ。私も肇先輩と呼ばせてもらいます」
「うん、ありがとう」
よしよし……って、つねりつねりと地味に攻撃を仕掛けられているぞ……。
私なんて既に遥さんやれあさんのことを名前で呼んでいるのだからそんな反応をしても疲れるだけだと思うけど。
同じ男の人だからなのだろうか?
「瞳さんはいま食べたい物とか、欲しい物とかある?」
「それなら食べたい物はお蕎麦ですかね」
自分でお買い物に行っているくせにお蕎麦を買おうとはならないから食べる機会が全くやってこないのだ。
でも、みんななにかしらそういう物があるはずだ、わざわざ買ってまではちょっと……となることもあると思う。
「淳は?」
「今日は瞳に礼をするために集まっているんだろ? で、俺は無理やり参加したわけで、合わせるよ」
「え、珍しい……瞳さん、明日は雨が降るかもしれないよ?」
「はは、そうならそうでお家でゆっくりしておくだけですよ」
あ、だからといってお金を出してもらったりはしないけどね。
少し貰うぐらいならいいけど丸々食べているのに払ってもらうなんてできない。
だからお会計の際は私がまとめて払わせてもらう。
何度も言うようにここで逆に奢るなんてことはできないから我慢してもらうしかない。
「食べるとしてももう少し時間が経過してからの方がいいですね」
「となると、どこか同じようにゆっくりできる場所に寄りたいね」
「カラオケ屋もゲーセンもあるぞ」
げ、ゲームセンターがいいなあ。
この二人の前で歌を歌うとか恥ずかしいから、あとはこれもまた行くことがないからだ。
きょうだいがいてくれたら一緒に行くなんてこともできたけど一人っ子だからこういうことになる。
「ゲームセンターにしましょう!」
「う、うん、ちゃんと合わせるよ?」
「今日はそういう気分なんですっ、行きましょう!」
どこに行ってもお金を使うことになるのは変わらない。
それでもしっかりとした理性があればコントロール次第で楽しめるゲームセンターの方がいい。
上手くいけば百円で数時間も――くくく、無双してやらないとなあ!
「ああ……」
「スポーツはできるけどこういうのは下手なんだな」
ぐはあ!?
じ、事実ではあるけどもう少しぐらいは遠回しに言ってもらいたいところだ。
真っすぐな指摘は場合によっては受け止めきれなくなる、走り去ってもおかしくないところだ。
「はは、なんでも上手くやられたら気になるから瞳さんがそんな感じでよかったよ。汐見さんが相手のときのように素直に喜べなかったかもしれないからね」
「あ、そうだ。肇は汐見となにもないのか?」
「結局、今回も勝つことができなかったから次は勝つよ」
まあ、すぐに結果が出るわけでもないか。
卒業するまでに一度ぐらいは遥さんに勝てるといいな。
そうしたらもっといい顔で「やったよ瞳さん!」と近づいてきてくれそうだし。
「テストの結果とか赤点でも取らなければどうでもいいんだよ。俺が言いたいのは――」
「ないよ、そもそも汐見さんと話すときの内容はほとんど勉強に関することなんだよ? どうすれば期待を持てると言うのさ」
「あそこ難しかったね」とか「あそこどう答えた?」とかの繰り返しになっていそう。
そ、それでもお互いが飽きずに続いていくのであれば、興味があるのに話せないという状態よりは遥かにマシだけどね。
「いやだからその共通のことで盛り上がれるだろ、それで一緒にいる時間を増やしたら変わっていく……だろ?」
「学校で以外では会わないからね、前にも言ったけど瞳さんとの時間の方が多いよ」
いやいや、とはならない、最近は肇先輩との時間が多かった。
そのままの流れで一緒に帰っていたし、お家に上がってもらったり、上がらせてもらって更にお勉強をしたりもした。
「一回、出かけてみりゃいいだろ、そうすればハードルも低くなる」
「はは、どれだけ一緒にいさせたいのさ」
「あれ?」
「どうしたの?」
肇先輩に興味があったらしいあの女の人はどうなったのだろうか?
でも、言うわけにはいかないから先輩の腕を引っ張ることでアピールをする。
「汐見以外の女子といることってないな」
「そうだね、他には長門さんぐらいかな」
あ、あの人はそんな名字だったのか! と一人で興奮していると「れあさんの名字だよ」と教えてくれた。
「いま呼んでしまったけど僕が名前で呼ぶわけにもいかないからね、汐見さんに教えてもらったんだ」
「肇先輩……」「肇……」
「え、え? なんで二人ともそんな反応なの?」
本人のことを聞こうよ……女の人に他の女の人のことを聞くとか微妙だよ……。
が、肇先輩は最後まで分かっていなさそうだったのでそのことでも駄目だった。
先輩と一緒に頭を抱えたのだった。
「昔、かくれんぼをしていたときに小さい穴に落ちちゃったことがあったんだ。鬼だった淳がすぐに見つけてくれて穴から引っ張り出してくれたんだけど怖くて涙が止まらなくてね……そのまま帰ったものだからお母さんに怒られて淳も泣いちゃったんだ」
「はははっ、淳先輩でも泣くんですね」
「おい、感想がそれかよ……」
「多分、瞳さんは細いからまだ同じ穴があればすっぽりはまっちゃうと思う」
「き、気を付けます」
ど、どんなところで遊んでいたんだ……?
公園は近くにあってもしっかりとした地面になっているから穴なんてあいていない。
仮にあそこに穴があいたとしても縦に五メートルなどといった大穴にならない限りは簡単に見つけてもらえるし、助けてもらえると思う。
「ま、あれは俺らが行ったら駄目だと言われていた場所に行ったのも悪かったよな」
ああ、小さい頃はそういう場所に行きたくなるものだ。
私だって寄り道しないで帰ってこいと言われているのに何度か破ったことがあった。
決められた通学路以外でなにかがあったら困るのは親だ、なにより自分が困ることになるのに破ってアホだった。
幸い、なにもなかったものの、それはただ運がよかっただけだといまは片付けている。
「実は僕が『大丈夫大丈夫』と無根拠に重ねた結果だから……」
「え、そうなんですか? そういうのって淳先輩がしそうですけど」
「おい……」
「だっていまの肇先輩からは想像できませんよ、遥先輩のことを怖がっていたぐらいなんですから」
少しやんちゃなときがあったのならそのときに存在しておきたかった。
あ、でも、過去の二人を知っていたら変わっていく二人に寂しさを覚えていたのかもしれないからこれでよかったのかな。
「肇も一緒にいる友達を怖がるなよ」
「も、もう大丈夫だから、瞳さんにはもう情けないところを見せたくないんだ」
「そこで瞳か、汐見にじゃないのかよ」
「うん、だって一緒にいる時間が少ないからね。その点、瞳さんとは結構な時間一緒にいるんだからそういう部分を見られてしまう可能性も高まるでしょ?」
一緒にいるからなのか肇先輩はすぐに私のことを出してくれる。
これだとなんか興味を持たれているように感じてしまう。
「安心してよ」
「なにが?」
「邪魔はしないからさ。でも、こうして一緒にいるぐらいはいいでしょ?」
「別にいいけどな」
「はは、ありがとう」
これ二人だけで話して、二人だけで解決してしまっているパターンか。
いまので凄く遠く感じてしまった。
手を伸ばせば相手に触れることなんて簡単な距離なのに寂しい、ゲームになんて集中できない。
「つか、俺がコントロールできることじゃないだろ、瞳にはできてもな」
「それでも僕は淳の敵になりたくないんだ」
「いやだから敵だとか思ってないよ」
「うん、応援しているから」
ま、まだやるのか。
こっそり抜けても気づかれないぐらいの空気だ。
慌てさせたいわけではないけど少し離れたくて立ち上がる。
「トイレに行ってきます」
「おう」
「僕らはここにいるからね」
丁度よかったか。
ここで済ませておけば動き出したときにトイレ! とはならずに済む。
混んでいるなんてこともなくてすぐに終わって、戻ろうとして二人が視界に入ってきたあたりで足を止めた。
怒られてからやめていたことだけどやっぱりあれは正しかったのだ。
「あ、こっち見て……」
先輩はガシガシ頭を掻いてから立ち上がって近づいてきた。
「終わったんならさっさと戻ってこいよ」
「淳先輩、私も応援していますからね」
「はあ? あ、また変な勘違いを――」
「さあ戻りましょう!」
もうこうなってしまえばテンションなんて分かりやすく上がる。
そもそもの話、二人だけの世界を構築されてなにを一人で拗ねていたのかという話だろう。
私が求めていたことではないか、実施に理想通りになったら不満をぶつけるなんて勝手すぎる。
「肇先――わあ!?」
「危ないぞ」
「ありがとうございます!」
流石にゲームセンターの床に抱き着きたくはないから助かった。
そのつもりはなくても先程から先輩はいいことばかりをしてくれていた。
「瞳、れあを捕まえて」
「は、はい!」
「はっはーっ、後輩ちゃんに捕まるほど私の能力は低くな――ぶぎゃ」
せ、先輩と違って支えられなかったことを謝罪しておいた。
未だに倒れたままのれあさんを前に固まっていると「ま、止まってくれたらそれでいいわ」と遥さんは冷静だ。
「まったく……勝手に食べて勝手に逃げるんじゃないわよ」
「たはは……だってあまりにも遥の顔が怖かったからさ」
「別に怒ってはいないわよ、言ってくれれば私の方からあげたわよ」
食べ物の恨みは怖いとは聞くけど少し怒って終わるぐらいのことだよね。
そのまま絶交とかもないだろうし、深く考えすぎる必要はない。
「れあ先輩はなにを食べたんですか?」
「お団子だね」
「遥先輩もそれで怒らないと思います」
たとえそれが大好物だったとしても一つぐらいはくれると思う。
寧ろ大好物なのに「もっと食べなさい」などと言えてしまうのが遥さんではないだろうか。
「でも、なんか物足りないから三人で食べに行こう」
「それなら温かい物がいいわね」
「鍋とかどう?」
「あなた……一応五本ぐらい食べたのにまだそんなに食べられるの?」
「余裕余裕!」
あ、これはすぐに「も、もう無理、げぷ……」となるパターンだ。
とはいえ、お鍋も全然食べられていないから賛成だった。
大食というわけではなくてもいつもよりは食べておきたいところだ。
「あ、あれ」
「んー? あ、後輩ちゃんもまだお肉が食べたいよね? よし、更に五枚注文しよう」
……無理となるどころか「五枚だね」や「お、アイスも頼もうかね」と全く止まらなかった。
遥さんはもう食べることをやめて少しぐったりとしている。
私ももう満腹になりそうというところにきているのにこれは恐ろしい。
「んーやっぱり駄目か。いやー私に付いてこられる人がいないんだよね。ま、独り占めできていいんだけどさー」
れあさんだって細いのになんでこうも違うのか。
もう触られると出てしまいそうなので遥さんの隣に移動してぐったりしておくことにした。
こういうときは何故か遠いところを見たくなるものだよねえ……。
「比較的安価で食べ放題なんてシステムがあってよかったよ。そうでもなければ私はずっとどこか物足りない感じで存在していなければならないからね」
「そ、そうですね」
これならただ自分の分だけを払えばいいのも楽でいいね……。
「ぷはあ、食べた食べたー」
「お疲れ様です」
「うん。でも、後輩ちゃんも私が想像していた以上には食べられるみたいでよかったよ。また行こうね」
「はい」
もっとも、食べ放題プランの中では安い方というだけで私にとって高いことには変わらないから付き合えても一ヵ月後とかになる。
まあ、それでもいいなら付き合おうと思う。
ただ、次は焼肉屋さんがいいかなと私も少し染まってしまっていた。
「わ、私はもう食べ放題のお店にれあと行くのはやめるわ……」
「えー付き合ってくれよー別に『もっと食べろよ!』とか無理強いするわけじゃないからいいだろー?」
「ひ、瞳もいるならいいわよ?」
「よしきた! 私達は食べ放題仲間だ!」
遥さんはお肉五枚ぐらいとサラダを食べたところで箸を止めてしまった。
それなのにこれは食事を楽しめているのだろうか? と不安になってしまう。
「瞳……支えてほしいの」
「分かりました」
こちらに寄りかかっている状態でも軽い……。
もしかして若い女の人特有のダイエットなんてことをしてしまっているのだろうか。
「れあ先輩、遥先輩にもっと食べてもらいましょう」
「おっ、いいね!」
「きょ、今日はもう無理よ?」
「いまからという話ではありません。でも、遥先輩がもっと食事を楽しめるようにもう少しぐらいは食べられるようになってもらいたいんです」
「よく言った!」
あの二人は二人だけの時間が欲しいだろうから暫くはこっちに集中すればいいか。
テストが終わってもまたすぐに次の目標ができたことは嬉しかった。




