#56『天才』
━━ 40,000年前
「ドルン様……」
「うん?どうしたの?」
ドルンは呼び止めた側近のニームを振り返った。
髪は艶があり、風にたなびき、肌の色は白い。
そしてドルンの特徴として、瞳が無垢で可愛らしい。
しかしその目の奥には巨大な何かがあり、目を合わせれば吸い込まれるような錯覚に陥る。
(このお方は魔法によるものか、いつまでも姿は童のままだ。そしてお心も純粋な童のようだな)
ニームは少しクスッと笑った後に真顔に戻った。
「イペ様と随分ラボに篭られておりますが、その……大丈夫ですか?」
「なにが?」
「いえ、イペ様はヒューマン族……万が一など……」
ドルンは天井の塵が落ちるほどの大声で笑った。
「なんだ?俺が後ろからズドン!ってやられるとか思ってるの?」
「はは、まさか……しかし、もう少し慎重になされた方が良いかと。特に機密情報はイペ様だけではなく我々にも共有させてもらえませんか?」
「うーん……まず俺はイペを科学者として信用している。そして共有したくてもお前たちじゃ理解出来ないと思うよ?」
この言葉にニームは少しカッとなった。
「ドルン様は甘いのです!確かに私たちはイペ様に比べれば知能はないですよ!それでも我々にもきちんと説明してもらえないと!」
「いひひ!ニームの説教は怖ぇから逃げよっと」
ドルンは言葉とは裏腹にゲラゲラと笑いながら走り去ってしまった。
「俺に部下はいない。仲間はいるけどな」
それがドルンの幼稚な組織論で、特に上下の関係を重んじなかった。
そのため部下であろうと平気でドルンを怒鳴りつけられるような関係性を築いていた。
もし後世の魔王軍の誰かがこの時代にいれば心臓がいくつあっても足りないほど卒倒するかもしれない。
「あ、でも……保険はかけてあるから安心して?」
「うわぁ……急に後ろから現れないでくださいよ」
ニームの目の前から去ったはずのドルンがニームの真後ろから現れたのだ。
ニームが振り返るともうそこにドルンはいない。
(どんな魔法なんだ……)
魔王が扱う魔法は確認されているだけでも数百はくだらない。
しかも子供が毎日新しい遊びを思いつくように、新しい魔法を次々とドルンが生み出すため、ひょっとするとドルンは既に数千にのぼる魔法を持っているかもしれないと言われていた。
「参ったよ、みんな君のことで頭がいっぱいみたいだよ?」
ドルンは一人ラボで繁栄の石に話しかけている。
無論、まだ完成前のため繁栄の石からの返事はない。
しかし人間が花に話しかけると呼応するようにクリスタルだけが反応を示していた。
「青く光ってるってことは……同調してんだな?」
繁栄の石はまた青く光った。
「おぉ!早くお前とおしゃべりしたいな!」
クリスタルは青く光り続ける。
「いいか?平凡な奴らならこれで完成なんだけどさ、ただ命令されたことだけこなすなんてつまんないだろ?せめておしゃべり出来るようにしてやるからな。おしゃべりは楽しぃぃぞ?あははは」
ドルンは「あ!」と思い出したように付け加えた。
「けど、イペにはまだ内緒だからな?あいつは真面目だからおしゃべり機能なんてあったら『要りません!』とか言い出すからな」
クリスタルが赤く光る。
「興奮するな、話していけばお前の良さもわかってくるはずさ……お前か……なんか名前でもつけるか?」
クリスタルはピンクに光る。
「お、嬉しいんだな?よーし……そうだな……お前は石だから『イッシー』!どうだ?」
クリスタルが黒く光る。
「えぇっ!?なんでだよ!めちゃいいじゃんか!?」
ドアが開く音がしたため、ドルンは小声で「またな」と告げ、そっと繁栄の石をディスプレイに戻した。
「ドルン様、なにか話し声が聞こえましたがどなたかおられますか?」
「いや、独り言だ……気にするな。それよりお願いした研究資料は出来たの?」
「無論、こちらに」
2人は主従関係というより教授と准教授に近いかもしれない。
ドルンとイペは空中に浮かぶ半透明の研究ボードに魔法で字を書いていく。
ここに書いたことが魔法として実現していく。
もちろんドルンの魔法による発明だった。
この編集機能こそイペにも共有者として書き込むことは出来るが、ドルンの書き込んだ内容はイペは見れない。
これがドルンの言う『保険』だった。
(悪いなイペ……これだけは今は見せれないんだ。全部終わったら見せてやるよ。たまげるだろうな)
ドルンは死期が迫っていた。
(持って……あと数年ってとこかな?)
長寿の魔族にすれば瞬きに近い早さである。
(おそらくイッシーに命を吹き込む解析はこんなにチンタラしてたら間に合わない……これは賭けだが俺の生命をイッシーに吹き込むしかない)
密かにドルンは生命を渡す心づもりは出来ていた。
では何故今すぐしないのか?それは動力源の設計にあった。
(俺の命を与えてもいずれ動かなくなる……もっても900年……いや800年で動かなくなるだろう)
『動力維持装置は魔力、それも俺クラスの魔力が必要だ』
しかしこの先自分と同等の魔力を持つ者が現れるのか?
むしろ足元にすら及ばない凡庸な魔力を持つ者しか現れない可能性が高い。
それがドルンにとっての懸念事項だった。
(仕方ない。イッシーを半永久的に使うなら俺の子供たちの魔力を犠牲にするしかない。しかしそれでも問題は解決しない……)
「イペ!」
「はい?」
「もしもだが、魔王の系譜が途切れたりすることもある。その時はこの石の所有権の他に使用者を設定したい。どうだ?」
イペの耳がピクっと動いた。
利益になる話があれば耳が動くのがヒューマン族の特徴でもある。
「所有者と使用者の違いは?」
「あくまで使用者は代理だから。効果範囲は限定的にしか使えない」
「リスクは?」
「その時の動力源は使用者の部族から魔法をもらうことになるけどいいよな?」
「なるほど……では使用者の設計コードは私が考えておきます」
「……あぁ」
所有者と使用者の違いは繁栄の石が動力切れした後にあった。
所有者であればただの動力切れになるが、使用者が使っている間に動力切れになれば、今まで受けていた恩恵の分だけ禍として報いを受けることになる。
それをドルンは敢えてイペに秘した。
(イペは信頼しているが、ヒューマン族は警戒はしておかないとな……真のリスクは研究ボードを閉じた後に説明すればいいだろう)
魔法の研究ボードにイペがせっせと書き込んでいるのは繁栄の石の動力の動かし方ではあるが、それは使用者から少しずつ魔力を集め力を弱まらせるものだった。
(少しずつ集めていけば、いずれ俺と同格の魔力を持つ者が現れる。そいつを適合者としてイッシーと同化すれば、イッシーは永久に動き続けられる)
ドルンはその周期を200年置きとした。
◆
「ドルン様、時間になりましたので私はそろそろここで」
「おつかれさん!」
「……失礼致します」
「あ、イペ……?」
「……なにか?」
「……ちゃんと飯食えよ?」
「……ドルン様」
「ん?」
「ドルン様こそお食事を取られてないでしょ?」
「え?あぁ、ダイエットしてんだよ」
「魔法で簡単に痩せれるのに?」
「えっ、あ……はははは……」
「はっきり言いますが、あまり永くなさそうですね……」
イペは悲しむようにドルンを見つめた。
「明日から……恐れ多いことですがお食事をご用意致します」
「え?イペの手作り!?」
「……無自覚でしょうが貴方は魔王なんですから、お口に入れるものは流石に私が作らねば」
ドルンは無邪気に大喜びをした。
そして、イペが帰った後に繁栄の石を取り出した。
「なぁ?聞いたか!?イペっていい奴だろ?」
クリスタルが青く点滅した。
「だよな?あははは!早くイッシーが喋るところを見せてやりたいなぁ」
クリスタルが黒く光る。
「いいじゃねぇか?イッシーって我ながらいいネーミングセンスだと思うんだけどなぁ……ふふ」
しかしドルンの体調は確実に、そして徐々に崩れていく。
研究から5年、とうとうドルンの元気がなくなってきた。
「ドルン様!」
「イペ……このこと、決して他言はするな……」
「しかし……吐かれた血があまりに大量すぎます……」
「医者に見せてる時間はない……」
ドルンは取り憑かれたようにラボに籠り、表向きは繁栄の石に生命を与える研究を重ね、裏では200年に一度ヒューマン族の中から現れるであろう魔力の天才を生み出す研究と条件設定に没頭した。
そして……
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『その上で何故フィーナが選ばれたのか?そして選ばれたフィーナにやって欲しいことがあるんだけど、その説明をするね?』
「う……うん……」
『君の魔力は200年に一度生まれるほどのものだからだよ?君の魔力が欲しいんだ』
「えっ!?私!?魔力って……つまり私たちは禍動って呼んでるんだけど、禍動が一番すごいってこと?」
『フィーナたち人間は魔法を禍動って呼んでるんだね。そうそう、フィーナはそこのゼンなんかを遥かに凌ぐ禍動を持ってるわ』
フィーナはゼンとシルキーを見回した。
「ゼンよりもって……じゃ、私よりも……?」
『シルキーだっけ?あなたもそう、フィーナに遠く及ばないよ?』
「う……嘘でしょ?……フィーナが……」
シルキーは絶句していたが、ゼンは心当たりがあった。
「実はフィーナと逃げ始めた時に俺は魔獣と戦って、未知の毒で死にかけたことがあったが……規格外の回禍で俺だけじゃなく、倒した魔獣すらも回復させたことがあったんだ」
これに繁栄の石は失笑した。
『フィーナがもし本格的に覚醒して攻撃魔法を軽く放ったら、世界の半分を殺せる力を持っている』
「その力をフィーナが持ったのは偶然か?それとも何か法則があるのか?」
『選ばれるのは……優しい人だからかな?』
「……ふざけてるのか?」
ゼンとしては本当にそんな理由なら大いに不愉快だった。
『優しいと戦闘に向かないからね。フィーナだってそんな魔力、いや禍動があったとして私に渡すの惜しいか?』
フィーナは青い顔でブンブンと横に振る。
「でも、なんで私がその力を持てたんだろ?」
『200年間少しずつヒューマン族から魔力を吸い取って、それを適合者として与えられたんじゃね?』
「そんなことが……しかし……元々俺たち人間も魔族なら、ヴェトンのように禍動がない奴らがいる理由は、そいつらの禍動がフィーナに集中させられているのか?……うむ、たしかに納得感はあるな」
『ゼンは頭が良くて話が早いよ。私はその力の持ち主が選ばれたら適合者にコンタクトが取れるようになる』
(簡単に言うが……)
魔法を死後にまで影響させ続ける古代魔王ドルンの途方もない魔法に、ゼンは固唾を飲む思いだった。
「じゃ私の禍動をあげればいいのね?いいよ、それでイッシーが元気になれて世界がハッピーになるならあげる」
『それから』
「えぇ?まだ何かあるのぉ……?」
うんざりした顔のフィーナに繁栄の石は残酷な条件を突きつけた。
『私がこれからも動き続けるにはフィーナの魔力以外にも君の記憶が必要なんだ』
「私の……記憶……?」




