03
「あ、あの……」
「朝のはどういうことだ、納得できないぞ」
それは単なる誤解だ。
私が三人で集まることを望んでいたのならお弁当は三個あって先輩が拗ねるようなことにはなっていない。
冷静になって考えてみればすぐに分かることなのに、今日はどうしたのだろうか。
「そんなに二人きりは嫌だったのか?」
「全くそんなことはありません」
「でも、肇が来る前提で――あれ、だけどそれだと……」
「そうですよ、志田先輩が来る前提で動いているのであればお弁当は三つあったはずです」
なにを一人で悪く考えているのか。
いつもなら「それ以上はやめろ」と止めてくれるのは彼の方なのに。
「若生先輩、手を出してください」
「おう」
「私は嘘をついてはいません、でも、あのときはああするしかなかったんです」
指先を優しく握って真っすぐに先輩の目を見る。
嘘をついていないということが伝わってくれればよかった、が、すぐにぷいと目を逸らされてしまった。
「でも、志田先輩が帰るまで我慢できたことは偉いですね、よしよししてあげます」
だったら呆れた顔になってもいいからこっちを見てもらえるようにこういうことをするしかない。
ただ、今回は上手くいかなかった。
手を突っぱねたりして終わらせたりはしないものの、顔を見られたくないとばかりに必死にね。
「もうやめろ……」
「はい」
「で、中途半端な時間だけどどうするか」
「それなら私のお家に来てください、夜になったらご飯を作りますよ」
駄目かな……? 今度はこちらを見たまま固まってしまっている。
私達にとっては上がったり、上がらせてもらうのはなにも特別なことではないからいいと思うけど。
それに先輩だけに口にしているわけではないから勘違いをされたりはしないはずだ。
警戒されつつ来られても嫌だからね、うん。
「若生先輩?」
「ああ、行くか」
「はい」
歩いてあと鍵を開ければ中に入れる、そうなったところで「やっぱりいい」と言われてしまった。
だ、だったら公園のところで言ってくれればお家まで送ったのにと内で叫ぶ。
しかもその割りには帰ろうとしないので、玄関前で馬鹿みたいに固まることになった。
大袈裟でもなんでもなく冬の寒い中、そんなことをしていたら酷くなりかねないので腕を掴んで今度は先輩のお家に向かって歩き始めた。
「今日の若生先輩はらしくないです。いつもならガチトーンで『そんなに二人きりは嫌だったのかよ……』なんて言いませんからね」
「俺の考えすぎだったけど今回はいつもとは違ったんだよ」
「でも、相手は私ですよ?」
「相手が誰だろうと二人でいたくないように見えたらこうなる。綿引だってどうせ俺らにそんな反応をされたら傷つくだろ」
それはそうだ、何故なら私は先輩達二人みたいに強くはないから。
ほんの些細なことで傷ついて、自分の方から行けなくなるときもあるぐらいなのに。
意味もないのに裏を考えようとして自爆するような人間にそんなことを言われても答えは変わらない。
「着きましたね。もちろん、自分のお家の方がやりやすいことには変わりませんがここでもやりたいことはできます、なのでちゃんと作りますからね」
「俺も手伝う、そもそももう世話になっている状態だからな」
「はい」
全部一人でやりたいなんて考えてはいない。
台所を使わせてもらっていても堂々といられる理由になるからありがたい。
あとは……同じ建物の中にいても距離があったら寂しいから。
だって離れているなら一緒のところにいても意味はない。
「綿引、煎餅ならあるぞ?」
「はは、若生先輩って私が上がらせてもらうと絶対に食べ物をくれますよね」
「ほら、煎餅は知らないけど女子って菓子とか食うの好きだろ」
昔いた女の子のお友達はお家に遊びに行くといつももしゃもしゃ食べていたかな。
でも、甘いのばかり求めるなんてこともなくて、お煎餅とかも大好きだったから本当に人による。
一切食べない人もいるだろうからできればその人達を見習いたいけど……こうして出されてしまうとねえ……。
「それに綿引はもう少し肉をつけた方がいい」
「え、こ、これでも一生懸命頑張ってコントロールしているんですけど……」
食べるだけ食べて寝ていたらお肉はついていくばかりだ。
身長が高くなったわけでも、筋肉量が増えたわけでもないのに体重が増えたときには泣いたぐらい。
「いや細すぎるだろ」
「き、気痩せしているだけかもしれませんよ? 見ますか?」
「いや見ないよ。つか、気を付けろよ、相手は同性じゃないんだぞ」
「若生先輩なら問題ないですけど」
「見せるな見せるな、見せるとしても恋人とかにしろ」
まあ、本人がこういう反応を見せてきているのに一人肌を晒しても冷えるだけだからいいか。
腹痛になって若生家でトイレで格闘、なんてことにはなってほしくない。
もう一方の方で使わせてもらうことになってもそれは許してもらいたかった。
「肇にもそんなこと言うなよ」
「はい」
先輩になら言えることと、志田先輩には言えることの違いはやっぱりある。
柔らかい表情でいることの多い志田先輩だからこそ無理なこともあった。
「やっと終わったよ、ごめんね待たせて」
「お疲れ様です。いえ、すぐでしたから大丈夫ですよ」
五分ぐらい志田先輩の席に座っていただけだ。
あ、今日のこれは本人に頼まれたからで、用があるときに無理やり構ってもらおうとしたわけではないことは分かってもらいたい。
「それ、つけてくれているんだね」
「はい、これ自体は可愛いですからね」
あれとこれとは別という考え方ができている。
なんでもかんでも悪い方に捉えていたら人生はつまらないものになってしまう。
自分のせいでそうなるのは耐えられないから気を付けられる。
「でも、これを貰ったままなにもしないままで終わりにはできません。志田先輩にもこういった物を贈りたいですね」
「あ、それなら欲しいガチャガチャがあったんだ、いいかな?」
「はい、行きましょう」
もう少し時間が経過すれば暗くなるな。
黒く染まり切っていない曖昧な時間帯が好き……かもしれない。
場合によっては顔を見られたくないときがあるからそれを少しだけ隠してくれるから。
「これなんだけど」
「三百円ですね。えっと――どうぞ」
例えばこういう物を手に入れて、一人テンションを上げていたとしても分かりづらくなるだろう。
急に飛び跳ねたり、スキップしたくなるときがあっても闇が周りから奇異な目で見られないようにしてくれる。
「ああ……やっぱり一番欲しい物は出ないよね」
これはこれで可愛いからいいと思う。
一回あたりの値段は高くなってしまったけどその分、魅力的な物が入っている可能性が高まった。
「ランダムですからね。これもガシャガシャの物だったんですか?」
「ううん、それは売っていた物を買ったんだよ」
「流石に自動販売機のストラップを売っているお店は……ないですよね」
「うん、見たことがない。はは、もう無くなっちゃったんだけど昔、このメーカーの自動販売機で何回も飲み物を買っていたから欲しかったんだ。でも、どれも小さくて可愛いから外れでもないんだよね。ありがとう」
改めてお礼を言っておいた。
なんか急に欲しくなったから回してみたら、
「あ、志田先輩が欲しかった物が手に入りました」
これだ! という物がなかったからかな、あっさり手に入ってしまった。
志田先輩の方を見てみると少し気になっていそうな表情だったのでそのまま差し出す。
「交換しませんか?」
「い、いいの?」
「はい、志田先輩が言っていたようにどれも可愛いですから」
「ありがとう綿引さんっ」
お、おお、こんなに嬉しそうな顔をしてもらえるのならそのつもりはなくてもこれを回してよかったと思える。
とはいえ、鞄には既にきのこ君が存在しているので遊びに行くとき用のバッグにつけることにした。
しっかり取り出しやすい位置にしまって向き直る。
「これ以上は危ないね、もう帰ろうか」
「はい」
これは先輩もそうだけどいつも車道側を歩いてくれていた。
その際の距離が近くて、触れてしまわないか気になる。
触れてしまった際に「べ、別にわざとやっているわけじゃないからね!?」とツンデレさんみたいな反応をしてしまいそうだ。
「そうだ、家に着いたら上がる?」
「いいんですかっ!?」
「う、うん」
これも自動販売機パワーか、益々回してよかったとしか思えないな。
あれだけ躱し続けてきた志田先輩をこうまで変えてしまうなんて恐ろしい存在だ。
「はい、どうぞ」
「お邪魔します!」
あ、それでもこれが初めてというわけではないから大袈裟な反応だったか。
あとは単にこのままだと迷惑でしかないので静かにしておくことにした。
お家の中もそうだから私だけはしゃいでいたら浮いてしまう。
「上がってもらったのはこれが二回目だね」
「そうですね」
出会ってから確か三ヵ月ぐらい経過したときに一回だけ入れてくれた。
志田先輩が落とし物をして、それを私が拾って届けたことがきっかけだった。
そのときはバタバタしていてすぐに対応することができなかったからだけど流石に外で待たせておくことはできなかったみたい。
「いまこうして上がってもらっていることから分かってもらえると嬉しいけど別に嫌だからとかじゃないんだ。僕はただ、綿引さんにとって綿引さん自身の家や淳の家の方が落ち着くだろうって考えてのことでさ」
「はい」
実際、お家選びのときに毎回言ってくれていることだから疑っては――いまは疑ってはいない。
平気で誘っておきながらあれだけど私もたまに「なにもないけどいいのかな、それなら~」と考えてしまうことがあるから気持ちは分かる。
「それになんか……恥ずかしくて、僕らってなにも決まって三人で集まるわけじゃないからね。綿引さんと二人きりのときもあるし、そういうときに家に来られてもまともに相手をすることができないから……」
「無理やり上がらせてもらったりはしないので不安にならないでください」
「情けない年上でごめんね……」
そんなことはない。
でも、多分いまはそのまともに相手をすることができない状態……? なのでこのことで言葉を重ねることはしなかった。
三十分ぐらいゆっくりさせてもらい、そこからは送ってもらったりはしないで走って帰った。
「あだ……」
お昼休みに本を読んでいたらどこかからか飛んできた飛来物にやられて頭を押さえた。
その瞬間に浮かんでくるこの前のアレ、救いなのはサッカーボールではなかったことか。
消しゴムを拾って渡すと「あ、悪い綿引」と言って受け取ってくれた。
「ううん、だけど気を付けてね」
「おう」
喋り方は似ていても先輩ではない。
というか、今日はまだ挨拶もできていないぞ。
そのせいで朝読書用の物に手を出してしまっているし……。
仕方がないから動くか。
上階に移動してこそこそ見ていると今日も志田先輩と一緒にいる女の人がいた。
お友達だからこその距離感なのか、実は隠しているだけで既に付き合っているからこその距離感なのか、しかしズケズケとは聞くことができないから言ってくれるのを待つしかない。
先輩はいないな……食堂でも会わなかった。
風邪で休む時はちゃんと言ってくれる人だからその線もない。
これ以上はここにいても不審者にしか思われないから向こう側から戻ろうとしたときのこと、空き教室の中でこれまた女の人と話している先輩を発見した。
だ、誰なのか、初めて見た。
でも、私達とばかりいるあの人にちゃんと他のお友達がいて安心した。
「待った、誰かいるのか?」
危ない危ない、気づかれないようにシュババと戻ろう。
間違っても視界に入らないように気づいた後は扉に隠れて過ごしていたのに鋭い人だ。
話しているところを見られたくなかったのかな?
スルーせずに盗み聞きをしようとしていた私だけど言いふらしたりはしないからそう不安にならなくていい。
というか、言う相手がいないのだから。
教室に戻って座っていたらすぐに五時間目がやってきた。
授業の時間もやっぱり好きなのでなにも苦ではない、いつものようにやるだけで終わっていく。
「おい」
「なんですか?」
その休み時間で先輩がやって来て何故か睨まれることに。
「こそこそするなよ」
「え、なんの話だか……私はお昼休みもここにいましたからね」
「じゃあ違うのか?」
うっ、ちゃんと言っておこうか。
たまたま見てしまったのだと説明しておいた、お友達がいて安心したことも。
「今日初めて話したばっかだぞ」
「そうなんですね」
「なんか興味を持ってくれたみたいでな、放課後に集まる約束をした」
「え、珍しいですね」
「まあ、騒がしくするような人間じゃないって分かったし、少しぐらいはな」
やばい、いますぐにでもここが闇に染まってほしい。
いまこそ跳ねて、スキップして喜びたいところだ。
だってこのまま上手くいけばお付き合いできるかもしれない、お友達のそういうことなら喜んで当たり前だ。
「仲良くなれるといいですね」
「まあな。綿引、泣くなよ?」
「はい?」
ああ、上手くいったら泣くかもね。
昔から一緒にいられているわけでもないのに「若生先輩にやっとそういう人が……」と感激の涙がね。
そのときは「なんだよそれ……」と呆れたような顔をしてツッコミを入れてほしい。
それだけで満足できる、私にはそれで十分だ。
「いや、なんでもない」
「はい」
お小遣いも入ったから私はまた本でも買いに行こう。
これからはこれが当たり前になるから本に付き合ってもらうしかない。
それにしてもこうも同タイミングで変わっていくものだな、と。
もちろん、これに関してはいいことだから気になってはいなかった。
私は私らしくしたいことをしながら待っていようと決めて、六時間目が始まるのも待つことにした。




