01
「はぁ……」
最近は寒い、お布団から出るのが辛い。
それでも学校に行かなければならない、まあこれは私だけではないけど。
大人なら勤めている会社に行かなければならないし、みんな苦労していることは分かっている。
でも、文句を言いたくなるのは仕方がないと片付けてもらえないだろうか。
文句を言ってもなにも変わらないけど。
ただ、冬なら冬でメリットはある。
それは教室内にエアコンが設置されていて暖房が効いているため、なにもずっと辛いわけではない。
教室から出なければならないときに冷たい気温が迎えるのは我慢するしかない。
「おはようございます」
「おはよう」
担任の西村先生は朝は決まって校門のところにいる。
だからついつい足を止めて見ていると「綿引、猫背になっているぞ」と指摘されてしまった。
前に聞いたことがあるけどこれは自分から積極的にやっているらしい。
冬生まれなのかな? あ、だけど冬でも冬に弱い人がいるから当てはまらないか。
「今日はどうした? いつもなら挨拶をしてすぐに離れるのに」
「西村先生は気にならないんですか?」
「寒さか? まあ、寒く感じないと言ったら嘘になるが自分から出ておいて文句を言っても馬鹿者にしか見えないからな」
「そうですか、教えてくれてありがとうございました」
毎日毎日同じことについて不満ばかりを吐いている私は馬鹿者だな。
これ以上馬鹿者にならないようにさっさと教室に行こう。
私が所属している教室は二階の端っこにある。
そしてその中で更に端っこに私の机と椅子があってそこで頑張っている。
端は端でも窓際ではないから横を見ても壁か生徒しか見えない。
天気ぐらいはこの距離でも視力が悪くないから見えるけど学校にいる間はそんなの気にしても意味はないからね。
うーん、なんかこういつもとは違うことが起きたりはしないだろうか――あ、フラグにならないためにいい方向でいいことが起きたりしないかな。
そうすればいまの時点でも楽しい人生がもっといい人生になる。
一回きりの人生なのだからいいことが多くあってもいいだろう。
って、考えたぐらいで変わるのならこんなことは願わないか。
「激込みだ……」
お昼休み。
食堂には沢山の利用者がいた。
料理を受け取るために長い列に並んでいる人達と、多めに設置されているはずなのに埋まりそうになっている席を確保するために動いている人達。
ここに来ていることからも分かるようにお弁当派ではないからやっぱりやめるということができない、また、いまは金欠で購買の方に切り替えるということも現実的ではなかった。
ここで食べても食べられなくてもお昼休みが終われば五時間目がやってくる。
並んで慌ててご飯を食べることになるよりは諦めてしまった方がいいような……。
「あれ、綿引もう食ったのか?」
「あ、若生先輩」
この人は二年生の若生淳先輩だ。
入学してすぐのときに鞄の中身をぶちまけた際、近くにいた先輩が拾ってくれたことがきっかけだった。
その翌日にすぐにお礼をするために行ってみたら何故だか笑われてしまったものの、そこから安定して冬のいままで一緒にいられている。
容姿や髪の長さなんかも普通の男の子という感じだ。
「えっと、物凄く沢山の利用者がいて諦めてきました」
「それだと腹が減るだろ? 付いてこい」
「あ、はい」
一人では無理だと感じていた人達の群れも先輩と一緒にいるとなんてことはなかった。
というか、ちゃんとここを利用したい人が利用できるように余裕を持って整えられているから悪く考えすぎたのか。
少し時間がズレたことも影響しているのかもしれない。
とにかく、料理を持って奇跡的に空いていたすぐ近くの席に座った。
おお、食べられないと思っていたからこれはたまらない、いい匂いに負けていく。
先輩はお友達さんと話しながら既に食べていたのでお預け的なことにならなくてよかったと思う――いや確かにこのときまではよかった。
スープの中に嫌いな椎茸が入っている!
もう一つの方にしておくべきだったと後悔してももう遅い。
何故変化を求めて普段頼んだことがない物を頼んでしまったのか。
「あ、あの」
「ん? あ、また椎茸か。嫌いな物をいつまでも人にあげていたら克服できないぞ」
「でも、椎茸を食べたら冗談抜きで吐きます」
母だって厳しく言ってくるから頑張って食べようとしたときがあった。
その結果、より酷くなった、中学生のときは牛乳でなんとかしていたけどそれもできなくなった。
大袈裟でもなんでもなく吐くし、口内に存在しているだけで体が痒くなる。
そう、アレルギー症状みたいなものが出ているから仕方がないのだ。
そんな物を喜々として食べさせようとする人がいたら「あんたは私を殺したいのか!?」と叫んでいるところだ。
「ま、真顔でそんなこと言うなよ。じゃ、ここに乗せてくれ」
「え、は、箸はもう使ってしまいましたから」
「あーそういうの面倒くさいから気にすんな」
ぐっ、一番にスープを飲むところから始めていたらこんなことには。
が、躊躇していたら先輩は食べ終わって食器を片付けてしまうからここで止まってはいられない。
あと、全く並ばなかったというわけではないからそこまでゆっくりしている時間はないのだ。
ええいっ、先輩がそうしろと言ってくれているんだから気にするな私!
椎茸だけを残して食器を片付けることになるよりはこの方が遥かにいい!
「じゃ、椎茸を食べてやるんだからそのかわりにそのカツを一切れ、もちろんくれるよな?」
そ、そんな!?
「ど、どうぞ」
「はははっ、冗談だよ」
……昔から一緒にいる相手ならいまので叩く、ことはできないから去っているところだ。
ふぅ、私にとっての天敵も消えたことだからこれで美味しい物達だけに集中できる。
残念なのはそういう物はすぐに終わってしまうことかな。
「食った食った、まだ時間があるからどうするかねー」
「私は教室に戻ります、ありがとうございました」
「ん、じゃあ付いて行くわ」
別に私だけの場所というわけではないからそうしたいならそうしてくれればいい。
ご飯を食べてしまったばかりに五時間目は眠たくなる、なんてことにはならないからいつものように壁を見つめていよう。
「おーい、壁を見つめたってなにも出てこないぞ」
「いつもこう過ごしているんです」
「ま、知っているけどさ。友達が俺とあいつだけってのも微妙だろ? 動いてみればいいだろ」
「若生先輩とあの人だけで十分ですよ」
今日はまだ会えていないけど先輩のお友達さんともお友達としていられている。
日に最低でも一回は会話をしたい派なので、どうせここにいてもなにも変わらないから先輩達の教室に行くことにした。
「あ、またあの女子か」
「同級生の方ですよね」
遠目からでも分かる長く奇麗な髪、そして奇麗な顔。
それなのに笑った顔は可愛らしいというチートみたいな存在。
あの人なら生まれ持ったその武器を駆使して何人もの男の子達を虜にできそうだった。
制服を着ているから細かいところまでは分からないものの、お胸だけはそこまでではなくて血反吐を吐く必要はない。
「わざわざ別のクラスから来るとかどれだけあいつのことが好きなんだよ」
「それなら若生先輩も私のことが好きということになってしまいますけど」
「え、綿引か……」
ぐは……。
「やっと終わった、行くか」
もういいよ、いまのでダメージ大だよ。
そもそも放課後になにか予定がなければ一緒に帰ることができるのだからここで無理をする必要もなかったのに。
「てい」
「痛いよ淳」
少しだけ高めの声音だけどそれでも男の子という感じ。
横にいる先輩よりも何気に身長が高くて、いつも顔を見ると一瞬固まってしまう。
柔らかい表情で「どうしたの?」と聞いてきてくれるこの感じ。
「淳、綿引さんはどうしちゃったの?」
「あー一種の病気みたいなもんだ」
「え、大丈夫なの?」
志田肇先輩をついつい見てしまう。
「そうだ、綿引さんにこれを渡そうと思ってね」
「なんだそれ?」
「傘の部分じゃなくて束の部分を掴んで引っ張るとね? ほら、ブルブル震えるキノコ型のストラップだよ」
キノコ、しかも椎茸だ。
うん、食べることにならなければこんなものだ。
しかし、志田先輩といるとこういうことが多いのがなんとも言えないところで。
「肇……意地が悪いな」
「あ、いや、これなら可愛くて椎茸嫌いも少しぐらいはなんとかなるかなって」
「ま、別にこれは本物というわけじゃないし、綿引も普通に受け取っているから問題はないか」
教室に戻ったら鞄につけておこう。
お友達が話しかけてきたのでお礼を言って離れる。
「綿引、いちいち固まる癖なんとかしろよ」
「でも、じっと見たくなりませんか?」
「肇の顔なんてこれまでずっと見てきているんだからならないよ」
先輩と志田先輩は幼馴染というわけではないけど昔から一緒にいるみたいだ。
女の子と男の子でもないのに結構泊めたり、泊まらせたりしているみたい。
私はそれを聞いて盛り上がってしまったこともあったものの、隠せていなくて先輩に少し怒られてしまってからは妄想をやめていた。
「肇の顔をじっと見ているぐらいなら綿引の顔をじっと見ていた方がマシだ」
「えっ」
「だって分かりやすく変わるからな。ははは、そういうところは可愛いと思うぞ」
な、なんだこの人は! って、いまに始まったことではないんだよね……。
出会った頃から勘違いしてしまいそうな言葉を放ってくる人だ。
しかもこういうときの顔は凄く気持ちのいいと感じるもので、だからこそ「本当なのでは……?」と気持ちが悪い妄想をしてしまう私が現れる。
「よし、また放課後な」
「はい」
切り替えて頑張ろう。
どの授業も嫌いではないから集中するだけだった。
「よう、帰ろうぜ」
「引っ張ってくれませんか?」
もうエアコンは切られているというのにここから動けないでいた。
「ん? おう。いくぞ?」
「お、おお」
ほとんど同じ体勢でいたからそのつもりもなかったのに腕が楽になった。
だからそのことに対してお礼を言っていると「帰ろう」と志田先輩も現れた。
「どこかに寄っていくか」
「それなら喫茶店とかどう? コーヒーでも飲めたら内も温まるよ」
「コンビニのコーヒーで十分だな、よってなし」
「淳は厳しいね。綿引さんはどこか行きたいところとかある?」
「そうですね、本屋さんですかね」
朝読書用の本が尽きてしまっているから新しい本が欲しいところなのだ。
行きたくないなら言ってくれればいい、そうすれば一人で行ってくる。
七百円までに抑えて残った三百円はお菓子いきかな。
一人の時間が多いからとお家で読まないようにしないと。
お菓子と飲み物、そういう最高の環境が整っているところで既に二回敗北しているから怖い。
「なら行くか」
「え、いいんですか?」
「おう」
「僕も欲しい本があったから丁度よかったな、行こう」
この人達の困るところはこうして私には合わせてしまうところだ。
志田先輩に対するときと同じように「いまは興味ない、他は?」となってくれればいいのに。
ちゃんとそういうことも口にできるのがお友達だろう。
「うわ、またお堅そうな小説を見ているな」
「若生先輩は朝読書のときいつもどうしているんですか?」
参考になればいいな。
別にこのジャンルだけ! みたいな変な拘りはないから結構なんでも手を伸ばす。
漫画なんかは無理だからそれを挙げられてもお家用になるだけだけどそれにしたって役には立つのだ。
「俺は行と行の間を読んでいるぞ」
「はは、淳のそれは読んでいるとは言わないよ」
「こういうのは読みたい奴だけが読んでいればいいんだよ、作者だって嫌々読まれたくないだろ」
うーん、どうなんだろう。
嫌々でも、書き込んだ文字が手に取った人達の視界に入ってくるなら違うのかも……?
「あ、これを買ってきますね」
「うん、僕もすぐに済ませるから」
ライトノベルみたいに表紙で決めることはできないからビビッときた物を特に考えずに買っている。
それでいまは本棚一つ分ぐらいになっていた。
困ったら言ってほしい、そうすれば貸すことができる。
いつもお世話になっているからそういうことで少しずつ返していくしかない。
「お待たせ」
「もうなんか疲れたから俺か肇の家に行こうぜ」
あ、分かる、お買い物のためにお店に寄るとそれだけで疲れるよね。
なにかやらされているというわけでもないのにそうなる、お家が好きすぎるのもある。
そこまでではないにしても先輩二人といることも影響していた。
「綿引さんはどっちがいい?」
「ど、どっちでも大丈夫です」
「いいから肇が決めろ」
「それなら淳の家かな」
先輩のお家にはもう何回も上がらせてもらったから今更こんなことで慌てることはない。
ただ、こういうときに絶対に先輩のお家のことを出して躱そうとしてくる人なのでその事実に少し引っかかる。
「僕の部屋は狭いからね」
「あーそれはそうだな」
「だから広い淳の部屋の方が綿引さんも気を使わなくて楽だと思ったんだ」
ば、バレているのかな……?
お前のことを考えて言ってやっているんだから変な勘違いをするなよとそう言いたいのかもしれない。
「でも、若生先輩のお部屋にはえっちな本がありました」
「ああ。んー確かにそれを考えると僕の部屋の方がいいのかもしれないね」
「あれぐらいでエロ本扱いするなよ、普通だろ普通」
ひぇ、あれだけ露出が激しい漫画を所持しているのにこの発言は……私ではできない。
「せめて綿引さんが来るときぐらいは隠しておこうね」
「そもそも俺は見せつけていないぞ、綿引が勝手に探した結果だ」
だ、だって気になったから仕方がない。
先輩も「そんなことされるとは思わなかったわ」と呆れながらも許し――待って、思い切り引かれていたのでは?
「あ、あのときはすみませんでしたあ!」
「うわっ、な、なんだよ急に……」
「ははは、綿引さんは相変わらず面白い子だね」
いや、私は馬鹿者だ。
そういうのもあって笑ってくれるのが一番だった。




