#59『帰還』
エレメント ━━━━━━━━━━━━━
四万年前、かつて川と草が生い茂るだけの何もなかった高原に皇帝と名乗る魔族が現れた。
この男は水運を作り、街道を作り、石造りの住居を作るところから始まった。
かつての仲間だった魔族を裏切って立ち上げたこの街を、いつかその仲間たちの復讐で焼け野原にされることを生涯怖れた。
そのため息子たち10人を東西南北に対魔族に備えて新たな国を次々に建国させた。
この街に国名が名付けられたのは意外にもその頃だった。
元科学者らしく、各国の派生した国家の元となる科学物質の用語"元素"に見立て、建国100年後に『エレメント』と称され、現在に至る。
やがて人口爆発が起こり、それに比例してエレメントは急速な発展を遂げるのだった。
近代建築の谷間に古い巨樹がひっそりと根を下ろす一方で、最新鋭のテクノロジーが静かに脈打つ。
無駄を排したミニマルな空間の連続性と、絶え間なく更新されるシステムは、都市の住民に一瞬の停滞も許さない。
すべてが精密な歯車のように連動し、未来の都市像を現在進行形で体現している。
コンクリートの森は、訪れる者に常に容赦のない変革と速度を突きつける。
この街は、人々に無限の選択肢と、それに伴う孤独を同時に与える。
地方から夢を抱いて上京した者たちは、この街の冷徹なまでの効率性と、誰もが匿名で生きられる自由の大きさに直面する。
どれほど失敗しても、誰にも見向きもされずにやり直すことができる冷たさと寛容さが、過去の残影と未来の回路が交錯するこの巨大な舞台には備わっていた。
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そのエレメントが今まさに崩壊の一途を辿っていた。
「……本当にここが、あのエレメントなのか?」
かつては歩くだけで肩がぶつかりそうなほど賑わせた人は今、どこにもいない。
そして空を覆うような建造物も面影すらない。
【グラウンド ゼロ】
時折り砂埃が舞う瓦礫と灰色の空だけだった。
そして、エレメントの中心に鎮座する王宮は無数の壁の穴と、栄華の象徴だった金で塗装された壁は、不気味に黒く煤が被っている。
一行が近くまで歩みを進めると、正門の前に一つの人間の首が置かれていた。
「あれは……まさか……ブレア様……」
ゼンとシルキーは一度この男と会ったことがあったことがあり、微かな衝撃が走った。
かつて北部高原に現れた魔獣にギルドたちが手を焼かされ、窮した王宮は禍学に要請をした。
その時レミューは別の要請でいなかったため、送り出されたのはまだ15歳のゼンとシルキーだった。
ブレア率いる兵に同行させられたが、ブレアの出番をゼンとシルキーは作らせなかった。
「これは……見事だ!」
ブレアは2人のその強さに感動し、金貨3枚と思わず王宮に招待したことがあった。
いずれも2人は興味がなかったが、それでも生まれて初めて王宮の門をくぐると、その荘厳さに圧倒されたエピソードがゼンとシルキーにはあった。
「この王宮はまさに歴史と平和によって作られたと言ってもいい……ふっ、まだわからんかもしれんが、いずれ君たちもわかる日が来る。その時の君たちはどんな歴史を持ってるんだろうな?楽しみだ!」
このブレア将軍のニカっと笑った爽やかな顔を2人は鮮烈に脳に刻まれた。
その輝かしく目に映った王宮とブレアが、無惨な姿と化している。
「ここにいろ」
ゼンはそう言うとズカズカと正門へと進んだ。
「なんだ?……人間か?」
「おい人間、これ以上近づくなら食っちまうぞ?あはははっははっ!」
「……」
「お……おい!近寄るなって言って……あぐっ!」
門兵の魔族がゼンを掴みかけたが、その手を逆にゼンは捻り上げた。
「すまないが、この首だけは返してもらいたい」
「いでっ……痛でっ……放せ!な……なんだ……お前は!?」
「無益な殺しはしたくない。大人しくすれば命は取らない」
「くっ……野郎……っ!後悔するなよ!?」
ピーーーーーーーーーッ!!
魔族は笛を吹くと門から大量の魔族が押し寄せた。
その光景に、ゼンたちに連れられた男たちは震えて尻餅をついた。
「あの男、こ……殺される……俺たちも……」
「大丈夫だと思うよ?先生強いから」
フィーナの優しい微笑みを見た後、再びゼンに目を向けると、既に現れた魔族の兵たちは苦しそうに皆が倒れていた。
「安心しろ、命は奪わん。ただし、このブレア将軍の首は貰い受ける」
そう言うとフワッと飛び上がり、門の上に括り付けられたブレアの首をそっと手に取った。
(ブレア様……ご無念だったのだろうな)
原形を止めていないブレアの顔だが、どこか悔しさを感じさせる表情だとゼンは感じ、少しだけ感傷的になった。
かつての貴人の首を着地するや、ゼンはマントでブレアを包んだ。
魔族たちが敵をみすみす逃す失態を指をくわえて見ていたのは、ダメージよりも戦意喪失にあった。
この戦闘民族たちが恐怖で動けなくなるなど、生まれて初めての経験だったかもしれない。
ゼンはゆっくりと踵を返し、フィーナたちの元へと戻った。
「魔族に占領されているのは本当のようだな。お前たちを信じよう。それに俺たちの処遇はともかく、ブレア将軍の御首を皇帝陛下の元にお返ししたい」
「何なんだよ……あんたたち……」
男たちは目の前で起こったこの状況に頭の整理ができないながら、禍学専門学校までゼンたちを引き連れて、懸賞条件をクリアした。
その日、ルミシスは思いもよらぬゼンの早すぎる到着が余程嬉しかったのか、公示した懸賞金よりも高い金を男たちにこれでもかと手渡した。
この死ぬまで使い切るのが難しいほどの金を受け取ると、嬉しさよりも怖くなった。
男たちは逃げるように街から離れ、そして2度とこのエレメントに戻ることはなかった。
この2人のうち、一人は恐怖を振り払うように毎日アルコールに浸り、数年後に早死にするのだが、もう一人は下戸だったため働くことでそれを紛らわせたことが幸いだったのか長寿を全うする。
「儂はその女禍動士からは顔の点数をつけられててな、たしか60点だったかな?わっははは!」
男はこの日起きた鮮烈な出来事を死ぬまで家族や村の子供たちに語り継ぎ、孫に囲まれた穏やかな余生を送ったと言われている。




