05
「忘れてねえよ」
「え?」
あ、結局あの後はなにも言われなかったのでお昼休みに再開という形になっているけどあまりに急すぎた。
これのためにご飯を食べないでいるわけだからここではしっかり終わらせたい。
「名前、忘れるわけないだろ」
「ああっ、覚えてくれていたんですね」
というか、言いたかったことはそれか。
睨まれていたぐらいなのに言いたかった内容が正直どうでもいいようなことで笑いそうに――いや実際に笑うことになった。
まあ、あの女の人とのことについて何度も重ねられても考え方は変わらないからどうにもならない。
私の対応に不満があるのならいまみたいに一人で来てもらうしかない。
「当たり前だ、なにをどうすればずっと一緒にいる人間の名前を忘れられるって言うんだよ」
「いやほら、こうして一年以上が経過したいまでも名字でしか呼ばれていないので」
「名前で呼ばれたかったんならそう言えよ」
「いえ、別にそんな気持ちはありませんが」
名字呼びのままでも困ることってなにもないしなあ。
これは別に特定の女の人といるのにそんなことをしても意味はないとか考えているわけではなく、私がそもそも望んでいないからでしかない。
先輩は頭をボリボリと掻いてから「調子狂うわ」と呟くようにして言った。
「言いたいことはそれだけですか? それならいまからでも食堂に行きましょう」
「おう……」
一食抜いただけで分かりやすく弱るなんてことはないけど食べられた方がいいことには変わらない。
ただ、どうして未だに掴まれたままなのか。
私は問題児かな? じっとできない人間とかではないんだけど。
「少し時間がズレたことで列もそこまでではないですね」
「おう」
おうしか言えないマシンか!
はぁ、これなら誘ってくれた遥さん達に付いて行っておくべきだった。
人間、我慢に我慢を重ねるとよくないと判断してああしてこの人と向き合ったわけだけどさ。
それこそまだ幼い男の子と一緒にいるような気分になる。
相手のお母さんに任されていて、自由に行動したくてもできない……みたいな?
「やっと来たのかい、後輩ちゃんよ」
「先程はせっかく誘ってくれたのにすみませんでした」
「その様子だとしっかり話し合いはできたようだね?」
「少なくとも言いたいことは言ってもらえましたよ」
「若生君は後輩ちゃんになにを言ったのかなー」
隠すようなことではないから教えておいた。
笑うのかと思えばそうではなく、先輩の肩に手を置いてから「そういうのは大事だよね」と。
「そうだ、私のことはれあって呼んでよ、ひらがなでれあだからね?」
「分かりました」
「私は依然として後輩ちゃんと呼ばせてもらうけどねー」
れあさんともこのまま関わることができればいいけど。
「若生先輩にも謝っておかないといけませんね、すみませんでした」
「待て、なにに対する謝罪だよ?」
「だってあの人と一緒にいられなかったわけですからね」
「またそれかよ……」
いやいや、急激に過ごし方を変えているのだからこうなるだろう。
遥さんが私の立場でも同じように謝罪しているだろうよ。
それとこれとは別が通用しなくなるときもあるのだ。
今日はおかずやスープの中に椎茸が入っているなんてこともなくて最後まで美味しいだけだった。
いつものように片付けて食堂をあとにする。
これでもまだ時間はある、が、いいところで止まっている本に頼ると授業に集中できなくなりそうなのでジュースでも飲みつつぼうっとしておくことにした。
渡り廊下の丁度真ん中ぐらいからはある程度の高さがあることで見ていても飽きない光景となっているのでそこに行こう。
「なあ」
「いい天気ですね、いつかまたボールを蹴り合って遊ぶのもいいかもしれませんね」
今度は位置調整に失敗してダメージを受けたりはしない。
実はあれからたまたまお家にあったボールを使ってひそかに練習をしているのだ。
幸い、あの公園はいつでも誰でも利用できて、仮にどこかにぶっ飛ばしてしまったとしても誰にも迷惑はかけない。
そして一人でボールと格闘していてもそれはそれで楽しいのだ、犬みたいに追ってしまうのだ。
「そのときは汐見達も誘うか」
「お、どうしてですか?」
「そうすれば綿引ももっと楽しめるだろ?」
「別に二人きりでもいいですけど遥さん達がいることで人数が増えて若生先輩が楽しめるならいいことですね。あの人も連れてきていいですからね」
「運動は苦手らしいからやめておくわ」
おーおー少しずつ知ってお互いの距離が近くなっていくと。
私が一年と冬現在までの時間を使って積み上げたものを少しの時間で超されてしまいそうだ。
「それくれ」
「え、ストローもないのにどうやって――なるほど」
紙パックの飲み物とかではないから浮かせたら問題ないか。
結構もっていかれて気になるけどそのことで文句を言うことはしないでおいた。
「遥さんとのことで相談があるんですよね?」
「そうなんだよ」
「ここでは駄目なんですか? もう結構学校から離れていますが」
「いや……ここならもう大丈夫かな」
恋愛相談……みたいな甘い感じにはならなさそうだ。
ずっといまにも逃げだしそうな表情でいる。
「あのね、僕は汐見さんのこと友達だと思っているんだ」
「はい」
「でも、半分ぐらいライバル……みたいな感じでさ――だ、だっていつも僕よりテストの点数が高いから! なのにそれでいて『あなたの方が頑張っているわよ』とか言ってくるからさ……こうして結果で差ができているのにって素直に喜べない自分が情けなくてね」
可愛いと言ってもらいたいのかな?
お友達で話す機会も多いからこそいつも通りではいられなくなるのかもしれない。
だけどね、一人で盛り上がりたい私としては少し残念だよ……。
「順位はどれぐらい離れているんですか?」
「三位ぐらいかな」
「え、それなら遥先輩の言う通りじゃないですか」
「で、でもっ、事実汐見さんの方が上だから……」
なんとなく先輩がいたら「それならもっと頑張れよ」と言いそうだけど私が真似をするわけにはいかない。
そもそもテストの結果のことでここまで真剣に悩めるのは努力をしているからだ。
いい加減にしているのなら赤点でも取らない限りは終わったぐらいの感想にしかならないはずで。
「遥先輩に勝ちたいんですね」
「うん、それで同じようなことを言われた際にどうなるのかを確かめたいんだ。ただ素直に受け取れない斜に構えた人間なのか、相手を上回ってから言ってもらいたかっただけなのかをね」
「そうですね……それなら遥先輩と一緒にお勉強をするのはどうですか? 一緒にやることで言葉の説得力も上がりますよね?」
お世辞を重ねているわけではないだろうけど信じられないということならそれで少しはマシになると思う。
お家ではともかくとして、例えば学校では同じ時間お勉強をすることにしていれば努力量ではそこまで差は生まれないはずだ。
「そのときは綿引さんもいてくれるよね……?」
「え、内容も違うのにいる必要とかありますか?」
教えられるわけでもないのに。
私だけが一方的に得をする時間にはなってもらいたくない。
「し、汐見さんって少し怖いところもあるんだ、だから同じ友達の綿引さんがいてくれれば安心してできると思う」
怖いときたか……やる前からこんなメンタルでは既に駄目なのような……。
プルプル震えていつも通りにやることができない志田先輩が容易に想像できてしまう。
私が存在しているだけでそうはならないということなら参加させてもらおうか。
もちろん、許可を貰えてからだけどね。
「遥先輩の許可も貰えれば参加しますよ」
「ありがとう!」
……本当にこの人は凄くいい顔でお礼を言ってくれるなあ。
先輩のたまに見せる真剣な顔で、というのもいいけどこれも気持ちがいいものだ。
「れあ先輩も大丈夫ですかね?」
食事時に時間を貰うのも微妙なので帰ってすぐに電話をかけた。
「ええ、寧ろ『どこかに行って』と言っても聞いてくれないわよ?」
「ははは、仲良しなんですね。えっと、明日からみたいなのでそのつもりでお願いします」
やると決めたらすぐに動く人であることは去年から分かっていたことだ。
いや本当に自分がいるだけでこうなっているわけだから……悪い気はしない。
調子に乗ってしまわないようにだけ気を付けておけば自然と相手の時間を稼ぐことができるなんて最高ではないだろうか。
「分かったわ」
「それでは――」
「今日はあまりいられなかったからいまから行くわ」
「それならあの公園で集まりましょう」
ま、まだ薄暗いだけだから大丈夫だよね。
なにかがあっても遥さんだけは守らないと。
「遥先――」
だ、誰だ? 背丈は同じぐらいだと思うけど男の人のように見える。
間違えたことにして距離を作ろうとしたら後ろから肩を掴まれて飛び上がった。
これでは闇が隠そうとしてくれても意味がない、この人からは丸わかりすぎて。
「ふふ、私には見えなかったでしょう?」
「え……」
既に聞き慣れているというわけではないものの、知っている声音、話し方だった。
「これ、外出するときの癖なの」
「もしかして過去に人に襲われた……とか?」
「いえ、幸いそんなことは起きていないわ。ただ、じろじろ見られたりするのが嫌で男の人のふりをしている感じね」
「それなら学校では大変なことに……」
「でも、嫌な視線ではないから大丈夫よ」
まあ、最近は変わっていても男の人とばかりいる先輩みたいな人もいるからね。
読書や人と会話することを楽しんでいるように見えていたからここはそう不安にならなくてもいいか。
「寒いわね、できれば私の家かあなたの家に移動したいわ」
「それなら遥先輩のお家に行きましょ――」
「分かったわ、瞳の家に移動しましょう」
え、あれ、なにを分かってくれたのか。
私のことを考えてしてくれていても結局、解散となればお家まで送らなければならないのだからなにも変わらない。
一人で帰らせられるわけがないのだ。
「意外と近いのね」
「近い場所に高校があって助かりました。いま開けますね」
奇麗にしているからお部屋でも問題はないけど客間にした。
飲み物を持ってくればここでも……冷えるな。
「すみません、リビング以外はどこもこんな感じでして。ただもう少ししたら両親が帰ってくるので我慢してもらうしかないですね」
「気にしなくていいわ」
大して知っているわけでもないのに今日の遥さんは違うように感じる。
単に男の人のふりをしているからとかかな。
「本当に心から言っていたの。でも、たとえ悪い言葉ではなくても相手が気にしてしまったら駄目よね」
「あれは志田先輩が悪く考えすぎなだけです、遥先輩はなにも悪くありませんよ。あ、ただ手を抜くとか駄目ですからね? 本気で戦って志田先輩が勝たなければ駄目ですから」
「自分の成績に影響するから誰かのためにわざと手を抜くなんてそもそもできないわ。私らしくやっているだけでこれからも変わらない状態が続くかもしれない……のよね」
「だからそれは遥先輩が悪いことではないですからね」
言ってしまえばライバル視してしまった志田先輩に原因がある。
そのせいで苦しむことになっても悪く言ってしまえば自業自得でしかない。
一つ安心できるのは志田先輩が逆恨みしたりはしない人ということだ。
だからプルプルとしながらでもこれまで通り、お友達のままではいられるから大丈夫。
「意外ね」
「でも、事実ですから。私が間違っているなら関わってくれている人達にも同じようにしてもらいたいですね」
ただの悪口と正しい指摘は全く違う。
痛いところを突かれても言い訳するような人間にはなりたくなかった。
「大丈夫そうですか?」
「ええ、あなたがいてくれるからよ」
「ちゃんと合わせますよ」
「ありがとう」
ぐっ、な、なんだこの可愛い顔は。
い、いや、同性好きというわけでもないのだから負けそうになっている場合ではない。
それこそ男の人達が放っておかないような人相手にこれは不味いだろう。
私は一歩引いて、求められたときに協力するレベルの人間だ。
「まだ満足できないわ、今日はこのまま泊まらせてもらおうかしら」
「だ、大丈夫ですけど」
「ん? 顔が赤いけど大丈夫?」
「大丈夫です!」
しっかり切り替えて対応をしよう。
お家まで送らなければならない時間が浮いたのでご飯を作ることにした。
その際、相手の親が帰ってきても気にならないとばかりに近くにいたので強いことが分かった。
「あ、でも、れあ先輩が怒りませんかね?」
「あなたのことは気に入っているみたいだから大丈夫よ、他の子ならふふって感じね」
お友達に近づいてほしくなくて排除……的なことは現実にあるのかなあ。
その対象に選ばれなければいいけど、何故か暖房が効いている場所なのに背中が寒い。
最初からフレンドリーな人は爆発したときが怖いと言える。
実際に経験があるからだ。
人がただ話しているのを聞いただけでも不安にはなれるけど実際に自分がされたことなら影響度というのは変わってくる。
「何度か『〇〇ちゃんといないでほしい』と言われたことがあるの。私的に切る理由がなかったから言うことは聞かなかったけどそのかわりとばかりに一緒にいられなかったことがあるわ」
「攻撃はされませんでしたか?」
「ええ、それは一回もなかったの。構ってもらいたかっただけなのよ、だから近づけばあの子は弱音を吐きつつも受け入れてくれたわ」
あれ、れあさんってそういう……?
遥さんがこれからも今日みたいに相手をしてくれれば仲良くしたい気持ちは強くなっていく。
でも、遥さん大好きさんのれあ先輩からすれば面白くないわけで……。
過去のあの子も同じだった、いつもにこにこしていたのに特定の子と仲良くし始めたときからどんどんと、そして最後はドカーンッ! だ。
「最悪の場合は切り捨ててくださいね」
「そんなことしたくないわよ」
「最悪の場合は、ですよ」
友情を壊してしまうぐらいなら私が壊された方がいい。
怖くてもそこは別だった、ただの妄想で終わってほしかった。




