#41『旋回』
魔界と人間界の境界は西はサザナ、東はエルシアから先が魔界と言われている。
南北は広大なため複数の国が隣接している。
そして、まるでその国々に守られているかのように、真ん中に首都エレメントが位置している。
東西南北の各国は地理的に防御戦線を張っていて、魔族による侵攻の時は真っ先に戦わざる得ない様相となる。
全ては背後のエレメントの防衛のためでもある。
エレメントからは各国に毎年莫大な国費が賄われており、平時であればこれほどの財源もないだろう。特に農業だけで大した産業がないサザナに至ってはありがたかった。
魔族の侵攻は数百年に一度程度の小競り合いがあるくらいで、むしろ単なる冒険者や、魔界への通行を許可されていない商人の越境を阻むことが日常であった。
つまりエレメントとしても各国の防衛戦を張っている国も緩み切っていた。
◆
この日ルミシスは3年ぶりに城の外へと出て、直接ユラソルの汚職に絡んだ商人の店まで警備局と共に出動していた。
「内務卿が自ら行かれなくても」
誰もが止めようとしたが、「そうですか」と、ルミシスは取り合わず馬車に乗り込んだ。
「本当によろしいんですか?」
念押しで聞かれたルミシスは笑って答えた。
「生意気な部下だった男からね、捜査とはそうあるべきだと言われてさ。本当にそういうものなのか試してみたかったんだ。あと、帰りに髪切りたいし」
ルミシスは低すぎる身長のため、ウェーブかかった薄い茶色髪はもうそろそろで床に着きそうなほどだった。
「ルミシスと寝ると髪が当たって鬱陶しい」
これもロータスから苦々しく髪を切るように言われていた。
「ふふ、いっそショートにしようかな?そしたらもう少し可愛く見えるかな?」
ルミシスは髪の隙間から横目で警備局長のオフェリアに微笑んだ。
「失礼ですが、まさかルミシス様にも女性らしさを求める感情があったとは驚きました」
「オフェリアは本当に失礼だよね?こう見えて彼氏だって欲しいし、結婚とか子供だって欲しいくらいの願望はあるんだけどね」
「そのお仕事の仕方では無理ですな」
「ふっ、言えてるかも。彼氏ができても紙と向き合う時間しかないだろうね」
眩しい太陽が馬車の窓から差し込まれ、この悪戯な少女のように笑って見せたルミシスをより柔らかく演出させた。
(以前から知っている内務卿とは別人だな。雰囲気が明るくなっている。やはりお辞めになったロータス様の影響か?)
オフェリアがそう思ったのは、ロータスをクビにした当日に遡る。
ルミシスがロータスをクビにした話を真っ先にしたのは業務の性質上もあるが、オフェリアであった。
「オフェリア……ちょっといいかな?」
自らの部下以外に限れば、宮中で唯一「敬称」を付けずにルミシスが話せるのはオフェリアだけになる。
それほどの関係性があるオフェリアだけが通じるルミシスの声の変化に眉を上げた。
(おや?珍しくお声に元気がない)
「実は、ロータスを先ほど解雇した」
オフェリアはロータスの有能なさに舌を巻いていただけに、ルミシスに撤回するようやかましく具申した。
「実は……」
ルミシスは口が堅いオフェリアを信頼しており、つい胸の内を言ってしまった。
「ロータスはフィーナ捜索の範囲を超えて、国のパンドラの筺まで開けようとしてしまった。もし私に不満を持つ者に知られれば彼は下手すれば刑死させられるかもしれないからね」
「では、彼を庇うために?」
「そういうことではない。知恵者は国家の礎になる。宮中役人だろうと民間人だろうとそれを守り、彼らにいい仕事をしてもらうのが私たちの仕事だと思っているだけだよ」
「……」
「まったく……ロータスは少し頭が鋭利すぎた」
(嘘だろうな……こんなに思い詰めたルミシス様を見たのは初めてだ……)
これはオフェリアの直感だが、その直感は概ね当たっている。
「その時、ロータスは何て言ったと思う?」
(ルミシス様の初めての弱点を見つけた)
楽しそうに笑ってロータスの話をするルミシスはきっと彼に恋をしている。
建前はそうだとしても、彼を解雇した源泉が恋心であったと、今この瞬間に確信が持てた。
「左様でございましたか。ロータス様には驚かされることが多くて困りましたね?」
「そうだね、あ!そういえばあの時もこんな話しがあってね?」
同時にオフェリアは、恋をした部下を自ら手放さざる得ない悲哀を感じ、ルミシスに同情もした。
「おっと……どうしたのか?」
その時、馬車が止まった。
中列にいたルミシスは何事かと怪訝な顔をしていると、若い警備局員が青い顔をして馬車のドアを叩いた。
「どうした?」
オフェリアは聞く前から既に不安に襲われていた。
「一大事です!エレメントが……王宮が魔族に襲われています!」
ドクン…ドクン…
「皇帝陛下はご無事ですか?」
ドクン…ドクン…
ルミシスの言葉に対し、ゆっくり首を横に振った。
「お逃げにはなったが、行方知らず……」
ドクン…ドクン…!
ブレアと共に逃げたが、その後はわからないと言う。
「市民の被害は?」
官僚として当然の反応ではあるが、それでもこの衝撃の直後にそれを確かめられたのは、ルミシスは常に市民想いだったかという証拠でもあった。
「王宮のみが占領されている模様で、市民は王家騎士団が周辺各国へ避難させております」
ルミシスはこの報告者の警備局員に心当たりがあった。
「たしか君はロータスになついていた新人だったね?」
「え?は……はい……それが?」
「ロータスを連れ戻してくれ。これはその路銀だ。私の今持っている全ての手持ちだがおそらく一週間の宿屋と食事は出来ると思うよ」
固まっている新人にオフェリアは声を張り上げた。
「何をしてる?急げ!」
新人局員が走り出したのを見届けたあと、ルミシスたちの馬車は旋回をし、エレメントへ引き返した。




