#63『密話』
王宮が占領されて4日目、そしてゼンたちが帰還した初めての夜となる。
校舎に入るとゼンはルミシスに繁栄の石のこと、そしてこの国の成り立ちを伝えた。
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「にわかには信じられない、と言うより信じたくないと言ったところか……」
ルミシスは呆然とした思いだった。
その上でルミシスもルミシスで国家が把握している心臓の悪魔についての情報をゼンに伝えた。
「なるほど……200年ごとに災害や出生率が落ちているなら、イッシーの話も符合する……800年前はどうでしょうか?」
「イッシー?」
ゼンもすっかり繁栄の石をイッシーと呼んでしまっていた。
「あ、気にしないで下さい……800年前はどうでしょうか?」
「800年前?たしかその年は何も起こらなかったようだが?」
このルミシスの説明にゼンは納得した。
「その時は適合が出来たらしいんです」
「なるほど、繁栄の石とやらの言ってることと事実は合致するな」
ルミシスもゼンと同じく繁栄の石の話を信じ始めた。
ゼンはルミシスの要望通りミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを机に置いた。
しかしルミシスはそれに手をつけない。
まるで自分自身を責めているように胸を押さえ、絞るように己を反省した。
「心臓の悪魔は、悪魔どころか実は国にとって天使のような存在だったわけか……そうとも知らずに私たちはフィーナを……」
「ルミシス卿……」
ゼンがルミシスの言葉を遮ったが、ルミシスは最後まで言葉にしたかったようだった。
「国は200年前も……それよりもずっと前から『心臓の悪魔』などと呼び、大事な国民を殺してきた……私だってそうだ。ゼンがいなければ罪のないフィーナを殺してしまったわけだからな」
自虐的なルミシスの独白は続く。
「思えばおかしい話だった……歴史的に『心臓の悪魔』は殺す、そう言われても何もおかしいとは思わなかったんだ。ゼンは私と違いそこに気づけてフィーナと逃げた。ロータスも途中で『何故』を突き詰めて気づいた……私だけは最後まで気づけなかった……」
ルミシスはコーヒーカップを持ったまま動かないでいる。そして、そのカップに髪に伝った雨粒の雫がポタポタと数滴、また数滴と落ちていく。
「私を天才や知恵者だの勝手に言うが、所詮は既存の枠組みの中での話だ……大局から見ればこの程度の役人に過ぎないんだ……」
ここでゼンが初めて口を開き、おどけたようにルミシスを励ました。
「私だってそうですよ?禍動の天才だの最強だの言われてるけど、何度も危ない目にもあってるし、実際に負けたことだってあるんですから」
「……そうなのか?」
「はい。それでも何度も立ち上がってきました」
ルミシス卿、とゼンは言う。
「……大事なのは失敗を2度と繰り返さないこと、そしてその学びを活かして立ち上がることではないでしょうか?」
ルミシスは不覚にも感動した。
長い沈黙が続いた後、ルミシスから出た言葉は実にあっさりしていたが、何かを得たような声色であった。
「確かにそうだな……」
(アレを話すならこのタイミングしかない)
ゼンはここである駆け引きを仕掛けた。
「それでどうしますか?我々人間は元々は魔族だったこと、そしてイペ様がかつて魔王の部下だった事実は?」
「さすがに私一人の判断は難しいな……もしこのことを他言無用とするなら、頼めるか?」
「それは今後フィーナのように『心臓の悪魔』として国が迫害しないと約束してくれるなら、仲間たちも生涯他言しないと約束しますよ」
「もちろんだ。それは即刻廃止する」
これはフィーナの願いでもあった。
そして、気の遠くなる心臓の悪魔という因縁の歴史が終わり、そしてその始まりとなった。
「そう言えば魔王たちが繁栄の石を使えないと言った真意はなんだ?」
「それなんですけどね、繁栄の石を使うための条件があって……」
ゼンは机にあったメモ帳にペンを走らせた。
「ゼン、お前……教員なんだろ……?よく生徒はこんな字で授業を受けてるな……」
「ぐぬぬ……じゃ読み上げますね!」
【繁栄の石の設計定理】
・所有者は魔王ドルンの血筋のみとする
・動力は魔王の魔法の譲渡とする
・コードを唱えれば所有者以外でも使用を認める。ただし適合者による動力譲渡ができなければそれまでの恩恵が禍となって報いを受ける
・使用者の適合時期は200年周期。使用部族の魔力を削ぎ、集めた魔力を適合者に譲渡する
・使用者の場合、適合なしで動けるのは800年。それが過ぎれば繁栄の石は機能停止
・使用者の適合時の条件は『魔力』、『記憶』の譲渡
・使用者の適合者は戦闘に興味がない穏やかな10代女児とする
「ふむふむ……」
ルミシスはメモをしながら一つ一つを噛み砕くように頷きながら、いくつかゼンに質問を重ねた。
「もし魔王に石を返せば魔王は魔法を吸い取られるということか?」
「まさに。その通りです」
ルミシスがようやくぬるくなった甘ったるいコーヒーを口にした。
「魔王に魔力がなくなる。魔王が受け入れるわけないな……」
ゼンが言葉を挟んだ。
「しかし、いま魔界は瀕死状態……これを直接魔王に伝えて選ばせるのはどうでしょうか?自らの力を放棄して魔界を富ませるか、もしくはこの石を放棄して所有権を人間に譲渡させてもらうか」
「魔王と対話か……先ほどのコロニアルに話したらどうだ?」
ルミシスは自分で話を振っておきながら、その先の答えがわかった。
「いや……魔界は捨ててエレメントが欲しいのだから、むしろ逆効果か……」
「その通りです。コロニアルとしては人間を生贄にしたまま、人間界を牛耳るでしょうね。つまり、この事実を知っても魔王にはそのまま報告はしないかと」
ルミシスも同感だった。
「では、コロニアルを退けつつ、魔王と対話し、目的を失わせてエレメントから撤退してもらう」
「そうなりますね。幸い、エレメントが欲しいと思ってるのはコロニアルだけで、魔王軍の大義名分はこの繁栄の石だけですから」
「しかし、魔王と……対話になるか?」
これはルミシスの最大の関心ごとであったが、ゼンはあっけらかんに言い放った。
「どうなるかわかりませんが、あのコロニアルの話だと私は魔王の忠臣を倒してしまった。多少の戦闘はやむを得ないかと。勝算は現状限りなく0ですが、なんとか矛を収めてみるよう説得します」
「いつもすまないな、ゼン」
「……いえ、国のためです」
◆
その頃フィーナはある人物に呼ばれ、校長室に来ていた。
「し……失礼します!」
扉を開くと王妃が自ら開けたが、フィーナは誰か知らないためぺこりとだけ頭を下げた。
ソファに座っている男を見た。
どうやら掛けろ、と言ってるのか向かいのソファを手招きした。
腰掛けると初めて入室した校長室に緊張のあまりキョロキョロしている。
ここに本来いるはずだった校長は、この学校から逃げた時、ゼンとの戦いに敗れてフィーナの前で自害した。
「えっと、おじさんは?」
どうやらこの国の頂点に君臨する男と知らなかったようだ。
「この国の王……いや、王だったネオマと言う」
その様子を王妃がクスクスと笑っていた。
皇帝陛下に自己紹介など不要であるから、それが新鮮だった。
「ほぇ……え?お……王様!!?」
フィーナは頭を抱えて目をグルグルさせた。
「はっ!王様!ごめんなさい!礼儀とかわからなくて……!」
フィーナは深く頭を下げた勢いのまま机に額をぶつけた。
「痛ってぇぇぇ……」
そのフィーナをネオマは笑いもせず、優しく肩を抱き、頭を上げさせた。
「謝るのは余の方だ……そなたを殺すことに何の躊躇もなくサインをしたのだ。会ったこともないそなたを文字だけで心臓の悪魔だと決めつけ、古来の風習に従い、それを当然のことのように殺すよう勅命書を出した」
「王様……」
「冷静に考えれば恐ろしいことだ……こんな罪のない子供の未来を余は奪おうとした。許されたいとは思わんが、どうかこの国だけは嫌いにならないで欲しい……」
フィーナは恐縮しながらも、笑顔で肩に置かれた王の手に触れた。
「いえ、実は私……楽しかったんです。大変なこともあったけど、色んなことを学ぶ逃避旅だったんです。逃げた先で大切な仲間と出会えました」
「……そうか、そう言ってもらえると多少は良心の呵責が薄れる思いだ」
(両親のカシャックさん?……え?薄くなる?え?てか王様の親が何で登場した?)
フィーナは大いに間違えながら声を張り上げた。
「カシャックさん……いえ、お父様にお伝えください!フィーナはこの程度のこと何ともありません!そんなに薄くならないでもいいと、分厚くドーーーン!っていきましょ!!」
(決まった……!)
フィーナは胸に握り拳を作って胸に当て目を閉じた。
「………あ……あぁ」
(なぜ我が父が……?カシャック?)
ネオマが初めて見る生物のように目を丸くしてフィーナを見ている。
「えっ?」
フィーナはその視線に耐えきれなくなった。
(やべ……私なんか変なこと言ったくさいな……)
「王様、そろそろ遅いしおやすみになりましょう?寝不足はお肌の大敵です!」
「そ……そうなのか?わ……わかった……」
フィーナは一礼して扉を出た。
(うわぁぁっ……でも、王様と喋っちゃった!サインとか貰えば良かったな)
ドアが閉まると王妃は声を立てて笑った。
「面白い子ね?」
「なぜ父が出てきてんだ?良心の呵責を薄めるな、と言うことか……?」
「多分ですがその良心を『両親』と思ったのでしょう」
「両親の……呵責……カシャック……?」
そう呟いた後、ネオマは堰を切ったように腹を抱えて笑った。途中息が出来なくなったので、王妃が心配になった程だった。
王妃は寡黙なネオマが大笑いしたところを見たのは後にも先にもこれが初めてだった。
かなり先の話だが挿話がある。
ネオマが死んだ後に、あらゆる人々から亡き夫を聞かれることが多かった妃だったが、その晩年まで事あるごとにこのフィーナの対面を思い出しては笑って語り継いだと言われている。




