#58『急転』
王宮が占領されて4日目の朝になった。
洞窟から出た4人は、逃げ出した民家の中を拝借して腰を下ろしていた。
少し空気が重い。
あのヴェトンさえも無言でいた。
フィーナを妹のように思っていたシルキーは切ない面持ちで俯いている。
ゼンはいつものように窓の外を眺めながら考え事をしている様子だった。
その空気を変えるようにフィーナが話を切り出した。
「まぁさ、死ぬわけでもないし!みんなのこと忘れても、また仲良くしてよ!ね?」
「……」
「でさ、ヴェトン!また一から仲良くなったら地元の美味しいご飯屋さん教えて?ホテルのご飯も良かったけど、私やっぱり屋台が良かったよ!」
「……そうだな」
「シルキーさんも!トリニティに帰ったらまたあそこのレストランやりなよ?お母さんに食べさせたハンバーグ私も食べたいからさ?ね?」
「……」
「先生……あの学校から抜け出す時の約束覚えてる?」
「約束?」
「ほら、逃げた先でイカ焼き食べるって……」
「お前それ全部メシの話じゃないか!?」
「あ、本当だ……あはははは……はぁ……」
一瞬だけ灯った4人の明るさが、すぐに消えた。
ヴェトンは何とかしてフィーナを思い止まらせたかった。
「やっぱりバックれねぇか?実はなんとかなるんじゃね?」
アホっぽいヴェトンの考えだが、本当はそうしたいシルキーは辛そうにため息を吐いた。
「バカね、わかるでしょ?フィーナそれが出来ない子なのよ」
フィーナは言葉もなく悲しそうに笑った。
「……なんでいつもお前ばかりそんな目に遭うんだっ!!」
「ゼン……?」
普段見せない怒気を含んだ声に、ヴェトンが驚いた。
「せっかく勉強を頑張ろうとした時に王宮に殺されそうになって……!苦しい思いまでして逃げて!でも、それでもこの旅が楽しかったんだろ?でも今度はその記憶まで取られて!!いいわけねぇだろっ!」
シルキーの額から一筋の汗が流れた。
(あのゼンが……こんなに怒ったとこ初めて見た……)
「なんで……なんで……いつもお前なんだよ……」
「先生……でもさ?私が忘れ物した時に言ってたじゃない?"忘れないためには"『頭で覚えるんじゃなくて、心で覚えるんだ』って?」
「フィーナ……」
「凄いでしょ?私ずっと覚えてたんだよ?」
「………」
じわっとゼンの涙腺が緩くなった。
「大丈夫!私、多分みんなのこと忘れるかもしれないけど、心の中では絶対に忘れないから!」
ドンッ!
「くそっ……」
ゼンが壁を拳で叩いた。
ゼンは答えが出ない現実に苛立っていた。
フィーナがゼンの背中をさするように手を置いた。
◆
「暗い!」と言うフィーナの提案で、4人はとりあえず隠れていた民家の庭先に出て日差しを浴びた。
じめっとした薄暗い部屋の中にいるよりも、外の方が幾分かは気持ちも確かに明るくなった。
不思議なもので気持ちが明るくなると、考えも前向きになっていく。
「フィーナの記憶がなくなったら私とトリニティで暮らそうよ?」
シルキーの提案にフィーナは目を丸くした。
「だったらよ、俺もトリニティに行くよ」
「は?ヴェトンがトリニティ来て何するのよ?」
「シルキーには言ってなかったか?実は俺、トリニティで木こりになろうと思っててさ」
以前トリニティでシルキーを仲間にする際、ヴェトンだけは木こりの日雇いとして潜伏していた。
「あぁ、そう言えばそんなことあったな……」
ゼンが懐かしそうに目を細めた。
「俺もそしたら木こりとして生活するか。どうせ懸賞金が取り下げられても、罪は消えないだろうしな」
このゼンの言葉にヴェトンは体を使って大喜びした。
「よし!じゃ皆んなでトリニティに住むぞ!」
3人で段々と盛り上がる風景を、どこか他人の会話を聞いてるような消え入りそうな笑顔でフィーナは見つめていた。
「私はね、先生には先生でいて欲しいんだよね」
「フィーナ?」
「レミューさんも言ってたけど、ゼン先生はやっぱり先生が一番合ってる気がするんだ」
「ただ、もう俺たちは禍学には戻れないだろうからな……」
そこでヴェトンが名案を提案した。
「とりあえずよぉ、その禍学って学校行ってみないか?最後の4人の思い出に」
その案にシルキーが心を踊らせた。
「おぉっ!夜中ならワンチャン侵入してもバレないっしょ?」
「私も最後行ってみたかったの!」
フィーナもそう言う以上、ゼンに異論はなかった。
「よし、そしたらこの4人の最後の目的地は禍学専門学校ということでいいな?」
4人は複雑ながら口角は上げ、頷いた。
その時 ━━━━━━━━━━━
ガサッ……
「!!」
ゼンたちが瞬時に戦闘態勢となり、茂みを掻き分ける怪しい動きに警戒をした。
「あのぉ……?」
出てきたのは若い男2人だった。
「……なんだお前たち?」
「いや、そこで『ゼン』って声が聞こえたから……もしかしてあんたが『ゼン』か?」
(王宮からの刺客?懸賞金はエレメントでは取り下げられてないのか?それともたまたまアリエッタで取り下げられたのがたまたまだったのか?)
若い男たちを見据えながら無数の思考を張り巡らせるゼンだっだが、シルキーはシンプルだった。
「おい30点、こいつがゼンだったら何よ?」
「30点?」
若い男たちは何故自分たちを点数で呼ばれるのか不思議だったが、フィーナが答えを知っていた。
「あ、この人名前がわからない時は顔の点数で呼ぶ癖があるのよ……ごめんなさいね?」
「ちなみに俺は60点だったぜ?」
ヴェトンは親指を立ててドヤ顔を披露した。
「は?頭湧いてんのかテメー?どう見てもその凶悪顔は20点だろ?」
「シルキーさんもヴェトンも落ち着いて!たしかヴェトンは50点って呼ばれてたよ?」
「ああああっ!もう!気が散るな!確かに俺はゼンだ!俺がゼンだったらなんだ!?悪いが今は気が立っているから間を空けずに答えろ」
ゼンは刀を抜きで30点を見据えた。
「マジかよ……本当に……ゼンなのか?」
「次はもう言わんぞ?……だったら?」
突然、男たちは見苦しいばかりに狂喜した。
「ゔぁあぁあぁあっ!!10,000G!!」
「……?」
「王宮があんたたちを呼んでる!はやく禍学専門学校に行ってやってくれ!俺が案内する!」
「なぜ?」
ゼンは刀を持つ手を緩めず、ジリジリと滲み寄った。
「何故って……あんたたち何も知らないのか?」
「うるせぇよ25点、さっさと言え」
(5点下がってる……)
もう一人の男がシルキーにエレメントの状況と逃げた王宮サイドがゼンに助太刀を求めていると説明した。
(これでアリエッタで取り下げられた謎も、魔族に人間たちが襲われたことも全てが繋がる……しかし……)
「説明はわかったが、まだ信用できない」
ゼンの言葉に若い男たちは憤った。
「嘘じゃねぇよ!」
「そうじゃなくて……俺たちを捕まえるためにお前たちも王宮に騙されてる可能性がある」
「……いや……そんなことは……」
「10,000Gも手に入るんだ。禍学に行く前に少し付き合ってくれるか?」
「どこへ……?」
「王宮に行く」
「王宮!?ふざけんな!あんな危ないとこ俺たちはごめんだ!」
「心配するな。中までは入れとは言わん。少し近くを覗くだけだ」
「……っ」
男たちは少し考えた後、ゼンに念を押した。
「王宮に行ったあと、俺たちの言ってることが本当なら、約束通り禍学に行ってくれるんだな?」
「あぁ、約束する」
そうと決まればゼンの決断は早かった。
「シルキーはフィーナを、俺とヴェトンでこいつらを背負って王宮まで行くぞ」
疾風の如く王宮まで一気に駆け抜けた。
走りながらゼンはもし彼らの話が本当なら、と淡い期待を抑えるのが難しかった。
(王宮奪還を条件にフィーナの心臓の悪魔を赦し、逃亡を共謀した俺たちを赦してもらえるかもしれない。そもそも、心臓の悪魔についての誤解を解くチャンスかもしれん……!)
「おいゼン!少し速すぎないか!?」
「ヴェトンの言う通りよ!これじゃ王宮に着く前にバテるっつーの!」
ゼンはシルキーとヴェトンの声が耳に入らない。
それほどまでに興奮している。
(この状況を好転させれば、フィーナと誓った『2人でもう一度学校に戻る』約束が果たせるかもしれん)
「フィーナ!」
「え?なに?先生?」
「ワクワクするな!?」
「う……うん!!」
速度100キロで進む一行は王宮まで残り20分となった。




