#60『邂逅』
王宮が占領されて4日目の夕方になった。
「教頭先生!モイス先生!みんなも……!」
まずゼンたちを迎えたのは禍学専門学校の教員たちだった。
教頭のサーモスは無事の帰りに歓喜し、眼鏡を外して泣きながらゼンと抱擁をした。
「ゼン先生……私……」
モイスの涙はサーモスと少し違い、フィーナの身体に現れたハートのタトゥー(アザの間違いであったが)を校長に報告したことからこのゼンとフィーナの逃避行が始まった。
その事実は知禍学に逃げてきたルミシスたちによってモイスに知らされた。
それからモイスはずっと自分を責める日々であった。
「謝らないでくださいモイス先生……モイス先生は教師として決まりに従ったまでのことです」
「それにしても……あまりに救いのない出来事にさせてしまったのは事実です……せめてゼン先生に話してから行動していれば……」
「救いがないなんてとんでもない。モイス先生に言われたこと、私はこの逃避行を通じてわかりました」
「私、何か言いましたっけ?」
「ほら、私たちがこの学校から逃げる前日に職員室で言ってくれたあの言葉……ほら?」
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「あんまり生徒に、自分の固定概念を投影させちゃダメよ? みんなひとりひとり、違うんだからさ」
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ゼンはニコリと笑った。
「本当にその通りでしたよ」
「私、そんなこと言ったんだ……でも本当にそうよね……私もこんな地獄になってみて、情けない話だけど怖くて何も出来なくて……」
「モイス先生……」
心が決壊したモイスだが、気丈にさめざめと泣いた。
「むしろ生徒に励まされちゃう始末で……子供だと思ってたけど、ひとりひとり考えて、ちゃんと大人になっているんだなって思い知らされたわ」
「じゃ、我々も生徒のおかげで成長出来てると言うことなんですね」
ゼンはニカっと笑った。
「ゼン先生……私……っ」
眩しいゼンの光に吸い込まれそうなモイスだったが、そのゼンの後ろで男性教員のど迫力の声がこだました。
「うおぉっ!!お前シルキーか!?」
「うっさいわね!誰よあんたたち……ほとんど覚えてないんですけど!?」
「相変わらずコイツは生意気だな」
学生時代はこの生意気なシルキーの態度を叱っていた男性教師たちだったが、時が経てば懐かしくなり大声で笑ってしまっていた。
そして勢い余って余計なことを聞いた。
「ゼンとヨリ戻したんか?」
「はぁっ!?なんで付き合ってたの知ってんのよ?」
「校舎裏でチューしてたとこ見逃してやったの忘れたのか?」
「うおおおっい!うるせぇぞ先公!黙れ!つか、してねぇし!」
シルキーは黒歴史を掘られてしまい床をのたうち回った。
その横をある軍団が通り過ぎる。
「フィーーーーーナーーーーーーー!!!」
シルキーが踏まれそうになり、急いで身を起こして避けた。
「うるさっ!なにあのキャピキャピした生き物は!?」
更にそのシルキーの怒声をかき消すように大勢の女子生徒たちがフィーナに駆け寄ってきた。
「みんなーーーーっ!!」
フィーナも思わず駆け出した。
その群れはクラスどころか同学年のみんなが集まってきた。
「生きてて良かったー!」
「国とかマジうざいんだけど!」
「会いたかったよフィーナ!本当に辛かったね?」
「ゼンと逃げてたんでしょ?変なことされなかった?」
「なんかされたの?えっ?ゼン殺る?殺る!?」
「ゼン先生は良い人なのぉ!殺らないでぇ」
フィーナは泣きながらもゼンをかばったが、誰も聞いていない。
そんなことよりもクラスメイトの女子たちはフィーナの無事をただ確かめるようにギュッと抱きしめて涙を流した。
その感動を打ち消すような声が校庭を低く響かせた。
「ゼンッ!!」
ビクッ!
その声は一同を静まらせた。
「あんたは……ケイミュー……?」
「本当に戻ってきていたとはな……世界中から探し回る手間が省けて助かったぞ!」
「手加減が出来なかったからな……殺してしまったと思ってたよ。危うく騎士殺しになるとこだったから死んでいなくて助かった」
「ふふ、舐めた口を聞くな」
2人は乾いた笑い声で互いの生還を讃え合った。
「ゼン、昔話より大事な話がある。作戦会議室として職員室を使わせてもらっている。落ち着いたら来てくれ」
「……あぁ、その前に……皇帝陛下へ」
丁寧にマントで包まれたブレアの首を跪き渡した。
「これは……」
ケイミューは重さでわかった。
「………」
「王宮の門の前に晒されていた。余計なことかもしれないが奪い返した……」
その首を地面に置き、ゼンと同じくケイミューも跪いて拝礼をした。
「ご無念はこのケイミューが必ず晴らしてみせます」
(まるで別人だな……)
横で同じ姿勢でいるゼンは、かつて闘った時にあった僅かな軽薄さが抜け、底冷えするような軍事トップとしての威厳を感じた。
元々備わっていたのか、それとも立場がケイミューを変えたのか、それはケイミュー自身にしかわからない。
「ブレア様のその後は皇帝陛下が一番気にかけられておられた……ネオマ様に代わり感謝する……」
「中で待っている」と呟き、少し肩を落としたケイミューはブレアの一部を繭のように大事に抱え校内に入っていった。
ゼンはフィーナたちを呼んだが、先ほどまでいたはずのシルキーだけがいない。
その行方はフィーナだけは知っていた。
「なんか母校探索とか言ってウキウキしながら体育館の方へ走ってたよ?」
「あいつ……母校に愛着なんかないとか言ってた癖に一番はしゃいでるじゃないか」
ゼンがため息を一つ吐いた後、フィーナとヴェトンに告げた。
「すまんが、このあとケイミューと職員室で話すことになった。お前たちは今日は体を休めて明日に備えてくれ」
「私は?先生だけ逃げたこと怒られるの?」
フィーナのこれまでの学校生活を考えると「職員室=怒られる」と変換してしまったとゼンは推測した。
「別に職員室は怒られる所じゃない。今後の方針について意見を聞かせて欲しいようだ。話が長くなるかもしれない。今日はここで解散しよう」
そこにヴェトンが割り込んできた。
かなりオロオロとした様子だった。
「ゼン!俺は……学校なんて初めてだし、人見知りだし、逆に体なんて休められないぞ?」
(人見知りって……こないだまで観光客から金巻き上げてた奴が……)
「仕方ない奴だな……ならヴェトン、ちょっと来てくれ?」
ヴェトンはゼンに連れられ、初めての学校の中に入って行った。
「なんか学校ってだけで緊張すんな……てか学校ってすげぇ独特な匂いするんだな……」
「チョークやフロアのワックス、消毒液とか色んな匂いが混ざってるからかな?たしかにそう言われると変な匂いだよな」
「で、どこ行くんだ?」
「ヴェトン、あそこに図書室って書いてあるのはわかるか?」
「おぉ!たしか本がいっぱいあんだろ?」
「この旅で毎日お前は字をたくさん覚えたんだ。おそらく初等部の推薦図書程度なら読めるはずだ。前から読んで見たかったと言ってたから、好きなだけ読んでいいぞ?」
「……金かかるの?」
「いや、ここにある本は全て無料で読めるんだ。俺も学生の頃はよく通ったよ……いい本に出会えると人生を変えることがある。気になったものがあれば片っ端から読んでてくれ」
「わかった!これなら退屈しなそうだ」
「次に使う人がいるから、丁寧に扱ってくれ。なにかあったら迎えに来るから大人しく頼むぞ?」
「………」
(さっそく読んでるのか……ふっ、あんなに楽しそうにペラペラとページをめくって……)
ゼンは静かに扉を閉め、職員室に向かった。
一方その頃 ━━
「いい?見てなさい?ほら!」
校庭から火柱が上空にあがる。
「うぉっ!!あんな禍力見るの初めてだ!」
「わぁっ!すごぉい!キレイー!」
チラッ…
テヘペロでピースをするシルキーに、生徒たちから黄色い声援が送られる。
「シルキーお姉様可愛いぃっ!!」
「可愛すぎるぅ!結婚してえぇぇ!」
(やっべ、ここに一生いてぇ……)
シルキーがウルウルとしながら感激していると、どんどん生徒たちが押し寄せた。
「シルキーお姉様!もっと禍動のこと教えてぇ!」
「もう!あのクソ雑魚先公たちは何を教えてるのかしら、まったくぅ♡」
シルキーはフィーナと生徒の前で先輩面して次々に禍力を出していく。
その光景を後ろから見ているフィーナはゲンナリした顔で思った。
(この人やっぱり先生に向いてないな……)
◆
職員室の前には兵士が槍を持って門番をしていた。
「教職員の入室はご遠慮ください」
(ふふっ、教師が職員室に入室禁止か……)
ゼンは内心笑いながら兵隊に要件を伝えた。
「ケイミュー閣下に呼び出されている」
兵隊が中にいるケイミューに確認したところその通りだった。
ゼンに非礼を詫びていると無事帰還していた警備局長のオフェリア自らがドアを開けて廊下に立たされていたゼンを招き入れた。
「今後は自由に出入りさせてやるように」
オフェリアはゼンの顔を覚えておけと伝えた。
「すまんなゼン。このような状況だ。連携がうまくいっていなかった」
「廊下に立たされる経験を知れてよかったよ」
相手を思いやるつもりでゼンは珍しく冗談を言ったが、オフェリアには余裕がなく更に非礼を詫びられ、余計気まずくなってしまった。
緊張した様子で職員室に入ると、げっそりとした顔が青い連中の視線を集めた。
皇帝陛下、皇后が「学校生徒、軍人のため食事は取らない」と言い出したため、忠臣たちもそれに倣い、ここ2日ほどロクな食事を取らなかった。
(あそこに座っているのはケイミュー、そして隣の奴も銀の鎧だから王家騎士団か?)
次に机の左を見た。
(あれは内務卿のルミシス!王国No.2が俺の席に座ってるとは……一ヶ月前の俺に言っても信じてもらえんだろうな……あと一人は同じ内務局の官僚か?)
すると、その正体不明の官僚が立ち上がりゼンの前に立った。
「はじめましてゼン、内務局のロータスだ」
「はじめまして、ゼンです……」
(なんだこいつ?俺の顔に何かついているのか?)
舐め回すようにゼンを見た後、ようやくロータスが笑みを浮かべた。
「意外だった……もう少しイカつい男かと思ったが、気の抜けたどこにでいる若者だな」
ロータスは握手を求めた。
「はぁ……」
同じようにルミシスがロータスと同じように立ち上がり、握手をした。
「実を言うとな、君たちの捜査責任者はそこのロータスで、その首魁が私だ」
「……!」
もしこの魔族による国家転覆が起こらなければ、ゼンは全く違う形でロータスやルミシスと出会うことになっていたかもしれない。
「お前たちを見つけても雲のように消えしまう……あまりにも手応えがなかったから、もはやゼンとフィーナなど初めから存在してなかったとすら思っていた」
ロータスが感慨深く唸った。
「いや、あんな懸賞金でしたから……強力なギルドたちに襲われ続けて苦しかったですよ……もう一ヶ月逃げ回れていたか自信はなかったです」
ルミシスは念を押すように聞いた。
「そうか、ならこの状況になったことを魔族に感謝したいか?」
「まさか……私は今でも王家に忠誠を誓っております」
(嘘はつけなさそうな顔をしているな……)
ロータスとルミシスは笑った。
「……ならば手を貸して欲しい、そこの席に座ってもらえるか?」
一つ空いた席があった。
「被告席じゃないならな」
この皮肉めいたゼンの物言いに周りは呆気となった。
軽やかに笑って放った一言は、周りに懐の大きさを現したと言っていい。
王宮から差し向けられたあらゆる歴戦のギルドたちを退けたこの男が今度は味方として机を囲む。
更に奪回不可能と思ったブレアの首を悠然と、しかも白昼堂々と魔族の兵から取り戻した男でもある。
この時からゼンは対魔族における実質的リーダーを担うことになった。




