#42『魔法』
人間が使う【禍動】には4種類がある。
『禍力』禍動の力をイメージで具現化させた攻撃
『纒禍』禍動を体に纏わせ肉体の強化をすること
『隠禍』禍動を隠し、敵の目を欺くこと
『回禍』禍動を転じ、身体的回復をすること
では、魔族が扱う【魔法】はどうであろうか?
魔法も禍動も名前が違うだけで同性質である。
しかし、魔族は最近になり禍動には概念すらない第5の魔法を発明した。
それが『移動魔法』である。
これにより魔族たちは魔法による交通システムを確立した。
しかも移動魔法を扱う者に体を触れればその者まで移動ができるのだった。
彼らは自分たちが一度でも来たことがある場所なら、移動魔法を使えば何度でも訪れることが出来る。
それからは移動魔法の伝授と、変装してエレメントに訪れることを繰り返した。
運命が動いたのは去年の冬のことだった。
エレメントにやって来ては消えていく怪しい者がいる、と最初に疑ったのは意外にもユラソルの黒曜派たちであった。
さらに幸運だったのは尋問した相手が恐ろしく弱かったため、王宮兵程度でも力づくで難なく捕獲に成功した。
変装者のフードを取ると王宮兵は絶句した。
「……こいつは魔族じゃないか?」
エレメント市街地に魔族が発見されたことは建国以来一度もなかった。
本来なら本部に伝えるのが筋だったが、捕まえた兵士が黒曜派だったため、コンフォートを通じてユラソルに情報がもらたらされた。
ユラソルは頭に黒い絵を描いた。
引きずるようにユラソルの前に召し出された魔族はすぐに縄を解かれ、最大の接遇でもてなした。
(なにか勘違いしているんじゃないか?)
魔族がそう思うのも無理はない。
ユラソルとしては弟に代わって王冠を頭に載せたい。彼にとって国の凶事は恵の知らせだった。
事情を知らない魔族たちからするとユラソルは大変紳士だった。
殺されるどころか人生で受けたことのない厚遇に感動した魔族は、その後ユラソルと魔族の外交官だったメルコを引き合わせた。
ユラソルはエレメントに立ち入った用事を聞くとメルコたちは、相手が皇帝の親族と言うので簡単に打ち明けた。
「王宮に隠された財宝がある。それは元々は我々の宝なので返してもらいたいのだ」
「どんな宝なんだ?」
「石らしいんだが、具体的にはわからない。なんせ人間に盗まれたのは数万年前だからな」
ユラソルは手癖の悪い男で、まだ父が健在だった頃は王室に自由に出入りできていた。
10代の頃から王室の宝庫に入っては遊ぶ金欲しさにちょろまかしたことが多々あったので、ほぼ全ての宝はその目で見たことがあった。
(石?そんなものあったか?)
ユラソルにとって価値がないと思い、眼中になかったのか、よく思い出せない。
かと言って、今はネオマが皇帝になってる以上、兄と言えど宝庫に入り確かめることが出来ない。
しかし、ここで「知らない」と言えば魔族とのパイプは切れるかもしれない。
そうなればせっかく魔族を利用して描く、王位継承のシナリオが遠のくと考え、つい嘘をついた。
「知ってはいるが皇帝以外は近づくことは出来ないのだ」
「そうか、もうユラソル殿に王位継承の目はないのか?」
「弟のネオマには子供がいない。もし今ネオマが死ねば私が皇帝を引き継ぐ……そうなれば血を流さずにそなたたちに石とやらを返せるのだがな」
露骨にネオマを殺してほしいと頼んだ。
メルコは魔王の了承を取り付け、ここに魔王軍とユラソル黒曜派との密約が結ばれた。
「我々には武器がいる」
魔族は単体で比較すれば人間よりも強い。
しかし圧倒的に数が少ないのが弱点だった。
もし全魔族をかき集めても、エレメントの兵隊より少ないのが実情である。
そのため一人当たりの戦力をあげるため、人間が使用する強力な武器が欲しいとユラソルに頼んだ。
ユラソルは段々と自分のやっていることの怖ろしさを理解しはじめたが、今更なかったことにも出来ない。
この期に及んでそれを言えば、今度はその魔族が自分に牙を向くかもしれないと感じた。
振り返ると、ネオマ暗殺を依頼した時がユラソルの、そしてこのあと始まる惨劇の、回帰不能点だった。
「わかった。金はこちらでなんとかする。ただし一気に金を使えば怪しまれるので、少しずつ商人を通して提供しよう」
それが今回王宮に露呈してしまった。
メルコは王宮主要人物を調べ上げていて、中でもルミシスを特に警戒していた。
そのためルミシスを繁忙にさせたく、北部で大規模な山火事などを起こすなどして彼女を徹底的に忙殺させた。
誤算だったのはフィーナこと、心臓の悪魔の発生により、ロータスが登場したことだった。
「あと一歩で平和的な秘宝の返還が叶ったものを……実に残念だがユラソルが投獄された以上、奴に利用価値はない」
魔王はそう判断し、今の戦力だけでエレメントの制圧を命令した。
ユラソルが皇帝になろうが、投獄されようが魔王に取ってはかつて人間に盗まれた宝が王宮にある、その情報だけで良かった。
◆
魔王軍が移動魔法で現れたのは大胆にも昼だった。
王宮の正面に現れた大量の魔族たちに門兵たちは声を上げずに固まった。
(仮装大会ではないよな……?)
門兵たちはまだ若く、魔族すら見たことがなかったので、その姿形に冗談のような雰囲気に呑まれてしまっていた。
人間の武器を手にした異形の者たちがワラワラと集まったあと、正門の兵を睨み、一目散に走り出した。
門兵は声を上げる暇もなく瞬殺され、まず賊の侵入を簡単に許した。
次第に悲鳴と断末魔が王宮の内部で駆け巡り、異常を察知した王家騎士団のそれもグランドの称号の者たち精鋭が東の塔から逐次投入された。
その他の王家騎士団と将軍ブレアは皇帝ネオマと王妃を連れて退路を探し、地下通路からエレメントの北方面へ逃げた。
地下通路は一人ずつしか通れないため、先方をかつてゼンに敗れたケイミューが務め、後方の殿は将軍ブレアが務めた。
「隠し通路がある」
気づいた魔族たちは宝庫はネオマにしか開けられないと勘違いをして、その通路を猛烈なスピードで跡を追った。
ようやく出口に辿り着いた頃には魔族たちも追いつき始めたため、ブレアは一人で魔族を防ぎきろうと、皇帝をケイミューに託した。
「私よりもブレア将軍こそがお支えを」
ケイミューは意地になって殿を買って出たが、ブレアはそれを許さない。
「このあと王宮を奪還するには計略と戦略が必要になる。お前の真価を発揮する時はその時だ」
そう言うとプラチナに輝く肩章を引きちぎり、それをケイミューに託した。
「もし俺が死ねば貴様が将軍だ。よいな?陛下を必ずご無事に安全地帯までお届けしろ」
ケイミューはもはや覚悟をしている男に説得は無駄と思い、不承知ながらもブレアの肩章を握ってネオマと共に駆け抜けた。
王家騎士団はよく戦い、犠牲を払いながらも投入された魔族たちを返り討ちにした。
ブレアも通路に迫った追手を退け、王宮の中にいた騎士団と合流し、今後の作戦を考えた。
「時が惜しい、陣盾は無用!この場で評定をする!」
地べたに座り込み、王家騎士団のグランドの一人、グラリオに各地に散らばった兵士をかき集めて北へ向かわせ、更にケイミューの指揮下に入るように指示をした。
「合流と言ってもケイミューがどこにいるか……」
「おそらく方角的に禍学の校舎に入るだろう」
ブレアがそう予想したのは、禍学は広大な敷地であり、なんと言っても教師陣全員が禍動の達人たちのため、対魔族戦を考えてもこれほど頼もしい味方はいない。
これ程の都合のいい逃避先をケイミューが見逃すわけがないと言う。
「地下牢に入れられている禍学の教頭がいる。彼を釈放して案内人として禍学に逃げ込め」
「かしこまりました」
グラリオが一目散に離脱した。
ブレアは残った王家騎士団にエレメントの市民を各地の隣国まで避難させることを指示した。
それは当然として、皆に疑問が残った。
「将軍は?」
「私はここに残り全ての賊を切り伏せる」
無謀だ、と皆がブレアを止めたが彼は動じなかった。
「仕方ながない。この一連の騒動は黒曜派の大量退官と無関係とは思えない。つまりは派閥を形成させてしまった私の不徳の致すところ……」
ブレアは立ち上がった。
「おそらく第二、第三の魔族がここに襲来するはずだ。魔族幹部たちも時期に来るだろう。私が相手をして時を稼ぐ!その間にお前たちは市民の安全を優先するのだ!」
騎士団も規律よく立ち上がった。
「いいか?市民を一人でも多く生きてこのエレメントから逃すことが、我々の勝利と心得よ!」
(既に陛下はお逃げになられたとは言え、玉座の間に賊を一匹たりとも入れない……それが王家騎士団団長としての最後の務めだ)
この広大な王宮の敷地にブレア一人となった。
◆
その後も何十匹か数え切れぬほど魔族を切り伏せ、ブレアは疲れ切ったその体を『玉座の間』の前で、剣を抱いて腰を下ろしている。
カツカツカツカツ
足音が近づいてきたのにブレアが気づく。
「ごきげんよう」
現れたのは魔族外交官のメルコだった。
「一人か?」
「えぇ、左様でございます」
「それは感心だな……私は王家騎士団団長のブレアだ」
「お噂はかねがねと……私は魔族外交官のメルコと申します」
「噂……?それはユラソル様から聞いていたのか?」
「えぇ、そんなところです」
(やはりユラソル様と接触していたと言うことは……)
「皇帝陛下を殺害してユラソル様を新たな皇帝に据えるつもりだったのか?」
「そのつもりでしたが、彼が捕まってしまい計画が変わってしまいました」
よく見るとメルコの腕は模様ではなく血であった。
「まさか……ユラソル様を既に?」
「はい、先ほど殺しておきましたよ?」
「……」
「それがどうされました?」
ユラソルには敵視されていたとは言え、こうも簡単に人を殺す魔族にブレアは沸々《ふつふつ》と怒りが湧いてきた。
「外道……」
「いずれはそうなる運命なんでしょ?なら手間を省けさせたんですから感謝して欲しいほどですよ」
「人間には『法』と言うものがある。それに従いどうするかを決める。決めるのはお前たちではない」
メルコは深いため息を吐いてうんざりとした。
「随分と面倒な生き物ですね……人間というのは」
もはや人と獣、交わることはないとブレアは思い、会話をあきらめ立ち上がった。
「ちなみにここら先は玉座の間になる。一応聞くが、この先に何か用はあるのか?」
「もちろんです。そのために来ましたので」
ブレアは剣を抜いた。
「そうか、ならば死ね」
ニィ……メルコは口角を上げ戦闘体勢に入った。




