#62『使者』
招かざる者の侵入に場は騒然とした。
グラリオに至っては窓から校門を覗き込んでいるがここからではよく見えない。
「兵数は!?」
「それが……!その者と従者の2匹のみです」
ルミシスとゼンは目を合わせた。
「敵は丸腰で……『対話』をしたいと……おそらく今この場でどうこうすると言うわけではないと思います。いかが致しますか?」
ルミシスが立ち上がった。
「行こうゼン……君も指名されているのが気になる」
「わかりました。もし何かあれば必ず私がお守りしますので、私の背後に……その時は全力で校舎にお逃げ下さい」
廊下を歩きながら、ルミシスがやや震えているのをゼンが気付いた。
「……たとえ刺し違えてもお守り致します」
「君がいると心強いよ。多分フィーナもこんな気持ちだったんだね」
ルミシスはゼンの腕を掴んだ。
「ありがとう、ゼン……」
◆
校舎を出ると既に夜となっており、水分を多く含んだ分厚いグレーの雲でどんよりとしていた。
校門にさしかかると3メートルほどの大男と、その足元くらいの大きさしかないホビット族が立っていた。
(あの小さいのは問題ないが……)
ゼンはコロニアルを見上げた。
(かなり強いな……俺一人で倒せるか?ヴェトンも連れてくるべきだったか……)
「エレメント侵攻計画の総指揮を任されているコロニアルだ。お前がゼンで、後ろにいるのは内務卿のルミシスだな?」
ホビットが震えながらコロニアルに小さく伝えた。
「間違いございません。メルコ様と戦っていた人間です」
(メルコ……?たしかアリエッタの村で倒した魔族のことか?全員倒したと思っていたが討ち漏らしていたか……)
「ふむ。そして今日ブレアの首を奪い返したのもゼンだな?」
見上げているホビットは何度も首を縦にして頷いている。
「だとしたら?」
「我々としてもこれ以上無用な血は流したくない。是非話を聞いてもらいたい」
この言葉を聞いたゼンは左後方の上を見た。
「……だそうだシルキー。こいつらはまだ殺すな」
「シルキー?」
コロニアルが首を傾げると、ゼンが親指を立てて後ろを指した。
「屋上を見てみろ?」
「!?」
コロニアルの魔力を探知したのはゼンだけでなくシルキーも同じだった。
もしコロニアルに不審な動きがあれば、禍力での攻撃を仕掛けようとシルキーは潜んでいた。
(まさか……私が気付けないとは。メルコを倒しただけはあるかもしれん。少々厄介かもな)
コロニアルは交渉戦略を変えた。
「メルコを殺せる者が人間の軍にいるならば、おそらく我々はお前一人で9割近くは殲滅されるだろう」
このコロニアルの言葉のあと、雨がポタポタと降ってきた。
「降伏しに来たのなら白旗を持ってこい」
ゼンはコロニアルを挑発した。
しかし、コロニアルは乗らず、その逆を言いきに来たと言う。
「メルコを殺したことで魔王ラコルニュ様はひどく悲しまれ、これからエレメントに到着するご予定だ。その後、ここ禍学専門学校に向かい総攻撃をする計画を予定している」
(魔王が……ここに?)
ゼンとルミシスに緊張が走った。
その間、ポタポタと上空から冷たい雨が降る。
「メルコは己の才覚に自惚れるところがあったが、魔王様はメルコのその部分も含めひどく可愛がっていてな」
「すまないが話が見えない。何が言いたい?」
ゼンが話を遮るがコロニアルは続ける。
「ラコルニュ様は直接ゼン、お前を殺したいと仰せだ。ラコルニュ様は戦いに飢えている。もし戦えばゼンが殺されるだけでは済まないぞ?」
「だから投降しろと?」
「お前たちのためだ。エレメントに来てわかった。自然がある。そして産業に至っては我々魔族が今後も追いつける気がしないほど素晴らしい」
「ならさっさと帰ってその産業とやらを勉強することだ」
これにはコロニアルも苦笑をした。
「そう言うな。つまりエレメントがなくなるのは私としても不本意だ。もし降伏条件を呑めるなら私が責任を持って人間たちの命は安堵する。割譲した土地もいずれ学んだ後になるが、返還してもいい。少し意味合いが違うが租借地としてならどうだ?それで折れてくれないか?」
「………」
この時のゼンの心情として繁栄の石について話すべきか悩んだが、もしかすると逆に相手を刺激することを恐れて口を閉ざした。
その間にも雨足がますます強くなってきた。
「ゼン、メルコは強かっただろう?」
「あぁ、今まで戦ったどの魔族よりも強かった」
ザーーーッ
「それを聞いて安心した……」
「……?」
ザーーーザーーー
「メルコに魔法を教えたのは私だ」
ザーッーザーッーザーッ
雨が更に強くなった。
「メルコ程度に手こずるようなら私に仮に勝てても、魔王様には一太刀も浴びせることはできない」
「……まぁ、その話が本当ならそうだろうな」
コロニアルは交渉と言うよりも説得に近い形相だった。
「勝てない戦いをして傷つくのはお前だけじゃない。市民も巻き込むかもしれないのだぞ?」
その言葉とは裏腹に、内心コロニアルは穏やかではなかった。
(さっさと諾と言え。ここまで言えばわかるだろう)
コロニアルとゼンの間に無言が続いた。
「……割譲した土地を返還したあとは行く当てはあるのか?」
「無論、魔界に戻る」
「本当にそうか?」
この言葉に一拍の間が生じた。
ゼンが投げかけた疑問に、コロニアルは少し殺気が漏れ、慌ててそれを隠したからである。
しかしゼンは追求を緩めることはない。
「本当はエレメントを新たな魔族による国をつくるんだろ?」
「ほう、なぜそう思う……?」
「魔界はもう……魔族ですら住めない状態なんだろ?」
「ははは!面白いことを言うな?その根拠は?」
「数万年前にエネルギー施設が爆発して汚染まみれとなり、今もその除去をしているが取りきれずにいる……違うか?」
(……こいつ)
この沈黙の間に空から滝のような雨へと変わった。
「………くっくっくっ……」
「……?」
「ゼン、どこで仕入れた情報だ?」
「すまないがそれは言えない。ただ、石を取り戻すにしては手が込みすぎていると考えるのは自然だろ?」
そしてゼンは更に畳み掛けるように言った。
「おそらく魔族の宝石を取り返すと言う大義名分があるから魔族の兵が動いたのだろう。魔界はもう住めないとなれば離反する者も出るだろうからな」
(……こいつ、少し鋭利すぎるな)
ゼンの推測は正しい。
コロニアルは以前から魔界の復興に見切りをつけていた。
しかし、復興の責任者でもある以上もちろん魔王にも、そしていくら理を尽くしても知能が低い魔族たちに説得は無理だととっくに諦めていた。
(なにかきっかけが欲しい……)
そんな折にメルコからもたらされたユラソルとの密約と、かつて人間によって盗まれた石、このキーワードからこのエレメント襲撃の計画を思いついた。
更にコロニアルとしても嬉しい誤算だったのがエレメントの近代的技術力だった。
復興の旗頭を担ってるコロニアルは、実際にエレメントに来て心から「欲しい」と思った。
あとは味方、そして恐れ多くも魔王を真実のみで欺き、エレメントに存在しているであろう国宝石を奪取する口実で国を乗っ取り、ここを魔族の事実上新拠点にしたかった。
それをゼンにあっさり見破られたのは魔界一の知恵者でもあったコロニアルにとって愉快なものではなく、同時にどういうわけか魔界の実情を知っているゼンを密かに恐れた。
(予定が変わった。ルミシスたちと一緒にゼンも味方につけるか品定めに来たつもりだったが……会って良かった。こいつはラコルニュ様に近づけてはいけない。頃合いを見て殺そう)
コロニアルはその怜悧な思いを隠して最後の交渉に賭けてみた。
「お前は敵にするのが惜しい。おおよそ当たっているとして……だ。では、我々と正面から戦り合うか?」
今この場でゼンを殺しても良かったが、相変わらず屋上にいる調べにない女禍動士がどう動くのかに気を取られた。
もし戦えば現状ゼンとシルキーを含めた2vs1となり、劣勢になると計算した。
そしてゼンもゼンで、もしここでコロニアルと戦闘をしてもルミシスを巻き込む恐れがあり、迂闊に手を出せずにいる。
仮にコロニアルに勝てても作戦が完成しないうちに戦争にもしたくない。
ここでゼンは、まずは自分たちが弱者であるように演じた。
(なんとか時間を稼ぐしかない……!ここはまず答えを先延ばしにして策を練るのを優先しよう)
ゼンは怯んだようにぬけぬけと言い放った。
「いや……魔王がここに来る以上、俺たちに勝ち目はない……だからこそ約束通り時間が欲しい」
(ふっ……やはりゼンと言えど戦争は怖いか)
強い者に従うだけの魔族は嘘をつく理由がないため、コロニアルはそれを見破る経験がなかった。
この程度のゼンの演技にコロニアルは処女のように騙されてしまった。
「もちろんだ。期日通り10日与えたが、それで間に合いそうか?」
「エレメント割譲はわかったが、特に皇帝のお命については断固拒否の構えだ……そこについては先に無理だと言っておこう」
ルミシスもゼンに倣い毅然と言い放った。
ただ皇帝の命だけは演技ではなく忠臣としての当然の要求だった。
「もっともだ……もし私もルミシスと同じ立場ならそう言うだろう」
コロニアルは突きつけた張本人でありながら、その点に関して敵でありながら同じ立場のルミシスに純粋に同情をした。
「ではこちらもなるべく善処しよう。しかし、私が納得できても数千の部下たちは納得はしないだろう。持ち帰らせて欲しい」
(ひとまず交渉は不首尾だな……だがまだ交渉の余地はありそうだ)
コロニアルはそう思い一旦ここで引き下がった。
コロニアルは雨煙に包まれながら、ホビットを抱え、背中から生やした羽をゆっくり羽ばたかせてエレメント王宮へ去って行った。
大粒の雨を浴びながらゼンとルミシスがいつまでも上空を眺めた。
「ゼン、怖いか?」
「わかりません……魔王と言われても強さが想像出来ないです……」
「そうか、私は怖い……こんな感情は初めてだよ」
ルミシスが震えていた。
それは雨に濡れた体の冷えからではなかった。
その姿を見たゼンは密かに決意を固めた。
(今ならアレを伝える絶好のタイミングかもしれんな)
「ルミシス卿」
「……どうした?」
「彼等の言う石について、いや……この国の過去と未来について伝えないといけないお話があります」




