02
「お、重いです……」
「今日は腕が疲れていてな、もう少しだけこうさせてくれ」
だったら頭に腕を置くのではなくて手で頭を撫でてくれればいいのに。
こういうところは物足りないところだったりもする。
結局触れていることには変わらないのだから私にとってより効果が高い方を選べばいい。
「つか、今更だけど肇はよかったのか?」
「はい、今日もあの女の人と楽しそうにしていましたからね」
もう放課後で、もう帰ってしまっただろうから本当に今更の話だ。
既に一時間は経過している、だというのに私達は残ってこうしてゆっくりしている。
最初の頃はこの先輩に対してもビクビクしていたのにすっかり変わってしまったものだと先輩の顔を見ながら考えた。
しかもその状態で志田先輩を紹介されたから自由にされてしまうのか!? と一人慌てることになったわけで。
「あいつらが付き合い始めたらどうするか」
「それなら私はもっと若生先輩に相手をしてもらいたいです」
「もういまの時点で十分相手をしているだろ」
うん、放課後になったらすぐに来てくれるぐらいだからそういうことになる。
でも、先輩にも気になっている女の子とかがいるなら申し訳ない。
強ければ「他の人を優先してあげてください」と口にし、格好良く去ることができるのにできない。
それどころか離れたくないから何度も「一緒にいてください」とぶつけているぐらいだ。
「もう薄暗くなってしまいましたね」
「はぁ、これ以上はやめておくか、帰ろうぜ」
「はい」
斜め前を歩く先輩の背中をついつい見つめてしまう。
来てくれているから全力で乗っかっている形になるけど先輩はなんで来てくれているのか。
先輩が困っているところで私が助けてあげた、とかなら違和感はない。
が、実際は私が助けられたうえに似たようなことを重ねられていくだけだから先輩からしたら不公平ではないだろうか。
美少女とか美人なら一方的に支えられることもあるとしても私は普通なのに。
「わぷ」
「ちゃんと前を見ながら歩けよ」
「若生先輩はなんで来てくれるんですか?」
「は? そんなの友達だからだろ」
うん、そこは別に否定していない。
というか、お友達でもないならこんなに一緒にはいられない。
メンタルクソ雑魚女というわけでもないけど強くもないから。
離れるつもりはないとしても少し怖い顔をされただけで行きづらくなるときがあるぐらいだった。
「今日はいいのか?」
「あ、はい。はは、流石にそんなにすぐには読み終わりませんからね」
金欠の状態なのに本を買ってより酷くなった。
だから二十五日になるまではお出かけに付いて行くことができない。
この人達は平気で「買ってやるよ」と奢ろうとしてしまうから駄目なのだ。
お小遣いを貰えたら堂々と付いて行こう。
「家でなにをしているんだ?」
「お家では課題を出されたらちゃんとやって、それがないときは家事、家事が終わったらごろごろしていますね」
「あれだけ本があるのに読まないんだな」
あ、読了済みの本なら読んだりもする。
泣ける内容なら何回でも泣いて、笑える内容なら何回でも笑う。
もしこそこそと隠れて例えば先輩達が見ていたとしたらそのときの私は変人に見えると思う。
「帰りは送ってやるから今日も俺の家に来いよ」
「はい」
こうして一緒に帰っていることからも分かるように、私達のお家は一つの道で繋がっているから一人で帰ることになっても大丈夫だ。
実は暗闇がそこまで得意ではないけどピーピー泣くなんてダサいからね。
「お部屋にエアコンがあるなんて贅沢ですね」
「ま、遠慮しないで使えとも言ってくれているし、ありがたいことだな。少し待っていてくれ、菓子とか探して持ってくるから」
ふふ、って、探したりはしないよ。
昨日と同じように大人しく座って待っていると「チョコがあったわ」と、渡されたのを見てみると好きなお菓子だった。
「これ好――きっくしゅ!」
ああ……なにもこのタイミングでくしゃみが出なくてもいいのに……。
「冷えるか? それならこれでも掛けておけよ」
「す、すみません」
「寒そうにされている方が気になるからな」
暖房が効いているのに私ときたら。
まあ、コントロールできることではないけどね。
でも、お家でもくしゅくしゅくしゃみばかりというわけではないから不思議だ。
「ゲームでもやるか?」
「いえ、若生先輩がやりたいなら気にせずにやってください」
「別にいまそういう気分じゃないからいい」
き、気まずいのかな?
もっとこう、一人でペラペラと喋って「なに一人で喋っているんだよ」と呆れたような顔で突っ込まれるぐらいがいい?
呆れたような顔からもっとマイナス方向に傾くと逃げたくなるから慎重に動かないと。
「あー土曜になったらどこかに行こうぜ」
土曜日なら時間もあるし、色々見て回るのもいいかもしれない――って、まだお金がないのか。
「いまお金がなくてですね」
「飯ぐらいなら奢ってやるよ」
「駄目ですよっ、そういうのはたとえお友達でも何回もすることではないんです!」
重ねられてしまえばせっかくお小遣いが手に入っても返すことに一生懸命にならなければならず、自分の好きな物を買えなくなってしまう。
そのときには新しい本も欲しくなっているだろう、結構値段がするから貯めておかなければならないのだ。
「でも、俺は綿引と集まりたいからな。俺のわがままで来てもらっているんだからそれぐらいするのが普通じゃないか?」
「そ、そんなに一緒にいたいんですか?」
「だからそう言っているだろ、なんか出会ってからずっとそうなんだよ。これがさっきの問いに対するもっと細かい答えだ」
露出が激しい本のことを言われたときよりもひぇっとなった。
「な、いいだろ?」
「お出かけすること自体は全く問題ありませんよ」
「じゃ、当日にどこに行きたいかを考えておいてくれよな」
お金がなくても楽しめる場所か。
あ、先輩はサッカー部に入っていたらしくて玄関のところにサッカーボールがあったから公園で蹴り合うのはどうかな?
それならタダ、しかもお腹が空いても流れて奢られてしまうなんてこともなくてどちらかのお家に移動してしまえばいい。
ふふふ、先輩としては私と一緒にいられればいいのだからそうなっても受け入れてくれることだろう、完璧だ。
「サッカーをしましょう」
「二人でか? ま、それもいいかもな」
たまたま近くにボールを使用しても問題のない公園があってよかった。
待てよ……? お弁当を作って持って行くとかどうだろうか?
とはいえ、このことは言わずに当日を待つことにしておいた。
「はぁ……はぁ……」
危ない危ない、なんとか集合時間までに間に合った。
先程まで大慌てでお弁当を作っていた、何故そうなったのかは単なる寝坊だ。
早く起きてスマートに終わらせるつもりだったのに最初から計画が狂った。
それでも何事もなかったかのように存在しておけばツッコまれてしまうことはない。
「若生先輩は……まだ来ていないのかな?」
一応、約束の十五分前には着いていることになるからそんなものかもしれない。
入口近くのベンチに入口に背を向けて座ってぼうっとしていると「待たせたか?」と話しかけられて振り向く。
「いえ、いま来たところですから」
おお、まさかこれを言う日がくるとはって、こんなの誰かと集合時間を決めていれば何回でも言うか。
「ん? なんだそれ?」
「あ、お弁当を作ってきたんです」
「そ、そんなに奢られたくなかったのか」
「それはそうですし、お家に行って作るよりもこの方がいいと思ったので」
運動をするために来ているから慌てていても運動に向かない服装で来てしまったなんてことはない。
いますぐにでも始められる、せめて十四時ぐらいまでは一緒にいたいな。
「さっ、やりましょう!」
「あ、待ってくれ、肇も来るみたいなんだよな」
「お、そうなんですね」
志田先輩もサッカー部に入っていたらしいから未経験者は私だけか。
で、でも、ただ蹴るだけだったらなにも問題ないよね。
なにも試合というわけではないのだ、やったことのない場所を任され、失敗をしたら責められるなんてこともない。
そもそも二人がそんなことをしてくるわけがないのだ。
「危なかった、なんとか間に合ってよかったよ」
「お疲れ様です」
あ゛、そうなるとお弁当が足りないよ……?
仕方がないから私の分は志田先輩に食べてもらうことにするか……。
「部活でもないから緩くな。ほい綿引」
「よいしょー!」
「はははっ、後ろにいっちゃったね、取ってくるよ」
うーん、止めて蹴るのは案外難しいかも?
もうこうなったら無駄に走らなくてもいいように一直線で並んだ方がいい気がする。
「淳」
「おう。綿引、蹴るのは後回しでいい、とりあえずは止めるんだ」
「はい」
試合中は常にボールが動き続けているわけだけどこのままだと迷惑にしかならないからまずは止めよう。
止めたら振り返って志田先輩に向かって蹴る。
なにも言わなくても志田先輩は私が考えた通りの場所にいてくれた。
「やっぱりボールを蹴るのは楽しいな」
「淳は続ければよかったのに」
「拘束時間が長するのはちょっとな」
平日はやれても一時間四十五分ぐらいだったから少し物足りなかった。
あ、バレー部に入っていたけど厳しいなんてこともなくて、午前中いっぱい活動できる土曜日が嬉しかったな。
高校で入らなかったのは初動で躓いたから、でも、中学生のときの経験によって体力とかもついたから満足できている。
自慢にはならないかもしれないものの、ある程度のスポーツは少しやればまあ普通ぐらいにはできるのだ。
「少し浮かせてみるね」
「どんとこいです」
お、おぅ、段々と不規則になってきて太ももあたりに当たって勢いが落ちた。
逸らさなければそれでいい? 野球なんかでも体を使って止めると言うよね。
「もう少し強くてもいいんじゃないか?」
「そうだね」
あ、あれ、なにか変なスイッチが入ってしまったのかな……?
久しぶりにやれたことで「いくぞごらあ!」となってしまったのかもしれない。
だったらそれに水を差してしまわないように付いていかないと。
大丈夫、ちゃんと止められる。
「あ、ごめん、電話だ」
「おう」
結局、私が参加している限りは全く本気を出せていないことが分かった。
「すみません、これだと不完全燃焼的なことになってしまいますよね」
「え、全くそんなことはないぞ。寧ろ綿引のおかげであの肇も来てくれたぐらいだから感謝しているよ。ありがとな」
「は、はい」
こ、こういうところでさらっと頭を撫でてしまうのがもうね……。
なにをどうすればこんな人に育つのだろうか。
ご家族が事あるごとにこういうことをしてくれているとか? もしそうなら先輩も影響を受けるか。
これは先輩にとって当たり前のことなのだ。
「ただ、あれだと途中で抜けるかもな」
「その際は私で我慢してください」
「はは、元々の約束は二人で遊ぶってやつだったからな、それで十分だ」
あ、それならそれでお弁当を食べられるからいいか……と汚い心がっ。
「お待たせ。十五時ぐらいにはお買い物をしてから帰ってきてほしいと言われただけだったよ」
なっ、さ、さようなら私のお弁当!
はは、いいさいいさ、味については保障できるから「美味しいね」と言ってもらえることだろうし? うん、得なことが増えるというわけだ。
「なんだ、あの女子じゃなかったのか」
「複数人の女の子と一緒にいるから誰かは分からないけど休日に遊ぶような子は綿引さんぐらいかな」
「本当かよ」
た、確かに。
休日は集まっていなくても平日の放課後には誘われて付いて行っていそう。
先輩と違って一緒にいないことも多いからこれまた先輩と比べたら分からないことだらけだ。
「本当だよ、気になるなら見せてあげようか?」
「いやいい、そもそも勝手に見せようとするなよ」
「はは、いまは見せてしまっているけどね」
「もういい。やろうぜ」
なんでこんなボールを蹴るだけで楽しいんだろう。
ボールを打って楽しんでいた人間からすればなにもおかしなことはないけどあのときとはまた違った楽しさだ。
冬にちゃんと体を動かせていることがいいのかな、こういうのは相手がいないと多分続かないから。
「綿引っ、これでどうだ!」
先輩が蹴ったボールはバーンッと凄く上の方まで飛んで、そしてそのまま私のところへ。
上手くトラップ……? というのをして「おお、やるな」と言わせてみせる。
しっかりボールを見ながら位置調整をして……ここだ!
「ぐはあ!?」
調整に失敗したことで少し前で跳ねてそのまま鳩尾へクリティカルヒット。
これは冗談でもなんでもなくお腹を押さえて倒れることになった。
冬の冷たい気温も影響し、何倍ものダメージによって終わった。
「わ、綿引さん大丈夫っ?」
「は、はい゛……す、すみません゛」
「もう淳!」
「わ、悪かったよ。ただ、普通にできていたからこれでもなんとかなると思って……」
まあ……バレーも普通レベルから上には上げられなかったからなあ……。
できるけど上手くはない、いっつもそんな感じなのだ。
「ぐっ……き、気にしないでください」
「綿引さんとりあえずベンチに座った方がいいよ」
「は、はい、ありがとうございます」
ふぅ、少し落ち着いてきた。
これ以上は構ってちゃんでしかないのでやめよう。
って、別に痛がるフリをしていたとかではなくて本当に痛かったんだけど。
「あ、お二人にお弁当を作ってきたんです、あともう少ししたら食べてくださいね」
「おい、それは自分用だろ?」
よ、余計なことを……。
「いえ、最初からこのことを見据えてお弁当を作ってきたんです」
「え、じゃあ……二人きりは嫌だったってことかよ」
いまは前に進めるしかない。
先程と変わって暗い顔になってしまった先輩が気になるけどごちゃごちゃしないためにも必要だった。




