04
先輩に興味を持った人ではなくて志田先輩に興味がある人を見ていた。
一人のときはあの人も静かで、私みたいに本を読んでいるだけだ。
でも、志田先輩といられていないときも毎時間、他の人に話しかけられては微笑を浮かべて相手をしているから冷たい感じはしない。
見ているときに限って対象が動いてくれない日ではあるけどこれはこれで見やすいからいいのかもしれない。
「あれ、後輩ちゃんはこんなところでなにをしているの?」
「あの人のことを知っていますか?」
「あの人? ――ああ、汐見遥さんだね。私が知る限り、男の子よりも女の子に興味を持たれやすい子かな」
そうなのか。
それでも本人は男の子である志田先輩に興味を持って動いている。
「同じクラスだから興味があるなら連れて行ってあげるけど」
「いえ、こうして見ていられるだけで大丈夫です。志田先輩に近づくあの人のことを少しだけでも知りたかっただけなので」
「お、じゃあ志田君のことが気になっているんだ?」
え、それも違う。
とはいえ、ここで真っすぐに「違いますけど……」などと否定をしたら偉そうな感じがしたのでなにも答えなかった。
「その志田君は偏りなくって感じかな、狙うとなると大変だろうな」
「若生先輩のことは知っていますか?」
「若生君は男の子とばかり、と言いたいところだけどこの前から特定の女の子と過ごし始めたんだよね」
知っている、だからいまは分かりやすく時間が減っている。
朝読書用の本に手を出したくなくてこんなことをしているのだ。
見ることはしても尾行なんかはしていないから許してほしい。
「ほら、いまもね」
「みんな頑張っていてすごいですね」
「ん? それは後輩ちゃんもそうでしょ?」
この話を広げられても困るのでお礼を言って教室に戻ることにした。
あと一時間でお昼休みだ、授業が終わったらすぐに食堂に行ってご飯を食べよう。
それで食べ終えたら図書室に行って本を読む。
最初からこれでよかったのだ、これなら金銭的にも問題にはならない。
だというのに読み終わる度に律儀に買っていて私は馬鹿、とも言えないけど結構使ってしまっているからふと考えてしまうときがあるのだ。
「よし」
授業も終わった、お財布を忘れずに持って行こう。
「よう」
「どうも」
な、なにも女の人といるときに話しかけてこなくてもいいのに。
しかも最速で出てきたはずなのに前に人がいるから並ぶことになってしまった。
早く離れたいのにそれもできない、待っている間にも二人は楽しそうに会話をしているからそれが聞こえてきて辛い。
でも、あのときと同じでここで食べなければなにかがあるというわけではないのでお腹が空いてしまうと。
そこで気づいた、二人ほど前に並んでいるのは汐見先輩だ。
こういうときに志田先輩を誘ったりはしないのか、かといって同性のお友達といるわけでもない。
ある程度の時間は一人でいたいのかな? 食事ぐらいは一人でゆっくり食べたい可能性もある。
「おい綿引、今日は愛想がないな」
そうだよな、誰かと食べられるのもいいけど誰かに合わせなくていいのは大きい。
料理を受け取ってからいただきますをするまでに待っている必要もないし、混んで埋まりやすいここでも席を確保することは容易だ。
まあ、受け取ってから席に座った際にお友達といるところが見えてしまったものの、今日はたまたまという見方もできるから間違ってはいないはずだ。
「おい後輩、無視とは酷いな」
「あーもうなんですか?」
先輩が無駄に気にするせいで私の方も一人では無理になってしまった。
こうなると興味を持っている女の人的に面白くはないだろう。
このことで放課後なんかに爆発して全てをぶつけられればいいけどそれも望めそうにないし、ただただお互いにとって微妙な時間となるだけだ。
「幸い、この前と違って席はまだまだ空いています、なにもここで食べなくてもいいと思いますけど」
「や、近いからここでいい、食器も片付けやすいしな」
「そうですか」
ここで移動したら感じ悪いから黙ってささっと食べてしまうことにした。
本当にここが賑やかでよかった、そうでもなければ気まずくて仕方がない。
よかった点は少しずつでも女の人が話し始めてくれたことだ。
私は何気にここで座った状態でも汐見先輩が見えるのでそっちにも意識を割いていた。
「汐見に興味があるのか?」
「どういう人か知りたいだけです」
「汐見も騒がしくしたりはしない人間だな」
先輩にとってはそこが大事なのか。
そう考えると私はたまに騒がしい存在になるからそこが駄目だったか。
とはいえ、いまからそれに合わせようとしても虚しい結果に終わるだけ……って、これだとなんか先輩を狙っていたみたいになってしまうな。
私はただ後輩として、お友達として一緒にいさせてもらっただけ。
どちらか片方だけでもそういう意味で見ていたのであればここまで冷静にいられていないって。
気になる対象に近づく女の人を見るだけでハンカチを噛んで「きー!」と叫んでいることだろう。
「ごちそうさまでした。もう戻りますね」
「おう」
ただ、これ以上はやめておこう。
教室でゆっくり本でも読んで過ごせばいいのだ。
「あの……」
「ええ」
汐見先輩に睨――見られて縮こまっていた。
残っていても暗くなるだけだからとすぐに帰りたかったのにそれを邪魔してくれたのがこの人だ。
なにも言わずに見られていたら怖い。
でも、私もこの人に対してしてしまっていることなので強気には出られない。
「もしかしてバレバレで仕返し……とかですか?」
「そんなつもりは全くないわ。ただ、友達から聞いて気になったからこうしているの」
あの人お友達さんだったのか。
で、「こんな人間がいましたぜ姉さん」と報告されたということか。
まあ、私も例えば先輩や志田先輩に対してこそこそ見ている人がいたら報告したくなるから気持ちは分かる。
「私はただ、志田先輩に興味があるのかなーと思って見ていただけです」
「志田君も友達ね」
「それ以上はないということですか?」
「あなた、男の子と一緒にいるだけでいちいちそのように捉えていたら疲れてしまうわよ? そもそも、あなただって志田君や若生君といるじゃない」
「か、勝手に見ないでください」
相手を見ているときに相手もこちらを見ているということか。
なにもそういうことに長けているというわけではないからバレバレだったか。
だからあそこでやめる選択をしたのは正しかった。
そうとなればこれ以上はない、今日のここを乗り越えれば私はまた平和に生きていける。
「ふふ、別に意地悪がしたいわけではないわよ。でも、あなただって勘違いされたくはないでしょう?」
「そうですね、相手の人に迷惑がかかってしまいますからね」
「ええ」
これでも怒らないでいてくれて優しい人だ。
あんなことをしていなければお友達に~なんてこともあったかもしれない。
「すみませんでした、もうしませんので許してください」
「許さないわ」
「え゛」
そ、そうか、ほっとさせてから地に落とす作戦か。
「ふふ、冗談よ。でも、これで行くのはやめないわ」
「な、なんでですか?」
「あなたに興味を持ったからよ。あの子もまた会いたいと言っていたからいいわよね」
こ、これで死ぬわけではないから気にするな!
……怖いことには変わらないから暫くの間は大人しくして本に相手をしてもらうしかなかった。
「行ってきます――うげ……」
「うげとはなんだうげとは。いいからこっちに来い」
まーだ気にしていたのか。
なんだこの先輩は、お子ちゃまか。
「先に言っておきますけど私はあの女の人のために空気を読んでいたんです、それなのに空気を読まずに若生先輩は話しかけてきましたよね? 台無しですよ台無し」
「俺らは友達なんだから気にしないで普通に相手をしてくれればよかったんだよ」
天然か……? それとも鈍いだけ?
あの人になにかを言われても「友達だから~」とかずっと言い続けているところが想像できてしまう。
とにかく、こと恋愛に関しては不味いそれらが入り混じっていないことを願っておこう。
「今日はずっと一緒にいるからな」
「えー……」
「嫌そうな顔をするなよ!」
どんな顔になっているのかは分からないけどこうも重ねられるとはね。
はぁ、意地を張って無駄なことで時間を使おうとするなんて私よりも子どもだ。
もう過去は変わらないからしっかり切り替えて前に進んでいくしかないというのに。
「あら、おはよう」
「おはようございます!」
「綿引さんは元気ね、若生君は怖い顔になっているけど」
「若生先輩は意地張りさんなんです、気にしないで行きましょう」
ああ……なんで朝からグイっと引っ張られないといけないのか。
それでも負けなかった、学校までそのまま繋がったまま歩いた。
先輩達と一緒に上まで移動すると「お、今日はお揃いだね」とこの前のお友達さんがいて挨拶をする。
「ね、後輩ちゃん、若生君になにかしちゃったの?」
「いえ、なにもしていません」
「その割にはいまにも引っ張られそうな感じだけど……」
一応こちらのことを考えて何回も引っ張ってくる人ではないから危険はない。
みんな教室が一緒だからいちいち別れたりしなくていいのが楽でいい。
「はい、しっかり切り替えて頑張ってください」
「今日は離れないからな」
ふふ、授業なんかもあるのにそれは不可能だ。
寧ろこの朝の時間が終わったら私こそ席から離れなくなる。
今日は体育なんかもないからできることだ、尿意を催さなければ私はずっと教室にいられるはず。
「ねえ、瞳って呼んでもいい?」
「え、よく私の名前を知っていましたね? 私の名前なんてここにいる若生先輩だってもう忘れていると思いますよ――あ、そのことについては大丈夫ですけど」
あ、ついついペシペシしてしまった。
そのせいで改めて睨まれてしまったし、いつもなら「なんだよ」と言うところで黙っているから不安になる。
後で大爆発……とかないよね?
流石に真正面から物凄く怒られればお友達の先輩でも一緒にはいられなくなる。
って、そうなっても自業自得だから受け入れるしかないか。
「ええ、私のことも遥でいいから」
「よろしくお願いしますっ」
群れたら普段は大人しい人間でも本性が出るようになっているのかもしれない。
私が後ろ指さされないように気を付けないと。
「汐見、少し綿引を借りてもいいか」
「ええ」
腕を掴まれて特になにも思わず、言わずに歩いていると「普通に戻してくれよ」と言われた。
先輩と二人きりならできてもあの人がいるところでは無理、こういう時間を増やしてくれればとも言えないから解決はしない。
「二人ともおはよう」
「おはようございます」
志田先輩ならなんとかできる……わけでもない。
ここで変に積極的に話しかけていたらそのことでも怒られてしまいそうだった。
「おう……」
「うん? 淳はいつもとは少し違うね」
「綿引が冷たいからな」
「え、想像できないな、綿引さんなんてすぐに『若生先輩!』と近づいているぐらいなのに」
え、やだ恥ずかしい、それだと私が本当にこの人のことを好きでいるみたいだ。
お友達としては好きでも絶対にそういう意味で求めてはいない。
先輩としてもなにかがあってほしくはないだろう、一緒にいるだけで勘違いして踏み込もうとしてくる女とは安心してゆっくり過ごせない。
「僕としては少し寂しいぐらいだけどね」
「え、あれ……」
「冗談じゃないよ、確かに先に出会った淳には勝てないかもしれないけど僕も友達なんだからさ」
こ、これ以上ややこしくするのはやめてもらいたかった。
なのであのお友達さんを連れてくることにした。
ここで遥さんを連れてきてしまうとより大変なことになってしまうのでなにもないはずのお友達さんを頼るのだ。
「後輩ちゃんが二人といたことは知っていたんだよね」
「そ、そうですか、遥先輩も知っていたみたいなので違和感はありませんね」
「だっていつも一緒にいたからね。でも、この感じを見ると後輩ちゃんが頑張っているより先輩の男の子達が後輩ちゃんに対して頑張っているように見えるね?」
「実際は全くそんなことはありませんけどね」
あったらこんなことにはなっていないって。
話しかけてくれたことに喜んで、それこそ「若生先輩!」と自分から行っているところだ。
相手が男の人ならよかったのに、それなら私は変える必要もなかった。
「ありゃりゃ、みんな固まっちゃった」
「とりあえず来てくれてありがとうございます」
「私はこういうの大好きだから大丈夫」
でも、動く度に情報を知られそうで怖いところもある。
こうして利用させてもらったときは我慢するしかないけどなるべく把握していないでもらいたかった。
私に興味があるとかならいいものの、ただ楽しければいいとかそういう考えで動いているのであればもっと慎重になるべきかもしれない。
それについては遥先輩も同じだけど。
「んーなんとなくだけど後輩ちゃんには――や、自分達で決めてほしいからやめておこう。さ、遥のところに戻ろうよ」
「はい」
「そうだね」
「ああ」
あ、先輩とのことについては先延ばしか。
お昼休みにでもちゃんと吐かせておけば大丈夫かな……って、駄目か。
「若生先輩、言いたいことがあるならいまはっきり言ってください」
もうSHRというこのタイミングは丁度よかった。
距離ができるからなにかがあってもそれでなんとかなるはずだった。




