#57『記憶』
「記憶はもらうか……」
ドルンは部下からよく抜けている性格と言われ、逆にそこが周りから愛される所以だったが、研究にだけは冷徹で抜け目がなかった。
「適合者には申し訳ないがこの事実は忘れてもらうしかないな」
適合者として生きてきたことを覚えていられると、なにかの弾みで悪用される恐れを感じた。
「それに、力が覚醒する前がいい」
適合時期は10代後半とした。
寿命が短くなったヒューマン族、現代の人間にとって10代はかけがえのない思い出だが、80歳で成人扱いである長寿の魔族時代の10代など赤ん坊と変わらないと考えられていた。
「たしかヒューマン族の女の子は穏やかだよな……うん、女の子だな、適合者は」
女性のヒューマン族は戦闘に向かない。
そのため集められた力を簡単に手放してもらえるとドルンは考えた。
「そうだ!ヒューマン族の女の子はやたらハートが好きだから適合する子にはハートの模様を浮かび上がらせよう。そしてイッシーと夢の中でコンタクトさせて呼び寄せる……!それなら内緒でイッシーと引き合わせられるな……やっぱ天才だな俺は!あははは……」
このハートの模様は最初こそ身体のわかりやすい場所に浮かび上がったが、やがてそれが【心臓の悪魔】の証となってしまい、後の惨劇を生むに至る。
「よし……」
ドルンはそれをイペが見ることができない研究ボードに書き込んでいく。
【繁栄の石の設計定理】
・所有者は魔王ドルンの血筋のみとする
・動力は魔王の魔法の譲渡とする
・コードを唱えれば所有者以外でも使用を認める。ただし適合者による動力譲渡ができなければそれまでの恩恵が禍となって報いを受ける
・使用者の適合時期は200年周期。使用部族の魔力を削ぎ、集めた魔力を適合者に譲渡する
・使用者の場合、適合なしで動けるのは800年。それが過ぎれば繁栄の石は機能停止
・使用者の適合時の条件は『魔力』、『記憶』の譲渡
・使用者の適合者は戦闘に興味がない穏やかな10代女児とする
主に使用者についてのルールが厳格だったのは、言うまでもなく盗難対策である。
それも想定はヒューマン族に絞っている。
(イペは信用しているがヒューマン族はあまり信用できないからね……ごめんよイペ)
書き終えるとドルンは額から一筋の汗を流しながら一息ついた。
「かなり複雑だが、これくらいなら残りの寿命の中でやれないことはない」
その呟きの通りドルンはそれらすべてをやり遂げた。
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「アホらしい……帰ろ?」
シルキーがため息をついて後にしようとする。
「適合者とか、四万年前とか、胡散臭すぎるでしょ」
『まぁいいけど、今回がラストチャンスだよ?今回適合出来なければ私は止まる。そうしたら君たちヒューマン族は絶滅するよ?』
「絶滅?」
『それももう徐々に始まっている。ゼン?先生だからわかるでしょ?昔と今の違い』
「昔と今……禍動士の数が減った……少子化か!」
『他にも気象異常、自然災害、疫病なんかも私がいなくなった瞬間に一気に押し寄せて君たちは滅亡だろうね』
━━━━━━━ 滅亡
この言葉の重みに4人は声が出なくなった。
(そう言えば数ヶ月前に氷点下の異常気象があったな……この石の力が弱まったせいなのか?)
ゼンが思い出したニュースは4月に親子が家の中で凍死したニュースがあった。
そしてゼンが子供だった頃と比べ夏の気温が15°も下がっている。
「適合の条件はもう変更はできないのか?」
『ゼン……ごめんよ……それは無理だ。ドルンがそういう設計にしちゃったんだから』
ここでヴェトンが初めて口火を切った。
「てかよぉ、所有権がなんちゃらって言ってっけど、魔王から所有権をもらえばいいんじゃね?」
『ヴェトンだっけ?君、頭いいね』
「えへへ、だろ?」
『ただ、そんな想定をドルンがしてるかな?うーん……今の魔王から君らヒューマン族に所有権を譲渡してもらえば、私は動かなくなるけど君らヒューマン族の滅亡は避けられるわね……』
「いや、盗んだ宝を正式に譲ってください!って魔王に頼むのか?絶対に無理だろ、普通に考えてさ……」
ゼンのツッコミに一同が再び黙ってしまい、少しの間重い沈黙に包まれた。
その沈黙をフィーナが破った。
「とりあえずさ、少し考えさせて?数日くらいは待てる時間はあるでしょ?」
『うん、待ってるよ』
「………ねぇ?」
『なに?』
「違ったら言って?」
『なによ?フィーナまで嘘を言ってるって思ってるの?』
「そうじゃなくてさ……イッシーは……」
フィーナは瞼をあげた。
「……本当は生きたいのよね?」
『えっ?』
「わかるよ……私も王様たちに殺されかけて、ゼン先生と逃げてる時に『生きたい』『まだやりたいことがある』ってずっと思ってたから……」
(フィーナ……)
ゼンが目を閉じた。
『………』
「でも、たまに挫けて『死にたい』と思ったことも正直言うとあったんだ……全部がどうでも良くなってさ……」
その時の目撃者だったシルキーが顔に手を当てて伏せている。
「でもね!落ち込むこともあったけど、そのあとに絶対にお腹抱えるくらい面白いことがあってさ、うまく人生って出来てるな……って、今ならそう思うの」
『……!!』
「イッシーって、すごい力があるから、本当はわざわざ私を呼び出さなくても適合することって出来たんじゃない?」
『……』
「でも、ちゃんと会って話したかったんだよね?そして笑ったり、怒ったり、泣いたり、拗ねたり、でもお腹よじれるくらい色んな話をしたかった……もしかして寂しかったのかな?」
繁栄の石である彼女のクリスタルが水色にゆっくり点滅して輝きを放つ。
「それって、生きたいからなのかなぁ?って思ったのよ……ごめん、私バカだからうまく言えないけど」
『私は……私は……』
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私がドルンに生命を授けられた時、初めて覚えた感情は【悲しみ】だった……
『ドルン……!死なないでよ!せっかく生まれたのに……悲しいよ!おしゃべりしようよ!』
「イッシー……イペや俺の仲間たちがきっとお前のいい話し相手になってくれる……」
『ドルンは?』
「いいかい?お前はこれから俺たちよりも長く生きていく。それこそ気が遠くなる時間を過ごすだろう……俺も……イペもイッシーよりも先にいなくなるだろうな……」
『わかってるよ!だけど今ドルンがいなくなるのは嫌っ!』
「そして時には辛いこともあるだろうけど、そのあとには何故か死ぬほど楽しいことがたくさんあるんだぜ?あははは……それをお前に……も……」
『ねぇ!ドルン!?ドルン!起きてドルン!!』
「この国を……俺に代わって頼む……イッシーだけが頼りなんだ……」
『ドルンっ!!うわぁぁん!ドルン!』
「ド……ドルン様っ!?」
「おや?この声はイペかな?」
(ダメだ先に目が死んだか……イペに何か言わなきゃいけないことが……ダメだ……思い出せない)
「イッシーにお喋り機能つけちゃった……はは……驚いた?」
「ドルン様そんなことより医者に!」
「イペ……最後に何か言わなきゃいけないことがあったんだけど……ごめん忘れちゃった……はは……あ、弁当うまかった!これだけはせめて伝えなきゃね……ありがとう……嬉しかった……」
「ドルン様……」
ドルンは使用者の真のリスクを伝え忘れた。
もし忘れることの連続でこの世界の悲劇が生み出されたとするならば、このドルンの今際の際こそが悲劇の出発点なのかもしれない。
「イッシー……お前を娘のように……」
「ドルン様!」
「ドルン!!」
『イペ……?もしかしてドルン……本当に死んじゃったの?』
「あぁ……」
『ドルン……ううっ……』
「くっ……くっ……」
『泣かないでイペ……私ももっと悲しくなっちゃうよぉ』
「くくっく!わっはははっ!ようやく死んだか」
『え?』
「……毎日俺の"お手製弁当"を美味そうに食ってくれてありがとな……くくく、そしてこいつがあればいよいよ俺の天下だな……」
『な……なにを言ってるの?』
「ドルン様が死ねば研究ボードは消えるのか……いや死んだら消せるようにしていたのか。後のことを考えないドルン様らしい……しかし石を動かす定理は頭にある」
『イペ……これからドルンの分まで一緒に仲良くしようね?そうだ!自己紹介まだだったね?私は石だからイッシーって呼んで?』
「静かにしろ。今からここを出る」
『声を小さくするから……ねぇどこに行くの?楽しいところに行くのかな?』
「ちっ……ドルンの奴、こんな面倒くさい機能までつけやがって……!くそっ!くそがっ!」
『ねぇ!もしかしてドルンをぶってない!?やめて!!なんで……ドルンは……ドルンはイペはいい奴って言ってたのに……!!』
「ウズラキアヴォル!」
『……イペが使用者になったんだね。なにすればいい?』
「命令する。とりあえず黙れ、いいか?一言も話すな」
『わかったよ……静かにする……』
『イペかな?久々だね……』
「ふぅ、あれから5年ぶりか?ようやくお前の家を完成させたぞ?……こんな地下室をまさか一人で作らなければならんとはな。ついでにトラップをたくさん作っておくか」
『ねぇ、お願い……こんな暗いとこにもういたくないよ。皆んなと一緒にいさせて?』
「ダメだ……外は危険がたくさんあるんだ」
『嫌よ!ドルンは外には楽しいことがたくさんあるって教えてくれたよ?楽しいことしたいよ!』
ゴトッ……
「ドルンのことは忘れろ。よし、お前を固定したからこれで落ちて割れることはないだろう」
『こんな暗闇の中で私はどうしたらいいの……?』
「そうだな、退屈凌ぎとして壁にお絵描きでもしていろよ?たしかドルンは文字や絵を書く魔法を設計に入れてたはずだ」
『いつか……ここから出してくれる?』
「……あぁ……わかった……」
(出すわけねぇだろ……こいつの存在が部下に知られたら俺みたいに寝首を掻こうとする奴がでるかもしれんからな)
「それよりさっさと国を富ませてくれ。人間をたくさん作って、俺の国を発展させてくれよ?」
『人間?ヒューマン族じゃなくて?』
「ヒューマン族という名前を変えたんだ。俺が魔族だった歴史を捨てる意味も兼ねてな……ふっ、おしゃべりが過ぎた。じゃ頼んだぞ?」
カツカツ…………
『待って、そのためには……』
カツカツカツカツ…………
(バカな奴だね、イペ……これから適合と言う呪われた輪廻を繰り返すのに……)
『……』
『…………』
『………………………』
『………………………………………………』
「私を呼んだのは……あなたですか?」
『やぁ……やっと会えたね』
「はい……どうやら心臓の悪魔と呼ばれてたみたいで、国の兵士から追われて随分と遠回りさせられました……」
『そうだったんだね。ねぇ何か楽しいお話しようよ?』
「楽しい話……すみません、私にはそんな経験がないので……夢の中で言っていた私の魔法と記憶を早くお渡ししたいのですが……」
『そっか……君の前に来た子もそんなこと言ってたな。そっちの世界はそんなに辛いことばっかりなの?』
「このハートの模様のせいで親友は私を庇って殺されました。早く忘れて楽になりたいです……」
『ごめんね……じゃ、早速だけど君の魔法と記憶をもらうよ……?』
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『フィーナ……私、楽しいことが……したい……』
「うん、わかった。でも少しだけ時間ちょうだい?」
『戻ってくる?』
「必ず戻ってくるから……約束」
フィーナは石の中にあるクリスタルにキスをした。
「皆んなと最後に話し合ったら、ここに来るから」
『フィーナ、私が置かれてる台の裏を見て?』
「うん?」
フィーナが覗き込むと黒い花が一輪だけ咲いていた。
『このお花は私の唯一の友達なの……』
(これが噂の黒い花か……)
『この花があれば、またここに来ても迷わず辿り着けるから』
「ありがとう、大切にするね」
4人が背中を向けて引き返すと、背後の彼女の光はいつまでも淡い黄色に優しく点滅して見送った。
◆
洞窟から出ると既に朝日が森を優しく包んでいた。
フィーナは持っている花を見ると意外なことがわかった。
(そっか、洞窟が暗すぎて黒い花って言われてたのね?)
「えぇ?黒い花ってそういうオチかよ?」
「なるほどね……黒い花だけに囚われてたら一生見つかりっこないわね?」
ヴェトンとシルキーが黒い花の正体に少し笑った。
「どこにでもありそうな花だけど、可愛い……」
ピンクの花びらに顔を近づけ匂いを嗅いだ。
フィーナが生きてきた中で一番のいい香りだった。




